08.勝ち戦




食堂での昼食を終えて。

司令室のドアを開けると、小さく震える物体があった…否、いた。

濡れて ぴるぴる と震える それは。


「っ…仔犬だぁっ」


聞けば、雨の中に ぽつんといたのを フュリー曹長が拾って来たのだと言う。


「フュリー曹長!名前は?名前はっ?」


可愛いものが大好きなんだよ 俺は。悪いか。


「ジョン?ジャック?クロ?ポチ?プチ?」

「プチって…え、あの…」


いつもとは 全く違うであろう俺の態度に 戸惑うフュリー曹長。

しょうがないじゃないか。好きなものに対すると 歯止めが効かないんだから。


「決めてないのか?」

「あ…まだ、です。うちでは 飼えないので…」


なんだ…そっか…。


中佐の家では…動物、だめですか…?」


タオルとミルクの用意をしながら、フュリー曹長が飼わないか、と持ちかけてくる。


「あー…飼いたいのは 山々なんだけど…」


ロイが 何かと理由をつけて 週に4日は お持ち帰りしてくれちまうからな…。

(素直に お持ち帰られる 俺も俺だが。)

考えてみれば、宿直やなんかで、家に帰るのは週に1度か2度…。


「ちょーっと…無理、かな…。ごめんな。」


ロイに飼ってもらえばいいんだろうけど…ロイって 動物の世話できるのかな…。

餌やらなそうだし…挙句 犬にまで「私の手を煩わせるな、自分でやれ」とか言いそうだ。

期待はできないな…。


「探そう!飼い主!! きっと誰か、もらってくれるさ。」




そうこうしているうちに、昼食をとりに出ていた みんなが戻ってきた。


「………なんですか これは。」


ちょこん と座っている仔犬に、みんながそれぞれの反応を示す。

…ブレダ少尉、犬嫌いだったのか。


「じゃぁ 俺がもらおう。俺、犬は好きだぞ。」

「へぇ、ハボックって 犬好きだったんだ。」

少し意外だ。いや、でもないか。仲間意識…とか。

………失敬。


「うわぁ、ありがとうございます ハボック少尉!」

「炒めて食うと美味いらしい。ここから はるか東の方の国じゃ…」


って、オイ!赤犬が美味いって、こいつ赤犬か?…じゃなくって。


「ハボックー。何か言ったか?」


にーっこりと 笑って言ってやる。

その間に ホークアイ中尉が ひょい、と ハボックの手から仔犬を取り上げ、

フュリー曹長に返した。


「冗談っスよ」

「当然だ。」

中佐…笑顔が怖いっス…」


ったく、ハボックは どこまで本気か分からないから困るんだよ。


「フュリー曹長、他に行って探そう。」


二人で連れ立って廊下に出る。


「たしか…エドワード君たち、来てましたよね。」

「あー…でも、旅するのに 犬は邪魔になるんじゃないか?」

「そーですかねぇ…」


あぁっ、そんな しゅんとするなって!!


「取り合えず 訊いてみようか。」

「そうですね!! 」


おぉ、明るくなった。

今日の曹長は 切れかけた蛍光管みたいだな…

明るくなったり 暗くなったり 忙しい。




「お、いたいた。エドーっ アルーっ!」


手を振れば、


!! 」


エドが ものすごい勢いで駆け寄ってくる。


「のわっ!こら!エドっっ」


そのままの勢いで抱きつくな!

いくら小さいとは言え、衝撃はでかいんだぞ…。


「エドワード君、アルフォンス君。」

「ん、何?曹長。」


俺に抱きついたまま、首だけをそっちに向けるエド。


「こら、離れて ちゃんと聞け。」

「そうだよ 兄さん。失礼だよ。」

「へーい。で、何?」

「犬…飼えないかな?」


「「犬?」」


兄弟がキレイにハモった。


「無理だよ。オレら みたいな根無し草がペットなんて。」

「やっぱり ダメかぁ…」


だよなー…。犬連れて視察は無理だしな。

犬にだってストレス溜まるし。


「だいたい、曹長は人が良すぎだよ」

「お人よしを エドに言われちゃ、なぁ…」

は黙ってろよっ」


あ、赤くなった。

ふい、とフュリー曹長の方を向き直ると、こほん、と一つ咳払いして言った。


「飼う資格も 条件も揃ってないのに、動物を拾って来ちゃダメだろ」


まぁ…確かに。


「なっ アル」


ん…?アルの様子が…




にゃー




って…まさか…


「また 猫拾って来て中で飼ってるな アル!! 」


エドの剣幕が…す…すげぇ…。

さすが兄、とでも言うべきか。

しかし…「また」って…何度目なんだ…?


「兄さんのバカ!! ひとでなし!! 」

「走るな!! ネコかわいそう!! 」


…なんか、漫才見てる気になってきた…。


「ところで、」


アルが走り去ったところで、エドがこっちを振り返った。


の家じゃ ダメなのか?一人暮らしだろ?」

「あー…えーと…うん、まぁ…」


ロイに お持ち帰りさて 家にほとんど帰らない、なんて言えない…。


「ふーん。どうせ、大佐だろ。」

「あ…あははははは…」


バレてた。






エドと別れ、廊下を歩く。


「やーっぱ ダメだな…」


すれ違う人々に 声をかけるが、みんな無理。


「どうしましょう…このままじゃ、また捨てて来なくちゃならない…」


落ち込む曹長。

あー…多々不安だが、心当たりは あと一人。


「大佐に…頼んでみるか。」

「え…」

「あの人が、まともに 動物飼えるとは…思えないけどな。」

「いいえ!きっと大佐なら 大丈夫です!! 」


…やっぱり 今日の曹長は 浮き沈みが激しい…。







「ほぉ、犬か!」


ロイは 執務室にいた。ホークアイ中尉は 席を外しているらしい。


「犬は好きだぞ」


と、言って 仔犬の頭を撫でている。

意外と…いけるんじゃないか?


「本当ですか!?」


あー…よかった。これで心配…


「何より その忠誠心!! 主人の命令には絶っっ対服従!そう!まさに人間のしもべ!! 」


だらけだよ!!

あぁっ 曹長が青くなってる。


「いいねぇ 犬!! 大好きだ!! 」


はははは…って…。

やっぱり 犬にまで「自分でやれ」とか、言っちゃうよ、この人…。




「ロイが飼ってくれりゃ、いつでも会えるのになぁ…」


聞こえないくらい 小さく呟いたそれは、





ロイの耳には しっかり届いてしまったようで、

こつこつ と 近づいてくるロイ。


「な…何?」


ロイの口が 俺の耳の近くに寄る。

内緒話の体勢で、


「バターの味でも、覚えさせようか?」


囁かれる。

……………………何っってこと言いやがる……

セクハラ!! これ セクハラ!!


叫び出したいが、しかし それではロイの思うつぼ。

真っ赤になって叫ぶ俺が見たくて こういうことするらしいからな。

負けてたまるかってんだ。


「ロイ」

「何だい?」


叫ばない俺に、些か不思議そうな顔をしながら 問い返す ロイ。

俺は、にっこり笑うと、ロイの耳に口を寄せて、


「じゃぁ、俺が ロイのを シてやる必要はなくなるな。」


と囁き、即座に離れた。


「ちょっ…待て!!! 」


まさか そう来るとは思わなかったらしい。

焦るロイ。

今日は、俺の勝ち。



「フュリ−曹長」


一人で焦っているロイは放っておいて。

今は この仔犬の飼い主をどうするかを考えなくちゃならない。


「いっそ、司令部内に貼り紙でもするか?誰か申し出でくれるかもしれない。」

「そう…ですね…」


あー…さすがに 浮上が難しくなってきたか…。


「そんなに急いで 飼い主を探す必要があるのか?」


立ち直ったらしいロイが 話に入ってきた。


「あー…実は…」


フュリー曹長が 事の顛末を話す。


「そうか。飼い主がみつからない時は また捨てて来い と…」

「はい…」


話しているうちに さらに暗くなってしまっている曹長。


「中尉も冷たいです。こんな雨の中に また放り出せなんて…」


いや、別に雨が止んでからでも…、とは つっこまないでおこう。


「なに、心配する事は無い」

「…?」


俺もフュリー曹長も 頭上に 疑問符を浮かべる。


「ホークアイ中尉は、ああ見えても やさしい人だよ。」

「………はあ……」


ああ見えてもって…その発言はどうなんだろう…。


「飼い主は見つかったの 曹長」

「おわっ ホークアイ中尉!」


あー、びっくりした。突然いるんだもんな…。


「あ…あの いや その……」

「みつからなかったのね?」


見つからなかったんです…。やっぱり…だめか。


「はい…。約束通り 元の場所に…」

「そうね、飼い主候補がいないなら、しょうがないわね。」


と 言いながら 曹長の手から 仔犬を取り上げる中尉。


「私が引き取ります。」


え…。

俺同様、曹長も目が点。


「うちの しつけは 厳しいわよ?」

「中尉…!! 」

「だから言っただろう。彼女はやさしい人だと。」


本当、中尉はやさしい人だ。


「中尉!ありがとう!! 」


思わず、仔犬を抱く中尉に抱きついたら、


「こら!!! 」


ロイに引き剥がされた。

心が狭いぞ ロイ!


中尉はクスクス笑っていた。







司令室に戻ると、


「よかったなぁ、飼い主が見つかって」


ハボックが 皿に水を用意してくれた。

おいしそうに 水を飲む仔犬を、しばらく眺めていると、


「お、もういいのか?」


満足したのか、とてとて と中尉の方へ歩いていった。

皿、片してくるか。


でも、本当に良かった。野良犬になっちまうと 色々大変だからなぁ…。




皿を片して戻ると、丁度 仔犬が粗相をしてしまっているところで、


「ありゃ。しょーがねーなぁ…」

「あーぁ、早速 粗相を…」


みんなの顔に 苦笑が浮かんだ、と思ったら。





ガチャッ






………ガチャ?






ドカ!  ドン  ドン  ドン  ドン!






ちゅっ…中尉─────ッ?!

当たってない。犬には当たっていないが…。


「だめよ。トイレはここ。わかった?」


こくこくこくこく と 頷く犬。


「そう、いい子ね。」


しつけが厳しいって そういうことか。

あー…震えてるよ…。仔犬と、あと ロイが。

曹長 泣いちゃってるし…。


「仕事しよう!! 」


と 小さく言って 執務室に戻るロイ。


俺も…中尉には…逆らわないでおこう…。うん。












〜End〜




あとがき。

今回本気で悩んだのが、「セクハラは微エロに入るのか。」
どうなんでしょう…大佐のバター発言は。
あ。意味わからない人は周りの大人に…訊いちゃダメです。
俺に訊かれても困りますが(苦笑。

今回はブラックハヤテ号のお話でした。
すっごく書きやすかったんですが、
なかなか書きあがらなかった理由は
原作が4巻に載っているから。
たまに間違えて前の方開いてしまって…(痛。

次回、本編に戻ります。スカーさん登場。


ブラウザ閉じて お戻り下さい。