強くない自分。
でも、それでもいいと、彼は言った。
「失礼します」
ココン、と軽く叩いたドアの向こうから、どうぞと応えがあったから
声をかけてドアを開けた。
「よぉ、。久しぶり」
「お久しぶりです、ヒューズ中佐」
デスクに積み上がった本と書類の向こう、変わらない笑顔。
会えないのではないかと思ってきたが、案外あっさりと逢瀬は叶った。
「最近詰めてっから、身体ガチガチだぜもう」
ぼやきながら肩をまわし、ヒューズ中佐は、シェスカと呼んだ部下に
2人分のコーヒーを頼む。
「あ、あいつがシェスカ。こないだ、いーの捕まえたっつったろ?」
「ああ、俺が不要と言われるほどの」
「や、言ってねーだろそりゃ」
何なら今からでもこっちで働くかと問われ、遠慮しておきますと
丁重にお断りする。
「シェスカ!それ終わったら昼メシ食ってきていーぞ」
「はぁーい」
コーヒーカップを2つ持ってきたシェスカ嬢は、ぺこりと頭を下げると
パタパタと出て行った。
彼女の淹れてくれたコーヒーを啜りながらのしばしの談笑。
この人といると、やっぱり落ち着く自分がいる。
「なぁ、今夜どうだ?」
時間があるなら、飲みにでも行かないかと誘われて、けれど。
「すみません……寂しがりやの仔犬が、帰りを待ってるんです」
「何だ?お前さんいつの間に犬なんて……あ」
言いかけて、ヒューズ中佐はにやりと笑った。
「軍の狗も、恋人にかかれば、だたの甘えん坊の仔犬ってか」
「や、ちがっ!そんな意味じゃ……!」
「いーねぇ、恋ってのは。俺だって負けてねぇけどな」
ほれみろ!と押し付けられるのは家族写真。
いつも見せられ、見飽きたそれは、だけどいつも羨ましい。
「あ、じゃあ、お前このままとんぼ返りなのか?」
「ええ。のんびりしてると、仔犬が拗ねるので」
「そっか……じゃ、1つだけ言っとくかな」
「はい?」
そろそろ冷めてきたコーヒーを一口啜り、ヒューズ中佐は
真剣な目を俺に向けた。
「本当は、自分で気付いてほしかったが……」
「え……」
「ずいぶんへこんでるみたいだから、言ってやる」
「あ……」
「ったく、人の顔見た途端に安心しきったようなツラしやがって」
お前がそういう顔を見せていいのは俺の前じゃないだろう、と睨まれ
実際その通りであるから、少々苦味の強い苦笑がこぼれる。
「よく見てますね、ヒューズ中佐」
「お前さんのことなんか、ずっと見てるに決まってんだろうが」
それくらいわかっとけと怒られて、それが何だか嬉しい。
「……逃げるなよ、」
「え?」
「弱さを理由に、逃げるんじゃねぇ」
じっと与えられる視線は、ひどく強く、けれど暖かい。
「自分の弱さを知ってる人間は、他人の弱さも受け入れてやれる」
「他人の、弱さ……」
それは例えば、大切な彼の……
「逃げたら、何も受け入れることなんか、できねぇだろ?」
「ヒューズ……中佐」
「ロイが甘えきった顔見せんのは、お前さんの前だけだ」
「ええ」
「だから、お前はあいつを、あいつと、あいつの大切なものを……」
ああ、そうだ。
ロイと、俺と、みんなと。
「しっかり受け止めてやればいい」
みんな、俺に、弱さなんて見せないけれど。
それでも。
「な、」
お前はちゃんとあったかいから。
その弱さを持っていることで、誰より劣るわけじゃない。
守られることで芯をなくさない。
誰かを、何かを守ることで自分を支えているあいつらより、
俺より、お前は強い。
それは、ヒューズ中佐の言ったそれは、俺が気付かなかった、俺のこと。
「はい」
強いだけの人間なんていないから。俺がみんなを大事にすればいい。
「俺だって、お前さんの顔見ると、癒されるしな」
エリシアちゃんほどじゃあねーけどなと、笑うこの人は、本当に……
本当に俺に色々なことを教えてくれる。俺の知らない、俺のことも。
「今度、絶対飲みに行くぞ、いいな?」
「はい。今度こそ、ちゃんと、飲みましょう」
ロイも一緒に、と返せば、ヒューズさんはなぜか少し眩しそうな顔をした。
「いい顔で、笑うようになったよな」
「え?」
「昔は……もう少し大人びてた」
「ひどいなぁ、どうせ子どもっぽいですよ」
拗ねたように言えば、彼は笑って、
「や、いい傾向だよ。その方が可愛いしな」
つらっと言ってのけた。
「ぶっ」
何を言うんだこの人は。
「からかわないで下さい」
「本気なんだがなぁ」
ちっとも本気に聞こえない声で言って、ヒューズ中佐は、さて、と立ち上がった。
「そろそろ時間だろ? 東行きの汽車」
「あ、そうですね」
「下まで送るわ。駅まで行けなくて悪いな」
「いいえ」
立ち上がって彼に続きながら答えれば、ぽすんと頭に大きな手のひらがのる。
「無理はすんなよ。お前はお前だ」
「……はい」
彼に頭を撫でられるのは、気恥ずかしいけれど、なぜかいつも安心した。
東方より格段に人の多い廊下をヒューズ中佐と並んで歩き、少々遠い
エントランスを目指す。
「あ……」
と、前方から、かつ、かつ、とゆったり靴音を響かせて歩いてくる人が目に入る。
「やあ、ヒューズ中佐」
「大総統閣下」
ばっと、ヒューズ中佐が敬礼する。
俺も、さっとそれに倣った。
「調子はどうかね」
「上々です」
答えるヒューズ中佐は、いつものにこやかさが嘘のように表情が硬い。
まあ大総統を前にすれば、誰だってそうだろうけれど。
「中佐は、おつかいかな」
「はい。マスタング大佐の所用にて参りました」
にこやかに声を掛けられ、特に気負いもなく返事をすれば、
「そうか。ああ、そうだ、中佐」
大総統は、にこやかなまま、話を継いだ。
「はい」
「君は、国家錬金術師は、目指さんのかね」
問われた瞬間、大総統の目が、がっちりと俺を捉えた。
「っ……まだ、勉強不足なものですから」
怖い、と思った。
表情を取り繕えたのが奇跡だと思ってしまうくらいには、その視線は強く
大きな力を含んでいた。
「そうか」
ふっと笑った大総統の瞳から、力が抜ける。
ヒューズ中佐は多分、あの視線には気付いていないだろう。
「もう帰るのかね」
「はい。次の汽車で東方へ」
「おや、それじゃあ、引き止めてはおれんな」
「いえ」
「では、道中気をつけて」
「はい」
片手を上げて去っていく大総統をヒューズ中佐と一緒に敬礼して見送って
それからようやく肩の力が抜ける。
「ふー……」
「大丈夫か? 」
歩き出しながら、ヒューズ中佐が俺の顔を覗き込んできた。
「あ、はは。大丈夫って、何がですか?」
「何が、って……お前、ちょっと顔色悪いぞ?」
「そうですか? 光の加減じゃないかな」
ヒューズ中佐に軽く返しながら、けれど、背すじを嫌な汗が伝う。
何だったんだろう。あの、視線の強さの意味は。
「まあ、大総統と話なんかしたら、緊張して当然か」
人の発言はさらっと無視してくれながら、それでもヒューズ中佐が
納得してくれたことに安堵する。彼に、余計な心配はかけたくない。
目的地が見えると、ようやく落ち着いて、少し笑えた。
「っと、間に合いそうか? 車出してもらった方が……」
エントランスに着くと、時計は汽車の時間の40分ほど前。
「大丈夫です。走りますから」
「おいおい」
「俺の体力、舐めないで下さい」
笑って言えば、ヒューズ中佐は、仕方ねぇなと俺の頭を軽く叩いた。
「あ、そうだ。今こっちに……」
「え?」
「あ、いや。やっぱ何でもないわ」
「はあ……」
珍しく歯切れの悪いヒューズ中佐に首を傾げるが、これ以上は
本当に時間がなくなってしまう。
「じゃあな、気ィつけて帰れよ」
「はい。ヒューズ中佐も、身体壊さないように」
「だぁいじょうぶだって。俺にゃ、エリシアちゃんがついてる」
「ははっ、そうでした」
「寂しがりやの仔犬によろしくな」
「……はい。じゃあ、また」
「ああ、また」
敬礼ではなく手を振って、門を出るまで、振り返りながら走った。
ヒューズ中佐は、ずっと見ててくれた。
俺が、振り返らなくなるまで。
駅を目指して走る。
ふっきれたように、何が清々しかった。
さあ、帰ろう。ロイの待つ場所へ。
〜End〜
あとがき
また……1年近くぶりですみません……
10話目あたりと話が擦れ違ってたらごめんなさい(沈。
ああ、連載当初から流れは最後まで決まっているのに、
なぜか文章が綴れず……すみません。
まだ、諦めません……もう少し、がんばります。
ブラウザ閉じて お戻り下さい。