ラビが熱を出した。
教団外、ブックマンと暮らす家で、熱を出して倒れたという連絡を
受けたのが5時間前。
ブックマンは所用で5日間ほど家を空けなければならず、高熱の
ラビを1人残して行くことも躊躇われたとかで、教団に連絡が
入ったのだが、コムイからそれを聞いたは、即座に休暇届を
叩きつけ、必要道具を一式持って、列車に飛び乗ったのだった。
医療班に所属するに、コムイは出張として処理すると
提案したが、は、首を横に振り3日間という時間をもぎ取った。
久しぶりの休みなのだから決して邪魔をしてくれるなと、
きっちり念を押すことも忘れなかった。
これで誰にも邪魔をされない。2人きりの休暇だ。
3日間、彼の、彼だけの側に……。
彼の身を案ずる気持ちと、同じくらいの浮き立つ気持ちを胸に抱え
は、彼の住む家の扉を叩いた。
※ ※ ※
「ラビ、入るよ?」
コココンという軽いノックの音に、ベッドに横たわったラビは
うっすらと目を開けた。
「……?」
熱に掠れた声で問えば、見上げた先、ベッドサイドに近付いてきた
の頬に、わずかに朱が差す。
「……ジジィは?」
「出かけたよ、さっき」
「そっか」
言ってラビは、ふっと疲れたように目を閉じた。
それきり、ふつりと途切れた会話に、けれど閉じた瞳は
訝る色を載せて開かれる。
「どうしたんさ」
「え、何が?」
「今日、静かだから」
「病人の側で騒がないよ」
「そうじゃ……なくて……」
何か言いたそうにしながら、しかし高熱の為に
喉がままならないのか、言葉は途切れがちになる。
「ああもう、無理して喋らないの」
ぬるくなった額のタオルを取り替えて、汗にもつれた前髪を梳く
の指先はどこまでも優しい。甘くあまやかす所作は
ひどく優しく、ラビの意識を柔らかい闇へと誘う。
「解熱剤、口径と注射、どっちがいい?」
「効きがいいのは?」
「注射。あ、座薬もあるけど……」
「遠慮させてください……」
「ふふ、冗談だよ」
やわやわと髪に絡ませていた指を解いて、がカタ、コトと
小さな音を立てながら作業するのを、ラビはやけに心地良い
気分で聞いていた。
すっと腕を取られ、火照った肌が外気にさらされる。
ひやりとした感触と、少し遅れて鼻孔を擽るアルコールを含んだ
消毒液の匂い。
すうっと、それを吸い込んだら、ぷつりと皮膚を破り体内に
異物が入り込む感覚が、奇妙なリアリティをもって脳へと届けられ、
液体が血液に混じり始めると、ぞくりと身が震えた。
「っ……」
「あ、痛かった?」
「いや……大丈夫」
案じて問うてくるに、やわりと苦笑して首を横に振る。
針を抜かれる感覚に、またふるりと震えて、けれど感じたのは
痛みではなく、あえかな快感であったなどと、言えはしない。
「本当に? 痛く、してない?」
「してない。の注射は上手いさ」
「よかった」
ふっと息を吐くように笑って、血止めのガーゼをテープで留める
を、ラビは無性に撫でてやりたい衝動に駆られ、しかし
注射直後の腕は動かせないまま、もう1方の腕を伸ばすには
少々難しい体調の優れなさに、ひどく悔しい気分になった。
「」
「ん?」
小さく聞こえるか聞こえないかの音量で呼べば、それでも
片付ける手を止めて、どうかしたのかと心配そうな目を
向けてくるに、愛しさはつのるばかりで、弱った身体に
甘い疼きと安堵が同時に積もっていく。
「側に……いて……」
「うん、いるよ。ラビが眠るまで」
「そ、じゃ……なくて、」
ふつ、と言葉が途切れるのは、解熱剤の睡眠成分のせいだろうか。
うつらうつらと意識を揺蕩わせながら、それでも、これでけは
告げるのだと、ラビは力の入らない唇を動かす。
「……ずっと、いて……ほし……って」
「うん、大丈夫……ずっと、一緒にいる」
甘い声が、あまやかす響きで耳に注がれる。
「こんな熱出すまで無茶して、って叱らなくちゃいけないし」
治るまでは待ってあげるから、早く治せと告げる声も、ただ甘い。
「治っても、ラビの面倒は、ちゃんと俺がみるから」
面倒って……と、苦く笑うラビの髪をくしゃりと撫でて、は笑う。
「ラビが、もういい、いらないって思っても」
ずっと面倒見るから、覚悟しなさいと、は笑うのだ。
いつも、思いの大きさを、ラビが不安になることのないように与え、
離れて暮らす日々を、それさえも甘やかなものに変えてしまう。
「……」
「うん」
「愛してるさ……」
「うん、知ってる」
くつくつと、こそばゆいように笑う声が聞こえて、額のタオルが
ひやりとしたものに替わる。
「ずっと、ここにいるから」
だからもう安心して眠っていいよと告げるように、ゆっくりと
指の甲でラビの頬を撫でて、は小さく歌を口ずさみ始めた。
子どもをあやすためのそれは、遠い昔に聞いたような優しい歌で。
の甘い声が子守歌という名のそのメロディーを、
小さく小さく紡いでいく。
「おやすみ、ラビ。早く良くなって」
ひといきに引き込まれていく眠りの淵で、
ラビは、愛しい人の声を聞いていた。
〜End〜
あとがき
取り敢えず甘くはなったと……思うのですが(苦笑。
なかなか脱せないスランプが痛い(沈。
何だか、エロくないと眠くなるな俺の文章(撃沈。
羽衣鈴様、リクエストありがとうございました。
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