彼に初めて会ったのは 5年前。
俺が21歳の時。
士官学校を トップクラスで卒業した俺は、
当然のように軍人になり、中央に配属された。
けれど すぐに、忙しいばかりで退屈な毎日に嫌気が差した。
上官の機嫌取りなんて クソ食らえだ。
酒もタバコも女も、気を紛らわすには何かが足りなすぎた。
そこで手を出したのが…『男』
抱かれることで、その痛みと快楽に、
プライドさえ、打ち砕いて。
ただ一瞬でも、現実から離れていたかった。
その日も、いつものように
仕事を終えて、行きつけのバーへと向かった。
一夜限りの『相手』を探すために。
※ ※ ※
「よぉ、兄ちゃん、この間はヨかったぜぇ?」
カウンターで飲んでいると、声をかけられた。
数日前に 相手をした男だ。
「今日の相手、決まってねぇなら また…」
「悪いが、一度限りだ。それ以上の関係を持つ気はない。」
「あぁ?」
慣れてはいけない。
慣れたら、また 足りなくなる。
「んだよソレ。お前何様なわけ?あん時は 俺の下で あんなにヨがっ…」
ばりんっ、と グラスが砕ける 音。
ウイスキーの入っていたグラスは、俺の手の中で粉々だ。
男は、バツの悪そうな顔をして 去っていった。
…これは…今夜の相手は望めないかもな…。
「すまない、マスター。グラスをだめにしてしまったな。」
「あ、いや…それはいいが…手、血が…」
「あぁ、平気だ。騒がせて悪かったな。」
今夜は諦めて帰ろう と、勘定を置いて 店を出た。
「君は、身売りをしているのか?」
店の外、入り口の右側に ソイツが立っていた。
「ロイ・マスタング中佐…」
東方から出てきていたのか。
「私を知っているのか?」
しまった、つい口に出してしまった。
「俺の知人が あんたに彼女をとられたもんでね。」
口から出任せだ。
軍部でこいつを知らない奴はいない。
お偉いさんの間では『頭のきれる曲者 国家錬金術師』として有名だからな。
「ほう?それは悪いことをしたな。」
悪いと思っていないのが 丸分かりだ。
「ところで、さっきの質問だが…」
「俺が身売りをしているか、ってやつか?」
「ああ。」
これは多分、俺が軍人だと知っての質問ではない。
咎める空気ではないからだ。
では…なぜ?
「いや、金は取っちゃいないよ」
ヤれればいい、とは言わずにおいた。
「では、君を抱く条件は?」
………そう来たか。
これが軍人じゃなければ 即OKしていただろう。
しかし、こいつは軍人で、しかも 俺よりも上位にいる、いけ好かない上官と変わらぬ存在。
そんな奴に抱かれて、俺は満たされることができるか…?
わからない。が、何故か俺はコイツに興味を惹かれていた。
賭け…だな。
「あんたは、俺を抱きたいのか?」
「でなければ、こんな質問はしないな。」
その答えに、
「いいぜ。今夜一晩、俺は あんたのモノだ。」
口許を 笑みの形に歪めて 応じた。
「ふ…ん……あっ」
バーから ほど近いホテルの一室。
固くはないが、良質とも言い難いベッドに沈み
与えれる愛撫を受け入れる。
「いっ…やだっ……そこっ」
自身を弄ぶ手は、ひどく巧みで、
「ん…あ………あぁっ」
簡単にイかされてしまった。
「名前」
「え?」
呼吸を整えようと 肩で息をしていると、唐突に耳もとで囁かれた。
「名前を 教えてくれないか?」
名前など、名乗る必要性を感じたことがなかった。
これまで相手にした奴らにも、教えたことはない。
「そんなの…どうだっていいたろ。それより、早く続き…」
「君は私の名前を知っている。不公平だろう?」
…そういえば そうだった。
確かに、自分の名を知っている相手の名前を知らないのは 気持ちのいいものじゃない。
「……。これでいいだろ?」
「ああ、今は それでいい。」
『今は』というのが多少引っかかったが、
再び動き出した手に、俺の頭は 思考を放棄した。
いつもと同じ行為
ただ 穿たれる熱に 身を任せるだけ。
なのに…
「」
どくっ、と 心臓が、大きく脈打った。
何だ…コレ……。
「んっ…あぁっ……やっ」
「…」
ヤメロ…呼ぶな。
「」
手のひら、先程グラスを割った時に ついた傷に舌を這わされる。
「い…あっ」
何だよ これ!
知らない、
こんなのは 知らない!
あつい、 焼ける、 持っていかれる
「…好きだ…」
頭が、真っ白になる
堕………ち……る………
「ひっ……あぁぁぁぁぁっ」
ふつり…と、意識が途切れた。
「大丈夫か?」
「…ん……。」
目を開ければ、俺をじっと見つめている 瞳。
「あ…」
咄嗟に 背けた。
『好きだ』と言ったのだ こいつは。
俺の名前を 呼びながら。
「何でだよ」
「ん?」
「好き…って。」
「あぁ…」
出会ったばかりで、何故そんなことが言える?
「一目惚れだ、と言ったら 信じるかい?」
にっこりと、微笑んだ 彼。
「何だよ…それ…」
どくどくと、心臓がうるさい。
まさか、まさかとは思うが…
もしかして 俺は……俺も……
「」
呼ばれて 顔を上げれば、
近づいてくる 顔。
ゆっくりと、触れる、唇。
「ん…っ」
「、好きだよ。」
あぁ…もう、ダメだ。
名前なんか教えるんじゃなかった。
コイツの誘いに 乗るんじゃなかった。
知らなければ……求めることなどないのに……。
俺は 堕ちている………。
「悪いが、一度限りだ。それ以上の関係を持つ気はない。」
「?」
あの男に言ったセリフを もう一度言う。
身支度を、整えながら。
「俺は、そうしてきたんだよ。」
「これからも、そうするのか?」
ロイが、心なしか 寂しそうに呟いた。
「さぁ、わからない。」
「………。」
身支度を、すっかり整え、ドアに手を掛ける。
「次に会った時、あんたが まだ 俺を好きだったら、俺はあんたを愛してやるよ」
「…」
「じゃぁな、ロイ」
ぱたん、と ドアが閉まった。
※ ※ ※
それから 俺は、バーに行くのをやめた。
どうやら 俺も本気らしい。
あれから5年、
俺は今、東方司令部の前にいる。
あんたは 今でも 俺を好いていてくれるかな。 なぁ、ロイ?
門番に 身分証明書を示し、中に入ると、
ホークアイと名乗る中尉さんが待っていた。
大佐の執務室に案内される。
コンコン、とノックの音。
「失礼します。マスタング大佐」
ホークアイ中尉の声に、書類から 顔を上げる ロイ。
目が合う。
「初めまして。本日付で こちらに配属になりました、・中佐です。よろしく お願いします」
にっこりと、微笑む。
唖然としている ロイを 見つめながら。
〜End〜
あとがき
お題挑戦開始です!
って、のっけから微エロってどうなのさ…。
主人公、実は明るい奴です。
今回なんか歪んでますけど。
ブラウザ閉じて お戻り下さい。
後日談
「そういえば、事前書類は?見てたら 俺が来ることくらい わかったろ?」
「書類の山の 一番下にあったよ…」
「どれだけ 溜め込んでたんだよ…」
「まぁ、いいじゃないか。………それで?」
「え?」
「愛して くれるんだろう?」
「………」
「?」
「……まだ 足りないのかよ。」
ロイの部屋のベッドの上。俺たちの恋愛は、始まったばかり。