本当のことは、たぶん誰にも言えないから。だから、冷たくあたるけど。

愛しくないわけじゃない。愛していないわけじゃない。






6.目蓋を閉じる






「侑斗」


背後から声がかかる。

聞きなれた涼やかな声。

甘い声。

の声。


「なにか用か」


電ライナーの通路は、今はひっそりと静まり返っている。

振り返らずに応えれば、小さく笑う気配がある。

電ライナーに乗るのは苦手だ。

こいつには、できるだけ会いたくない。


「侑斗は……ん、いいや。やめとく」

「なんだよ」


振り返りもしないまま。

それでもが言いたいことなんて、本当はわかっている。


“侑斗は、なにか、知っている?”


こいつはそう聞きたいのだ。

そしては、俺がそれをわかっているのをわかっていて、

あえて聞かなかったのだと、これは推測だが、知っている。


「なあ」

「なに?」


のいらえは、小さく優しい響きを持っている。

罪悪感。

冷たく当たりたいわけじゃない。

愛していないわけじゃない。

歪んだ時間に振り回された、可哀想な子ども。

けれどそれでも、優しくて、強い。


「侑斗」


呼びかけたまま、言葉を失った俺に、がかける声はやはり甘く。


「僕のこと、きらいなら、それでもいいんだけど」

「は?!」


甘い声のまま、そんなばかなことを言うから、思わず振り返ってしまった。


「え?」


きょとんとしたの顔。


「あ、いや……」


直視すれば、やはり愛しくて。


「それで、なんだよ?」

「あ、うん。きらいでも、苦手でもいいんだけどさ」


言いながら、はその口元にふんわりと笑みをのせている。


「そんなに、辛そうにするのは、やめてほしいなあ、って」

「は?」

「ん、とね。侑斗は、いつも、僕を見ると辛そうで、それが」


僕はつらい。

笑いながら言われたい台詞ではなかった。

こいつに言わせたい台詞ではなかった。

それでも。

本当のことは誰にも、にも、言うわけにはいかないから。


そっと、強く、目蓋を閉じた。

覚悟はしてきた。

きらわれることも、突き放されることも。

それなのにこいつは。


「おまえはばかだ」


つぶやいて、目を開けた。

ふたたび、きょとんとしたの顔。

耐えられるわけがないんだこんなの。

愛しいんだ、こんなにも、愛おしいんだ。


「え、ちょ……侑斗?」


衝動のまま、抱きしめる。

立ったまま抱きしめると、ちょうど俺の口元にの耳がある。


「ほんとにばかだ」


うめきのような、この囁きも、全部聞こえるだろう。


「大事に、してもらえよ」

「へ?」

「ここのやつらは、優しいから」

「な、なに? 侑斗?」

「あいしてる」


最後だけは、聞こえないように。

きつく抱きしめ、そっと吐息にのせて。


「え、なに? きこえない」


伝わらなくていい。わからなくていい。


「ゆ、侑斗……?」


語れないことも多いし、どうやったって答えてやれない。

隠しごとをしながら、優しくしてやれるほど器用じゃない。

たぶん、これからだって、会うたびに苦い顔を晒してしまうだろう。





名前を呼べば、もぞもぞと落ち着かなそうにしていた身体がふっと緩む。

おとなしく腕に身をゆだねるを思うさま抱きしめた。


「あーっっ!! おまえになにしてんのっ」

「ちっ」


うるさいのが出た。

紫に引き続いて赤青黄色、良太郎、ハナとついでにデネブがぞろぞろと顔を出す。

さっと離れたが、たぶん、見られただろうな。


「いくぞデネブ」

「逃げんなこらーっ」


イマジンどもに怒鳴られながら、すっと停車した電車をさっさと降り、

振り返った先、がひらひらと手を振っていた。

ふんわりと、笑って。

その横で、心配顔の良太郎。

そして、ハナ。


「くそっ」


ばかなことをしたと、わかっている。

腕に残ったぬくもりを、噛みしめて思う。

には、なにがあっても、幸せな未来を届けたい。

それだけは、俺の、本心からの願いだ。


「侑斗……」


心配そうなデネブの声に、大丈夫だと答える。

そう、大丈夫だ。

大事なものは、そういくつもない。

この両手で、守れるくらいのものだ。

ぐっと空を見上げ、走り去っていく電ライナーを見送る。


「さあて、星でも、見に行くかな」


空はきれいに晴れている。

の未来も、彼女の未来も、こんなふうに晴れていればいい。

俺が、守ってやる。

たとえ俺自身が、消えてなくなろうとも。














〜End〜





侑斗は主人公が大事。
大事すぎてどうしていいかわからない。
愛してる。恋じゃなくて愛。

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