本当のことは、たぶん誰にも言えないから。だから、冷たくあたるけど。
愛しくないわけじゃない。愛していないわけじゃない。
「侑斗」
背後から声がかかる。
聞きなれた涼やかな声。
甘い声。
の声。
「なにか用か」
電ライナーの通路は、今はひっそりと静まり返っている。
振り返らずに応えれば、小さく笑う気配がある。
電ライナーに乗るのは苦手だ。
こいつには、できるだけ会いたくない。
「侑斗は……ん、いいや。やめとく」
「なんだよ」
振り返りもしないまま。
それでもが言いたいことなんて、本当はわかっている。
“侑斗は、なにか、知っている?”
こいつはそう聞きたいのだ。
そしては、俺がそれをわかっているのをわかっていて、
あえて聞かなかったのだと、これは推測だが、知っている。
「なあ」
「なに?」
のいらえは、小さく優しい響きを持っている。
罪悪感。
冷たく当たりたいわけじゃない。
愛していないわけじゃない。
歪んだ時間に振り回された、可哀想な子ども。
けれどそれでも、優しくて、強い。
「侑斗」
呼びかけたまま、言葉を失った俺に、がかける声はやはり甘く。
「僕のこと、きらいなら、それでもいいんだけど」
「は?!」
甘い声のまま、そんなばかなことを言うから、思わず振り返ってしまった。
「え?」
きょとんとしたの顔。
「あ、いや……」
直視すれば、やはり愛しくて。
「それで、なんだよ?」
「あ、うん。きらいでも、苦手でもいいんだけどさ」
言いながら、はその口元にふんわりと笑みをのせている。
「そんなに、辛そうにするのは、やめてほしいなあ、って」
「は?」
「ん、とね。侑斗は、いつも、僕を見ると辛そうで、それが」
僕はつらい。
笑いながら言われたい台詞ではなかった。
こいつに言わせたい台詞ではなかった。
それでも。
本当のことは誰にも、にも、言うわけにはいかないから。
そっと、強く、目蓋を閉じた。
覚悟はしてきた。
きらわれることも、突き放されることも。
それなのにこいつは。
「おまえはばかだ」
つぶやいて、目を開けた。
ふたたび、きょとんとしたの顔。
耐えられるわけがないんだこんなの。
愛しいんだ、こんなにも、愛おしいんだ。
「え、ちょ……侑斗?」
衝動のまま、抱きしめる。
立ったまま抱きしめると、ちょうど俺の口元にの耳がある。
「ほんとにばかだ」
うめきのような、この囁きも、全部聞こえるだろう。
「大事に、してもらえよ」
「へ?」
「ここのやつらは、優しいから」
「な、なに? 侑斗?」
「あいしてる」
最後だけは、聞こえないように。
きつく抱きしめ、そっと吐息にのせて。
「え、なに? きこえない」
伝わらなくていい。わからなくていい。
「ゆ、侑斗……?」
語れないことも多いし、どうやったって答えてやれない。
隠しごとをしながら、優しくしてやれるほど器用じゃない。
たぶん、これからだって、会うたびに苦い顔を晒してしまうだろう。
「」
名前を呼べば、もぞもぞと落ち着かなそうにしていた身体がふっと緩む。
おとなしく腕に身をゆだねるを思うさま抱きしめた。
「あーっっ!! おまえになにしてんのっ」
「ちっ」
うるさいのが出た。
紫に引き続いて赤青黄色、良太郎、ハナとついでにデネブがぞろぞろと顔を出す。
さっと離れたが、たぶん、見られただろうな。
「いくぞデネブ」
「逃げんなこらーっ」
イマジンどもに怒鳴られながら、すっと停車した電車をさっさと降り、
振り返った先、がひらひらと手を振っていた。
ふんわりと、笑って。
その横で、心配顔の良太郎。
そして、ハナ。
「くそっ」
ばかなことをしたと、わかっている。
腕に残ったぬくもりを、噛みしめて思う。
には、なにがあっても、幸せな未来を届けたい。
それだけは、俺の、本心からの願いだ。
「侑斗……」
心配そうなデネブの声に、大丈夫だと答える。
そう、大丈夫だ。
大事なものは、そういくつもない。
この両手で、守れるくらいのものだ。
ぐっと空を見上げ、走り去っていく電ライナーを見送る。
「さあて、星でも、見に行くかな」
空はきれいに晴れている。
の未来も、彼女の未来も、こんなふうに晴れていればいい。
俺が、守ってやる。
たとえ俺自身が、消えてなくなろうとも。
〜End〜
侑斗は主人公が大事。
大事すぎてどうしていいかわからない。
愛してる。恋じゃなくて愛。
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