ヒトを焼いた、キオク。
消えることのないそれを、けれど口にしたのは初めてのこと。
感傷も怒りも交えず淡々と事実だけを告げれば、話す間、寄り添うは
その右手で、きつく私の手を握っていた。
自分は、だから、奪った命を背負って、この国を次の世に向かわせるために
生きているのだと、結ぶその言葉すら偽善に思える。
それなのに、この期に及んで、彼にだけは嫌われたくないと、心の底から
思っている自分にも呆れた。
しかし、話し終えても、の手が私のそれを離すことはなく。
「それは、軍人なら、そうだよ」
そう思わないバカに興味などないと、彼はあっさり切って捨てた。
少し驚いて、彼の顔を見遣れば。
「でも、生きることをあきらめるバカは大嫌いだから」
しっかりと、私の目を見つめ、
「必死で生きて、それでもタメだと思うまでは、あきらめるな」
「……」
「勝手にあきらめて死んだりしたら、外して捨ててやる」
左手の甲、指輪のある位置で、ぺち、と私の頬を叩いた。
その言動に、自分が、彼に、受け入れられたことを知る。
「……わかったよ」
ふっと頬に浮かんだ苦笑は、に私の安堵を伝えるものになった。
「なに情けない顔してんの」
「情けない私は、嫌いか?」
「声を上げて大泣きされても、嫌いになれる自信はないな」
むしろ見たいと真面目な顔で言うから、おかしくなって……嬉しくなって、
勢いのまま抱きしめた。
「わぷっ……ちょっ、苦し……ロイ! ロ……んぅ」
「、 っ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめながら、愛しすぎる名前をたくさん呼ぶ。
愛しいと思った気持ちを伝えたかっただけなのだが、
「むぐーっ」
不満の声とともに、ばしばしと肩口を叩かれた。
私の服にの顔を押し付けていることに気付かなかったのは私の落ち度か。
「息も出来ないようなトキメキってのには正直憧れるけどな」
すーはーと、大きく息をしながら、が涙目で睨んでくる。
「トキメク前に呼吸困難じゃ、シャレになんないだろっ」
「す、すまん」
案外というか、の中身は驚くほどに乙女のようで、時折見せられる
その一面は、とても魅力的だ。
「しかし、そうか……」
「ん?」
「は、そういうものに憧れていられる余裕があるんだな」
「は?」
どういうことだと首を傾げる様子も可愛らしいから、その額を、こつりと
小突いて言ってやった。
「私は君にときめきっぱなしで、もう息が止まりそうだというのに」
「っ……!」
ぶわっと赤くなったの口が、ぱくぱくと開閉する。
身体ばかりは擦れてきたくせに、こういう反応はまるで手垢のつかない
少女のようだと思う。
「?」
「ううううるさいよ」
「そうかい?」
わたわたと小さく暴れだしたに、つい笑ってしまいながら、ぽすりと
その頭を叩けば、赤い顔のまま、少し怒ったように睨まれた。
「あ、頭に血が上ってたら、失敗するかもしれないだろっ」
一体なにを失敗するのか、と首を傾げていると、は自分の軍服の
上着の懐に手を忍ばせ、彼の愛銃を取り出した。
「これ、ロイの会ってから、買ったものなんだ」
ロイに追いつくと決めてから願をかけるように買ったのだ、と言われたそれは、
手入れこそされているものの、買って5年やそこらとはとても思えないほどに
使い込まれている。
「今、俺にはこの銃しかないからさ」
そういったが、今度は手帳とペンを取り出す。
「ちょっと小さいけど、他に書けることろはないしな」
小さく笑いながら、手帳から白い用紙を一枚破り、さらさらと書き上げたのは
きれいな錬成陣。
「? 何を……」
「いいから、ちょっと黙っててくれ」
ふっと息を吐いたの目が、その一瞬でひどく怜悧なものになる。
は、集中するように一度目を閉じ、ゆっくりと開くと、きれいにまるく描かれた
錬成陣の中に、グリップの部分を中心にして銃を置き、すっと息を吸って両手で
そこへと触れた。
一瞬後、ぱり、と青色の閃光が走り、を照らす。
光に浮かび上がった、その冷たいほどの表情が、ひどく、きれいで……
錬成とは、こんなにきれいなものだっただろうか。
「ん。できた」
声とともに、ふっと張り詰めた空気が解け、がほんのりと笑う。
先ほどきれいな光を作ったその手が、私の手に触れた。
集中していたせいか、冷たくなっている。
表情に見惚れていた私は、だからその重みが指にかかるまで、
全くそれに気がつかなかった。
すっと、左手の薬指、小さな、重み。
「っ……」
息が。
止まるかと思った。
「……」
掲げた左手。
そこには、少しくすんだ色の、けれどディテールのきれいな細工の入った
細いリングがあった。
「表面から少しのとこしか使えなかったから、ちょっと細いけど」
決して高価なものではないし、決して上質のものでもないけれど。
「受け取って……もらえるか?」
もちろんだとか、当然だとか、言葉はぐるぐる頭の中を駆けるのに、
それが口から出てこない。指輪を見つめた目が、逸らせない。
夢ではないと信じたくて、けれど目を逸らしたら、ふっと消えてしまうような
そんな気がして。
「……ロイ?」
答えない私に不安になったのだろうが、小さく呼ぶ声に、ようやく
緊張の呪縛は解け、
「うわわっ、ちょ、ロイっ!」
それでもやはり言葉は出なくて、込み上げてくる愛おしいという勢いにまかせて
先ほどと同じように……しっかりとを抱きしめた。
「ロイ……?」
ぎゅうぎゅうと抱きしめるばかりの私に、は小さく笑って、
「なあ、ロイ」
静かに語り始めた。
「俺、さ……ロイが生きて帰ってきてくれたの、嬉しいよ」
ちゃんと話を聞きたくて、少し身体を離そうとすれば、の方から
きゅっと抱きしめられた。
「生きて帰ってきてくれて、俺に声かけてくれて」
抱いてくれて愛してくれて愛されてくれて、今、ここにいてくれて、
それがとても嬉しいと、は、穏やかに言葉を紡ぐ。
「俺は、ひどいヤツだから、それでロイが苦しんでても、嬉しいんだ」
ちゃかすように、けれど泣きそうな声でそんなことを言うから、
またぎゅうっと、抱きしめずにはいられなくなる。
「ロ……イっ、苦し……っ」
苦しいという抗議の声も聞けない、離してやることも出来ない。
このあたたかく愛おしいものから、少しも離れていたくない。
「ったく……今日はほんとに、息が止まりそうだよ」
それはこちらのセリフだ、という言葉は音になることはなかったが、は小さく
苦笑して、それから、暖かさを取り戻した手で、ぎゅうっと抱きしめ返してくれた。
「ロイ……生きて、ここにいてくれて、ありがとう」
の、優しい声が、耳に届く。
鼓膜に触れたそれが、頭で理解するより先、目にきてしまったらしい。
「っ……」
つ、と頬を伝った体液は温かく。
「ロイ?」
「……。……」
ようやく口から出てきた声は、彼の名前以外を紡いではくれない。
他の全ては声にならず、吐息とともに空気に散る。
止まらない涙を見せたくないと思えば、彼の肩口に顔を押し付けられた。
見ていないから、好きなだけそうしていろと言うように、その手は優しく。
頭の後ろに触れる温かい手も、左手にある小さな重みも、本当は、
手にしてはいけないものだったかもしれなくて、けれど……
「……好きだ」
「……うん」
拙く零れた言葉こそが、偽れない本心であると、私は知っているから。
それを偽ってはいけないのだと、わかっているから。
今はこの温もりを、手放さないために……揺るがずに生きたいと、そう、思った。
〜End〜
あとがき
主人公を錬金術師にしたのはこれがやりたかったから。
開始当初は血でピアスなんかもいいよね、などと思っていたんですが、
そうするとこの後が難しくなるのでエンゲージリングもどきで(笑。
この2人だしもういっそマリッジリングでもいいような気がするけれど……
それはまた改めて……書く機会があるといいなぁ(無計画/爆)
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