昼下がりの東方司令部。

使用予定の無い会議室は 恰好のサボリ場である。





13.煙




未使用なのを確認してきた会議室のドアを開けたら先客がいた。

ゆるり と、揺れる紫煙。


「何だ、ハボックか。」

「あ、中佐!」


振り返って 俺を認めるなり、ぱっと笑顔になる。


「何してるんだ?こんなところで。」

中佐こそ。」

「え?俺は サボリ。」

「俺もです。」


何だかなぁ…

上司としては 叱るべきなんだろうが、自分もサボリじゃ しょうがない。


「今日は 大佐と一緒じゃないんですね。」

「へ?ああ。何?ロイと一緒じゃないと おかしい?」

「だって いつも一緒でしょう?」

「そんなわけないだろ。」


いや…あるかもしれない。

考えてみれば、俺のサボリ場は 基本的にロイの近くだった。

これまた 何だかね…。


「大佐と喧嘩でもしましたか?」

「は?何で?」

「最近 あんまり一緒にいないから。」

「そう…かな。」

「そうですよ。」


言われるまで気付かなかった 自分とロイとの距離感。

ロイに対する態度が変わった自覚も無ければ、

彼の家へ行く回数だって減ってはいない。


「喧嘩なんか してない。」


思い当たるのは、先日から二人の間にある 小さな問題。


「ちょっと…すれ違ってしまっているだけだ。」

「って、それ まずいんじゃないっスか?」

「え?」

「喧嘩より、そっちのが まずくないですか?」


ああ、そういう考え方も あるのか。

でも、多分 そうじゃない。


「大丈夫。これは 必要な葛藤だから。」

「そう…なんスか?」

「そうなんスよ。」


笑顔で言ったら、ハボックは とても複雑な顔をした。


「何か…割り込む余地 無いですね。」

「ん?」

「そんなに 大佐が好きっスか?」


ハボックの真剣な問いに、ドキリとする。


「何?突然…」

「好きなんスか?」

「…好きだよ。俺には ロイだけだから。」


正直に答えれば、ふっと ハボックの表情が緩んだ。


「あー…もう。完璧フられちゃったっスね 俺。」

「え?何、今の告白だったわけ?」

「まぁ…」


ちょっと脱力した感じのハボックに、くすくすと 笑いが零れる。


「ハボックは、だめだよ。」

「へ?」

「ハボックは、俺には キレイすぎるから。」

「キレイ…?」

「そ。汚れてなさすぎる。」


純粋な彼の想いを受け入れるには、俺は汚すぎるから。


「俺、そんなに キレイな人間なんかじゃ…」

「キレイだよ。ハボックは とっても。」

「そんな…」

「俺は 真っ黒だ。そして ロイも、俺と同じ空気を持ってる。」


色々、汚いこともしてきたしな。

笑って言っていいことかって感じだけれど、俺は笑った。


「ハボックは、まだ 白に近いよ。」


ほぼ純白なんじゃないか?と言えば、

ハボックは わたわたと慌てた。


「え、でも、じゃ 大佐って汚れ…」

「てると思うぞ?俺の直感だけど。」

「それ、間違ってたら どうするんですか?」

「べつに どうもしないけど…」

「けど?」

「責任取って、一生愛しとくよ。」

「何ですかそれ…」


呆れたような 困ったような顔をするハボックを、かわいいと思う。

彼を好きになれる人は 幸せだと思う。彼に愛される人も。

だけど 俺にはロイだけだから。

ロイを愛する以上の幸せは、もう見つけられないと思うから。

俺は彼に 応えては やれない。


落ちた沈黙は、気まずさこそ含まないものの、

少々の ぎこちなさを持って午後の会議室を包んだ。


ハボックは 短くなった煙草を灰皿に押しつけ、

二本目の それに火を点けた。


中佐は…」


しばらくして、ハボックが静かに口を開いた。


中佐は キレイですよ。」

「え…」

「貴方は、多分 貴方が思っているよりも、キレイですよ。」


小さく笑んだ、その優しい瞳に捕われる。


「そして大佐も、貴方を捕えてしまうほどには、キレイな人なんです。」

「何 言ってるんだよ…。」


何だか ひどく こそばゆい気分になってきた。


「俺は、中佐も、マスタング大佐も、大好きですよ。」


ふわりと笑ったハボックは、やはりキレイな人間なのだと思った。

こんな自分でさえ、浄化してしまうような純粋さ。


ふと緩んでしまいかけた涙腺を 慌てて抑えて、笑顔を作った。


昼下がりの会議室。

少し驚いたような顔をしたハボックの、その手元にある煙草から

ゆるりと上がった煙が、優しく揺れた。














〜End〜





あとがき

久しぶりの連載更新でございます。よ…4ヶ月ぶり…?(滝汗。
いやぁ…書いてみれば主人公のキャラが全然違ってしまって
かなり焦って修正しました(笑。

この連載で ハボックは好青年なキャラですが、
多分バッチリ二面性を持ってると思ってます。
機会があったら、鬼畜ハボ夢も書きたいな、と(笑。

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