15.休暇




「大佐、中央のヒューズ中佐から お電話です。」

「……切れ。」


昼下がりの東方司令部。司令室内には、不機嫌なロイから発せられる

負のオーラが迷惑なほどに広がっている。


「ですが大佐…」

「いいから切れ。どうせ ろくな用事ではないんだ。」


朝から これで3回目の電話。

いつもは ロイに切られれば あっさりと引く ヒューズ中佐が、

こんなに しつこく掛けてくるなんて、一体どんな用事なのか…。


「なあ、ロイ。その電話、俺が出てもいい?」


言って、ロイが了承する前に 受話器を取ってしまう。


「もしもし?です。」

『お?か?ロイは?』

「なんだかよく分からないけど、不機嫌です。ものすごく。」


一体何を言ったんですか と問えば、ヒューズ中佐は カラカラと笑った。


『いやー、ちょっと 貸し出し要請をな。』

「貸し出し要請?」


一体何の、と訊こうとして、ひょい と横から受話器を奪い取られる。


「あっ…ちょっと ロイ!」


見れば ロイが俺を遠ざけるように押しながら 受話器を耳に当てているところだった。


「ヒューズ…」


彼から発せられる声は、地を這うように低い。

受話器から漏れ聞こえてくる テンションの高い声は、内容を聞き取れないながらも、

からかいの色を含んでいることは 十分に分かる。


「しつこい。しばらく に休暇はない と言っている!」

「は?」


いきなり言われた そんな台詞が、何故 俺ではなくヒューズ中佐に向けられるのか。

や、別に俺は 休暇を申請したりはしていないが…。


がしょん と音を立てて受話器を置いたロイを じっと睨む。


「ロイ、今の、何?」

「え…あ、いや…」

「何で 俺は 休暇をもらえないわけ?」


忙しいから、なんて そんなことを訊いているんじゃないことは

ロイにだって 分かっているだろうさ。


「いや…それは その…すまない。」

「や、謝ってほしいわけじゃなくて。」


ちゃんと説明しやがれと 睨み上げてやれば、少し困った顔をして 中尉に了解を取ると

俺を司令室から 連れ出した。


「どこ行くんだよ。」


きっちり 説明しないロイに、だんだん腹が立ってきて、じっと その後頭部を睨んだまま

ロイの後をついて行く。連れてこられたのは 会議室だった。


「で?」


俺を中に入れ、ドアに鍵を掛けているロイを見遣りながら、会議用の机に浅く寄りかかる。


「…貸せと言われて断った。」


躊躇いがちに口を開くロイは、すたすたと 俺の側まで来ると近くの椅子を引いて座った。


「何を?」


そう言えば、ヒューズ中佐は「貸し出し要請」と言っていた。


「君をだ、。」

「は?何で?」

「それは…」


ロイが言った内容は 大体こうだった。

傷の男の件に加え、国立中央図書館の第一分館が焼失して、

中央は人手不足に悩まされている。どうしても資料整理が追いつかないのだが、

ヒューズはエリシア嬢の誕生日に休暇を取りたい。

そこで に白羽の矢を立てたかったわけだ、と。


「しかし こちらも 仕事が詰まっている、と言ったら」

「ああ、それで休暇ね。」

「そうだ。」


仕事として来られないなら、休暇をとって手伝いに来い、と…。


「うっわ、ヒューズ中佐ってば 鬼畜ー。」


まあ、あの人らしいけどな。


「でも、何で 俺じゃなくてロイに言うんだ?」

が了承しても 私が許可しないのを見越して、だろうな。」

「ああ、なるほど。」


そりゃ納得だ。


「で、断ったんだ?」

「当然だろう。」

「当然なんだ?」

が休暇を取るのは、私のため以外には 認めない。」


机に寄りかかっている俺は、ロイに下から見上げられる形になっている。

じっと見上げてくるロイの目は 真剣だった。


「それ、横暴って言わない?」


茶化すように言いながら、内心は ドキドキだった。

何てことを言うんだろう この人は。

好きな人に そんな独占欲を見せつけられたら…嬉しくないわけ ないじゃないか。


「こんな私は に嫌われてしまう?」

「さあ?」


束縛が嬉しい、などとは さすがに言えず 誤魔化すと、


「嫌われても、君を離すのは嫌なんだ。」


なんて、さらに言ってくれるものだから、俺は あっさり陥落した。

もう、心臓が 過負荷で壊れそうだ。

寄りかかっていた身体を起こし、ロイの座る椅子の後に回る。


…?」


訝るロイを、後から椅子ごと抱き締めた。


「あんまり 嬉しがらせないでよ。」


囁くと、ロイの肩が びくりと揺れた。


…」


束縛されることを、こんなにも嬉しく思ってしまう俺は、どこか おかしいのかもしれない。

それが怖い、と呟けば、ロイの胸元に回した手をとられ、手の甲に口付けられた。


「ヒューズ中佐には、俺から ちゃんと断るよ。」

「ああ。」

「こんな甘えん坊を放っては行けません、てさ。」


小さく苦笑しながら茶化せば、


「放っていかれたら、寂しくて死んでしまうからな。」


しゃあしゃあと そんなことを言う。


「どれだけ 甘えん坊だよ ホントに…」


くつくつと 笑いながら ロイを上向かせ、上から覆い被さるようにして口付ける。


「ん…」


絡めた舌が くちゅりと音を立てた。

軽く吸い合って唇を離せば、ゆるりと架かった銀糸は、重力に従ってロイの口腔に落ちる。


「好きだよ、ロイ。」

「君が 好きだ、…愛している。」


囁き合って、身体を離した。


「さて、そろそろ戻ろうか。」


ロイが そう言いながら立ち上がる。


「あんまり長くなると中尉が怖いし?」

「最近 よく聞くな、の それは。」

「ブラックハヤテ号の一件以来、どうにもね。」


言って肩を竦めれば、ロイは ぷっと笑った。


「中尉は、最近が 甘えてくれないと 拗ねていたぞ?」

「は?」


くっくっ と笑いながらロイは、


「私以外に 無理して甘える必要は ないがな。」


が甘えるのは 私だけで十分だ、なんて あっさり言ってくれる。


「中尉が…そんなことを?」


ロイの台詞に内心 照れながら訊く。


は みんなに好かれるからな。私は嫉妬で忙しいよ。」


軽い口調で言って、でも真面目な話だと しっかり念を押して、

ロイは ドアの鍵を外した。


司令室に戻ると、丁度ヒューズ中佐から4回目の電話が掛かってきていた。

またも ロイに代わって受話器を取る。

今度は ロイはデスクに座ったまま、成り行きを見ていた。


ロイに拗ねられたと話し、断りの台詞を口にすると ヒューズ中佐は、

『あんまり甘やかすなって言ったろ?』と言いながらも、仕方ねぇなと笑ってくれた。


そして、実は良い人材を確保したんだと、嬉しそうに言った。

その人 一人いるだけで、第一分館焼失の補填が8割方可能だと 歌うように言って、

上機嫌に娘自慢を始める彼に30分ほど付き合って電話を切った。


、長電話をするな。」


仕事中だぞ と俺を睨むロイの目には、上官として長話を嗜めるのとは

明らかに違う色が浮かんでいる。


「すみません、以後気をつけます。」


つい 吹き出しそうになって、ギリギリのところで堪え、謝罪を口にした。

それでもなお その目から嫉妬の色を消さないロイに苦笑しながら、

次の休暇は ロイのために取ろうと 思ってみたりしている 俺なのであった。
















〜End〜





あとがき

やっと半分まで来ました。やっと…。
回を増す毎に どんどん弱く甘くなっていく2人です。
恋愛に溺れてるって言われたらそれまでですが、
2人合わせて強けりゃ いいってことで堪忍してください(強引。

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