捨てねこの おはなし





『ねぇ、オニイサン。俺のコト飼わない?』


夜道を家に向かい 足早に歩いていると、どこからか そんな声がした。


『誰だ?』


辺りを見回して、細い路地の入り口に しゃがんで

こちらを見上げている青年を見つけた。


『ねぇ、飼わない?』


暗くて 良くは見えないが、見上げてくる顔は、

随分と 整っているように思えた。


『イチネンで いーんだ。飼ってくんない?』

『一年?』

『そ。イチネン。』


言いながら、ゆるりと立ち上がった青年は、すらりと細身で、まるで猫のようだ。


『君を飼って、私に何か得でも?』

『んー…そうだなぁ、家事炊事に身体の お世話…』

『間に合ってる』

『まぁ、そう言わないでさ。俺のカラダ、イイと思うけど?』


何だと言うのか この青年は。

売り…なのか?


『そんな風に声をかけて、私に恋人がいたら どうするつもりだ?』


何だか、まともに対応するのが ばかばかしく思えて、吐息しながら言えば、


『いるように思えないから 声かけたんだけど…』


いないよねぇ?なんて、上目遣いに顔を覗き込まれる。


『ね、試してみてよ、俺のカラダ。』


ふと 妖艶な笑みを見せて誘う。


『で、ヨかったら 飼って。』


うっかり見入ってしまえば、あとは済し崩し。

しっとりと絡みつく彼の肢体に、結局 彼とベッドを共にする生活を

許諾してしまっていた。








  ※   ※   ※








「おはよ、ロイ。朝だよ。」

「ん…」


朝の心地良い まどろみを、朝だというのに やたら艶っぽい声で邪魔される。


「起きないと遅刻するけど…どうせ遅刻するなら、このまま襲っていい?」


するりと下腹部に這わされる長い指は、明確な意図を持って動く。


「いいわけないだろう。、離しなさい。」


少し眠気を混じらせたまま 吐息すれば、は「なんだ残念」と言いながら

あっさりと手を引いて、ホールドアップの姿勢を取った。


「朝食、支度できてるから。早く 顔洗ってきて。」

「了解。」


この家に来てから、は 最初に言った通り、家事炊事をしっかりこなした。

朝だって、毎日 先に起きて 朝食を支度してから起こしに来る。

ここに来て、随分経つのに、一日たりとも手を抜いた日は無い。

たとえ夜に激しくしすぎて気を失わせてしまった翌朝でも、

は 必ず先に起きていた。


身体の相性は 抜群で、まるで 自分の為に あつらえたかのような その器官に、

身を沈めることは、ひどく心地良かった。


の、23になるという その身体は、細く中性的で、けれど まとった空気の

雰囲気が 凛と澄んでいるせいなのか、彼を女性だと 誤解する人間は少ない。


何故、女性一筋だった自分が、ここまでに傾倒するのか…

その理由を深く考えることは無かった。自身の保身という、建て前の元に。








  ※   ※   ※








その日、翌日に休みを取る為に、溜まっていた書類を 中尉にせっつかれながら

片付けて、ようやっと帰宅すると、が どこか とても静かな雰囲気で出迎えた。


「どうしたんだ?何か…あったのか?」


問うてもは それに答えず、ただ その顔に 笑みを載せるのみ。

促されるままに ダイニングへ向かえば、そこには

今までになく手の込んだ 晩餐が用意されていた。


…?これは、どういう…」

「イチネン、だからさ。今日で丁度。」

「え…」


忘れていた。

一年の約束を、ではなく、今日が その一年目に当たるのだということを。

を拾った当初は、それこそ毎日のように この日を確認したというのに…。


「今夜、出てくよ。今まで ありがと。」


別れの言葉を口にしているはずなのに、の声は、随分と柔らかい。


「ここを出て…どこへ行くんだ?」


また新しい飼い主を探すのか?と 呟くように発した声は

冷静を保とうとして 上手くいかず、みっともなく掠れた。


「さぁ…たぶん、ね。」


それなのに、は。

笑うのだ、ふんわりと。

ここで 終わることを 躊躇わない 微笑みで…。


「さ、ほら。冷めないうちに どーぞ。」


ちゃんと時間 見計らって作ったんだから、と 背中を押されて 椅子に腰掛ける。

せっかくの料理は、何を食べても、美味しくは 感じられなかった。








  ※   ※   ※








「何故…一年なんだ?」


ベッドの上、身を繋げながら 疑問を口にする。


「ん…。さぁ…何でだろうね。」

「答えに なっていないが?」


誤魔化された気がして、答えを促すつもりで 深く突いてやれば、


「んぁっ…や、ロイっ…キツ…っ」


身悶える肢体は、相変わらず しっとりとしなやかで、締め上げてくる粘膜に

危うく持っていかれそうになりながら、何とか堪えて 最奥を抉る。


「ここでの生活は、嫌いか?」

「ロ…イ?」

「私に 飽きた?」

「な…に、言って…」


弱い所を 重点的に突きながら、その耳元に囁く。


「どこに、いる?」

「え…?」

「もう一度…拾いに行くから、…」

「…ロイ?」

「何度でも…拾いに行くから…」


そうだ。これが、理由。

と離れたくない、その理由。


「君が、好きなんだ。…」

「あ…やっ…んぁっ」


告げた言葉に、は びくりと反応すると、次の瞬間 真っ赤になった。


…?」


訝しんで問えば、


「や、やだっ…やだっロイ…なんで…」


うろたえたように 視線を泳がせる。


「っ…!」


次いで、の内部が、じわりと溶けた。

自身に絡みつく粘膜が、甘く蠢き 締め付ける。


「あ…はぁんっ…んっやぁぁっ」


顔を真っ赤にしたまま、が 首を振るたび、

さらさらの髪が ぱたぱたと シーツを打つ。


「やだぁっ…動いちゃう…止まらな…っぁ」


今の に、いつもの 挑発するような余裕は どこにもなく、

ただ ただ 乱れるばかりだ。


「ん…ふぅっ…ふぁ、あ…んーっ」


そのまま、は 逐情してしまう。

同時に きつく締め付けられて、その内奥に 熱を叩きつければ、

それにまで 煽られたように が 身を震わせた。


「っ……?どうし…」

「い…やだ、見るなっ」

…」

「なんで…」


腕を 顔の前でクロスさせて、は 呟くように 震える声を発した。


「なんで、好きとか…言うんだよ」


今まで、そんな素振りも見せなかったくせに、と 詰られれば、

言い訳めいた言葉しか 浮かんではこない。


「君が 出て行くと聞いて、気がついた。君が、好きだって。」

「っ…やっ」

は、私が 嫌い?」

「ふ…くっ…」

!?」


問うた声に答えたのは の嗚咽だった。

慌てて自身を引き抜き、抱き寄せて その背を擦る。

好きだとも 嫌いだとも答えずに泣くは、いつになく素直で、

可愛い、などと そんな場合ではないのに思ってしまい、少し赤面した。


しばらくして 落ち着いたのか、が ゆっくりと顔を上げた。

けれど、目を合わせようとはせずに 口を開く。


「重すぎるんだって、俺。」

「ん?」

「俺、重いんだって。好きに なりすぎるから…」

…」


そう言ったのは、誰?


「一年なのは、みんな、俺から離れていくのが、それくらいだから。」

「みんな、って?」

「コイビト…だった人たち。」


恋人、という言葉が、胸に引っかかる。


「男も女もいたけど、みんな…」


前に拾ってくれた男も、半年くらいで恋仲になり、一年経つ頃には

再びを捨てたのだと言う。


「…

「だから、だめ。俺のこと、忘れてよ、ロイ…。」

「だめじゃない、。」


抱き寄せて、耳に吹き込むように囁く。


「だめ…ロイ、だめっ」

。好きなんだ、が。」

「やだ、いや…」

「諦めて、私のものに なりなさい。」

「や…」


きつく抱きすくめて、


「逃げるなら、繋いでしまうよ?」


脅迫じみた睦言を、


「裸で ベッドに縛り付けて、」


その脳に、直に伝えるように、


「二度と、外に出られない身体に、してしまうよ?」


私のものに なりなさい、と、


「ね、…」


囁いた。


「ロイ…」

「ここで、暮らそう?捨てたりなんてしない。」


軽く口付けて、その目を覗き込む。


「ん…」

「ずっと、側にいるから。」


私だけのものに なりなさい、と、囁き続ける。


「ほんとうに…?」

「ああ。もし 離れたりしたら、殺していい。」

「俺、きっと、ロイにとって 重くなるよ?」

「私は、私の方が 重たがられないか、不安だよ。」


そっと髪を撫でると、は 気持ち良さそうに目を閉じた。


「ロイ…好き…」


言われた言葉は、とてもとても小さかったけれど、


「ありがとう、。好きだよ。愛してる。」

「うん…ロイ…俺も…」


赤くなって俯くが可愛くて、それだけで ふわりと 暖かい気分になる。

何度も好きだと告げ、それに恥ずかしげに答えるを見つめながら、

ゆったりと降りてきた睡魔に、二人一緒に 身を任せた。








  ※   ※   ※








「おはよ、ロイ。朝だよ。」

「ん…」


幸せな眠りに就いた、その翌朝の まどろみは、例によって

やたら艶っぽい声に邪魔された。


「ロイ?休みだからって、いつまでも寝てると、このまま襲うよ?」


するりと下腹部に這わされる長い指が、明確な意図を持って動き出す寸前、

その手首を捕らえ、を ベッドに引きずり込んだ。


「わぷっ!」


勢い良く 胸に倒れ込んできたを抱き締めて、その柔らかい髪に鼻先を埋める。


「おはよう、。愛してるよ。」

「っ…!」


そのまま囁けば、先程まで艶は どこへやら、は 身を硬くして 顔を赤く染めた。


「可愛い、。」


その反応が嬉しくて、抱き締める腕に力が入る。


「ちょっ…ロイ、痛…っ」

「このまま しよう。今日は 久しぶりの休みなんだから…」

「うそ…っ」

「襲ってくれるんだろう?。」

「…ばか。」


朝食が冷める、と ぼやきながら、けれど抗う力は強くない。

出会って一年。私達の甘い日々は、まだ 始まったばかりだ。














〜End〜





あとがき

タイトルの割りにアダルティーな感じで(笑。
一周年記念、てことで、一番好きなタイプの主人公で書きました。
しかし その魅力を表現しきれているかというと、
確実に表現力不足でして…。精進します。

ブラウザ閉じて お戻り下さい。