10.殲滅戦




!今日 仕事終わるの何時だ?」


司令室で書類を確認していたら、

エドたちを見送りに行って戻ってきたヒューズ中佐に訊かれた。


「あー…一応 6時ってことには…なってますけど」

「あと30分か。」

「でも、片付いてない書類があるんで 今日は残…んぐっ」


残業かな、と言いたかったのだが、

ヒューズ中佐の手によって 口を塞がれてしまった。

いきなり 何すんですかっ!!


中佐は 借りて行くぜ。マスタング大佐。」

「んんっ?!」


え、ちょっと!まだ俺 仕事中…


「どこへ連れて行く気だ?」

「久しぶりに会った友人と 少々話がしたくてな。」

「待てないのか?」

「8時の汽車で 中央に帰らにゃならんもんで。」

「………わかった。早退を許可しよう。」


うっそ  マジ!?


「んんっ!んーっ」

「あぁ、すまん。塞いだままだった。」


ぱっと ヒューズ中佐の手が離れる。


「ヒューズ中佐!何考えてんですか!」

「何って…だから、と 話がしたいんだって。」

「それは聞いてましたけど!休日に改めてだっていいでしょう?」

「じゃぁ聞くが、お前が東方に来てから 俺と お前の休日が重なったことがあったか?」


そう言われてみれば…なかったような気がする。

でも、だからって 仕事を途中で抜けて行くわけには…


中佐」


悩んでいると、ホークアイ中尉に呼ばれた。


「行ってらっしゃい。貴方の仕事は、明日以降に回せない分だけ 大佐に回しておきますから。」

「え…でも…」


ロイが 青ざめてるんですけど…?


「大佐が許可なさったんですもの。いいですよね?大佐。」

「………いいだろう。私がやっておく。行って来なさい、

「大佐…」


何が どうなっているのか よくわからない。

こんなに簡単に早退許可が おりるのは…

ヒューズ中佐のせいなのか、俺が甘やかされているのか。

ラッキーと割り切るには 少々気の晴れないところもあるが…


「わかりました。行ってきます。」

「よぉっし、そうと決まれば さっさと行くぞー。」


時間がねぇんだ、と言って、がしっ と俺の襟首をつかむ ヒューズ中佐。

そのまま ずるずると引きずられる。


ちょっと!! 俺 猫じゃないんですけどっ!!







  ※   ※   ※







連れてこられたのは、カウンター席しかない 小さなバー。


「こんな所があったなんて 知らなかった…」

「マスター、奥いいか?」


どうやらヒューズ中佐は常連らしい。


「ああ。空いてるよ。」


初老のマスターに 軽く頭を下げ、ヒューズ中佐について 店の奥へと入った。

ドアを潜ると、そこは小さな部屋になっていて

テーブルと 二人掛けのソファが2つ 据えてあった。


「ま。座れや。」


ヒューズ中佐の 向い側を勧められ、腰を下ろした。


「こうして ゆっくり会うのは、久しぶりだな。つっても あんまり時間は無いんだが。」

「あの 大総統許可の戦闘訓練の時は、貴方 さっさと逃げてましたもんね。」

「巻き込まれちゃ かなわんからな。まったく…ロイに喧嘩売るなんて、も物好きだよな。」


実は あの時 練兵場を空けてもらうよう頼んだのは俺。

ヒューズ中佐は、しっかり黙っていてくれているらしく、

まだロイの耳には入っていない。


「しかし…俺とが 飲み友達だって、ロイが知らんかったのは驚きだ。」

「あ…。言ってなかったっけ、そう言えば…。」

「ひでぇなー、仮にも恋人なんだろ?」

「ええ まぁ…って、えぇっ?!」


なななななんで 知ってるんですかっ!?


「お、俺、言ってないですよね?」

「見てりゃわかるよ。お前さん達 二人とは、付き合い長いからなぁ。」


そ…そういうもの なのか…?


「つーか、ロイがな。」

「…?」


ロイが…どうしたと言うのか。

まさか、何か言ったんじゃ…


「ロイの雰囲気が、少しばかり変わってたんだよ。」

「雰囲気?」

「そう。雰囲気。」


それは…俺と会ったことで、ということだろうか。


「今までの あいつは、どっちかってーと 守ってやりたくなるタイプだったんだがな。」

「そう…なんですか?」

「あいつ 俺より強いのになー。どうしても 守ってやりたくなっちまうんだよ。」


ああ、その感覚は…少し わかる気がする。

俺は、守られて ばかりだけれど。


「でも、今はちょっと違う。相変わらず構いたくなる奴だが…守りたいものを 見つけた顔をしてる。」


それが お前さんだ、と 指差される。


「…それは…俺が 弱いから…」


だから ロイが 過保護になるんだ。


「違うな。」

「え…」

「そいつは違う。俺からすりゃぁ、お前さん達 二人とも 同じくらいに守ってやりたくなるよ。」

「えーと…」


一体どういうことなのか。

俺と ロイが…同じくらい?


「わからないか?」

「…わかりません。」


答えたら、ヒューズ中佐が すくっと 立ち上がった。

もしかして…怒らせてしまったのだろうか。いや、呆れられたか…。


と、思っていたら、ヒューズ中佐は テーブルを回り込んで

俺の隣に どかっと腰を下ろした。


「ヒューズ中佐?」


状況についていけず、隣を見れば、


は強いぞ。」


徐に、そう言われた。


「は?」


俺が…強い?


「きっと、東方の奴らは それを知ってる。」

「そんな…でも、だって…俺は…」


みんなに甘やかされてる…。

弱いから、

しっかりしないから、

無力…だから…。


「こらこら、沈むな。いーから聞いとけ。な?」


ぽん、と 頭を叩かれ、こくり と頷いた。


「お前さんは 強いよ。それは間違いない。そして、それを一番よく知ってるのは、ロイだ。」

「ロイ…が?」

「そ。ロイが一番 の強さに 甘えてんだ。」

「どういう…ことですか?」


俺は、いつも 甘やかされるばかりで…


は、相手を受け止められる強さを持ってるってことさ。」

「受け止める?」

は 自分の弱さをわかってるから、強いんだよ。」

「わかってるから…強い…」


まだ、よくわからない。


「わからねぇか?」

「…わかりません。」


俯いて答えた 俺の頭を、ぽんぽん と叩くヒューズ中佐。


「いいさ。今は まだ わかんなくても。」

「でも…」

「これは、いつか が自分でわかれば いいことだ。」


いつか…俺が 自分で…

わかれる日が 来ればいい…。

来て欲しい。

弱いままは…嫌だ。


は…ロイが好きか?」

「なっ…何ですか 突然」

「まぁ 照れなさんな。冷やかしてるわけじゃないんだ。」


そう言った ヒューズ中佐の目が 真剣だったから、


「……好き、ですよ。」


そう 答えた。


「そうか」


ヒューズ中佐が、ふわっと 笑った。

あったかい 笑顔。


「なぁ 。ロイを、支えてやってくれな。」

「え…」

「本当は 俺が 二人まとめて面倒見れりゃぁ いいんだが…」


二人って…俺とロイ?


「俺にゃぁ 守らなきゃいけねぇ 素敵な奥さんと、可っっっっ愛い娘がいるからな。だから、


真剣な目が、俺を捉える。


「ロイは、お前が 守ってくれ。」

「俺が…ロイを?」


守る…?


「殲滅戦の話は 聞いてただろう?」

「はい。」


ロイが エドたちに話しているのを、一緒に聞いた。

俺も、噂でしか 知らなかったから…。


「あいつは…あそこで、たくさんの人を 殺した。」

「でも、それは 上の命令で…」

「そうさ。上の命令で、殺した。剣や 銃でなく…自分の手でな。」

「っ…」


そうだ…ロイは、国家錬金術師で……人間…兵器で…


「国家錬金術師って奴ぁ、あいつら自身が 軍の道具みてぇなもんだ。」

「ロイも…その一人、なんですね。」

「ああ。あいつも、その道を 選んだ一人だ。」


そして…エドや、少佐も。


「イシュヴァールで あいつは、無力な人間を…大人も 子供も関係なく、手に掛けてきた。」


…それが、戦争…。


「その中で、ロイは…正気を保っちまった。」

「正気?」

「周囲の狂気に 取り込まれなかったのさ。どうしても、その殺戮を正当化することができなかったんだ。」


狂気に満ちた集団の中で 保ってしまった自我は、

どれほど ロイを苦しめたのか…


「ロイは 弱いぞ。」

「え?」

「弱いくせに、それを押し込めて 強く見せるのが上手いんだ。その上 力ばっかり ありやがる。」


呆れた調子で言う ヒューズ中佐に、つい 苦笑が零れる。


「だからよ、ロイの弱い所は、が 支えてやれ。」

「俺が…」

「難しく考えるこたぁない。側にいてやるだけで 充分だ。」


俺に、ロイを支えることが できるのかは、わからないけれど…


「ただし!甘やかしすぎるなよ。」

「それは…どっちかといえば、ロイに向けて言って欲しいセリフなんですけど…」


できるなら、ロイの側に 在りたいと思う。


に 自覚があるうちは、その必要はねぇよ。」

「え?」

「だから、お前さんは 強いんだって。」

「はぁ…」


やっぱり、よくわからない。

よくは わからないけど、


「ロイが…側にいさせてくれる限り、一緒にいたい とは…思ってます。」

「おぅ。ならいい。」


にかっ と、笑顔を向けられ、


「はい。」


俺も 笑った。







  ※   ※   ※







それから、時間ぎりぎりまで 話をして、

8時の汽車に乗るヒューズ中佐を 駅のホームで見送る。


「じゃぁ、またな。」

「ええ。今度は、ゆっくり飲みましょうね。」

「ロイも 誘ってな。」

「はい。」


汽車に 乗り込んだヒューズ中佐が、窓から手を差し出す。

もっと近くに来い、と言うように 手招きされ、窓に顔を近づけたら、

がしがしと 頭を撫でられた。


「ちょっ!ヒューズ中佐っ!!何すんですかっ」

「甘やかしてみたくなっただけだ。」


甘やかす…って言うか、


「子ども扱いの間違いでしょう?」

「そうか?……そうかもな。」


ヒューズ中佐の声に 被るように、発車を知らせる警笛が響いた。


「今度、家にも遊びに来いな。」

「はい、ぜひ。」


敬礼をして、走り出す列車を 見送った。















帰り道、ヒューズ中佐に言われたことを 思い返す。

俺のこと、

ロイのこと、

俺たち…二人のこと。


『ロイは弱いぞ』


弱いくせに、強く装うことだけは 上手い。

俺は、そんなロイを、

本当は…知っていたのかも しれない。


俺が ロイと離れられない と感じるのは…

ロイの弱さを、どこかで 知っていたから なのかもしれない。



家に向かって歩いていた足を止め、

方向を変えて 歩き出す。

だんだん 早足になって、それでも足りなくて 走り出した。








ロイに   会いたい。


















〜End〜




あとがき

ヒューズさんと仲良し。
ヒューさんの発言が…ヒューロイっポい…あわわ。
でも 違います。二人は関係を持ってたりはしません。(念のため)

殲滅戦…でっちあげっス。本誌読んでないので、
全然違ったりしたら ごめんなさい。


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