16.銃撃戦




ひんやりとした空気が漂う中、すっと構える銃は、手に心地良い

重さを伝えてくる。

狙いをつけて引き金を引けば、耳あて越しに空気の振動が

鼓膜を揺すった。


「ふぅ」


6発装填式のそれを撃ち切って、銃を下ろした。

軽く息を吐いて耳あてを外す。人型を描いた的には、人体の急所を

僅かに外した位置に、それぞれ穴が開いている。


「まあまあ、かな」

「相変わらずですね、中佐」


自賛の呟きに、凛とした声が重なる。


「ああ、中尉。今からですか」


彼女は耳あてを首にかけ、ライフル銃を携えて俺の後ろに立っていた。


「ええ」


頷いて、中尉は隣のブースへ入った。

ガチャガチャと銃を調整する音が止み、中尉がカチャリと照準を合わせる。

続いて響く、強い空気の振動を、俺は心地良く受け止めた。


「あなたも、相変わらずだ。ホークアイ中尉」


彼女の撃った弾は、見事に的の急所を打ち抜いている。

笑って声をかければ、中尉は少しばかり苦い顔で俺を振り返った。


「この程度、貴方にも充分可能でしょう?中佐」


動かない的の急所を打ち抜くことくらい、と、その目は些か怒ったように

眇められている。


「まったく……どうして貴方は、そうなんですか?」


小さな溜息とともに告げられた言葉に、微笑んだ。

質問の意味は分かれど、答えるつもりはなかったから。

その笑みに中尉の眉間の皺が増える。

どうやら俺の答えは、お気に召さなかったらしい。


「中佐……」

中佐!こんなところにいらしたんですか!」


中尉の声に重なって、フュリー曹長の声が俺を呼んだ。


「ん?」

「あ、お話し中でしたか。すみません」

「いいのよ。大したことじゃないから」


慌てて謝る曹長に中尉が苦笑して言った。


「何か、俺に用事?」

「あ、はい。大佐が……」

「曹長をよこすってことは急用か?」

「ええ、多分……」


一体なんだろう。わざわざ人をよこすなんて……。


「では中尉、お先に失礼します」


呼びつけられる理由を考えながら、中尉を見遣れば、彼女は何か

言いたそうな顔をして、けれど無言のまま、ぴっと敬礼した。

どこまでも軍の所作とは硬いな、と苦笑して、その場を後にした。







  ※   ※   ※







「お呼びですか」


ココン、と執務室のドアをノックして中に入ると、視線がロイの

真剣な眼差しとぶつかった。


「何か……あった?」


他に人がいなかったから、口調を砕いて話を促す。


「これを、中央に届けてほしい」


すっと差し出されたのは茶封筒。軍の印の入ったそれは、

何かの書類らしい。


「今日中にだ」

「つまり、今から行け、と」

「そうだ」


言葉とともに渡されたのは、中央行きの列車のチケット。

列車の出発時刻は今から約1時間後。


「誰に?」

「ヒューズだ。会えなければ彼の部下に預けてもいい」

「了解」


では、と敬礼したら、その手首を掴まれた。


「ロイ?……んっ」


そのまま重ねられる唇を抵抗もしないままに受け入れ、つと目を閉じた。

甘えるように、甘やかすように、ゆるゆるとした口付けを求められ、

応える舌も決して淫らにはならないまま、あやすように動いていく。


「気をつけて、行っておいで」

「……ん。行ってきます」


この執務室から、軍人としてではなく、恋人として送り出されることに

面映さを覚えながら、そっと身体を離す。

再度敬礼すれば、今度は黙って見送られる。

すぐに帰ってくるから、と、心の中で呟いて、そっと部屋のドアを閉めた。







  ※   ※   ※







車窓を景色が流れていく。

立ち寄ったこともない小さな村や町を通り越して、列車が進んでいく。

窓枠に肘をかけ、頬杖をついて、ぼんやりと眺めるそれらの景色に、

ふと中尉の声が蘇る。


『まったく……どうして貴方は、そうなんですか?』


あれは、確実に的の急所を打ち抜くことが出来ないことへの言葉。

俺の弱さを、指摘する言葉。


人を殺したくない、なんて。

軍人になっても、そんな甘いことを考えている俺に対する彼女からの警告。


わかってはいるのだ。

戦場で人を殺せなければ、自分が殺される可能性が高くなることも、

戦争の集団心理が、どれだけ人を冷酷にさせるのかも、

その中で冷酷になりきれないことが、どれほど辛いことなのかも……。


それでも、俺は人を殺すことが出来なくて。

中佐に昇進する前の小さな戦争に駆り出されたときも、敵とされた人間の

急所を打ち抜くことはしなかった。



殺してやった方が親切だ、と、あのとき友人だった男は言ったが、

少しでも生きられる可能性をその人に残したくて、急所を外して狙った。

あの中の何人が生きていて、何人が失血死したか、はたまた他の誰かに

とどめを刺されたか、俺は知らない。


結局、自分が殺したという現実を見たくないがための、エゴだったのだ。

自分の罪悪感を軽減したいがための。



東方に来て、最初に射撃場を使ったとき、中尉には気付かれた。

しょうのない人、と溜息を吐かれながら、けれどその不甲斐なさを

怒ったりはしない彼女に、俺は甘えてしまった。


あの頃は、それでも自分はそれなりに強いのだと思っていた。

誰一人、直接命を奪ってはいなくても、その戦争には勝ったし、

俺は認められて昇進した。


それが弱さだと知ったのは、エドと傷の男の一件のとき。

あの距離で銃を撃っても当たるわけがないと、自分に言い訳をした。

本当は、撃てば当たったかもしれないのに。

怖かったのだ。

あの動揺した状態で引き鉄を引き、失敗して殺してしまうことが。



守られて、甘やかされて。

ロイも中尉も、俺より先に俺の本質に気付いていたんだ。

弱いところを、全部知って、それでも俺のプライドを守るように、

決してそれを突きつけたりはしないでいてくれた。


愛されているのだと、思う。

ロイにも、中尉にも、そして、司令部のみんなにも。


ニーナを守りきれなかった俺。エドを助けられなかった俺。

自分の非力を痛感して、甘えきった自分をも知った。


もう、弱いままではいたくないんだ。

強く。強くなりたい。

守りたい人たちがいるから。守り抜きたい人がいるから。


俺は、俺の覚悟を決めよう。

今はまだ弱いけれど。

いつか、きっと、その背中に追いつくために……。



車窓の景色は、いつの間にか見慣れた都会のそれに変わっていた。

カタン、コトン、と音を立てながら速度を落とす列車に、もう目的の駅が

近いことを知る。


ヒューズ中佐には会えるだろうか。

会いたい。

出来れば顔を合わせて、2言でも3言でもいいから話がしたかった。


キィ、と軽やかなブレーキ音とともに、列車が静かに止まる。


「さて、と。行きますか」


小さく呟いて降り立ったプラットホームは、雑多な都会の香りがした。
















〜End〜





あとがき

一年以上ぶりです。どうしましょう。(どうもできん)
以前書いた話と部分で若干ズレが生じている恐れがあります。
が、そこはさらっと流していただけると嬉しい……です。
ヘタレですみません。
こんな状態で後半残り14話、お付き合いくださいと言っても
いいものか(だめな気がする……/沈)

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