09.負け戦




ロイに借りた服を着て、家に帰った。

服を着替えて 家を出る。

俺自身、意外なほどに 落ち着いているように思う。


ニーナが 死んだと、殺された と聞かされた時はショックだった。

何で、どうして あの子ばかりが、と思わずには いられなかった。


しかし 同時に、ほっとしている自分にも 気付いてしまったから。



これで あの子は苦しまずに済む。

実験材料にされることも、一人で寂しい思いをすることも ない。



全ての未来と引き換えた 安息。

それが、あの子にとって…ニーナにとって、幸せであったかは、わからないけれど。






中佐、おはようございます。」


司令室に入ると フュリー曹長がいた。


「今日は少し遅くなると、大佐から連絡を受けていたんですが…」


理由は…聞かなくても わかってしまっているだろう。


「いや、大丈夫だ。心配かけて 悪かったな。」

「いいえ。」


にこにこと 笑う フュリー曹長。

俺は もしかして、司令部のみんなに 甘やかされているんだろうか……

俺って、そんなに弱いのか…?(ロイが いたら あっさり頷かれそうだ。)


「さ、大佐たちが 戻って来る前に、仕事を片付けてしまおう。」


俺たちは 通常業務を こなす様に言われているらしい。

机の上には、書類の山。………どう頑張っても 通常より多い。

どうやら ロイに回ってきた仕事のうちの、

部下に回して構わないもののほとんどが、俺の所に来たらしい。

前言撤回。いじめに近いぞ これ…。


「曹長…」

「何です?」

「これ 全部 俺の分…?」

「………」


どうやら 俺より下には 回せないものらしい。


「…片付ければ いいんだな。」


やりますよ。やってやりますよ。

こーゆー場合は 残業手当って、付くんだったか…?


などと 考えつつ 書類作成に 勤しんでいると、電話が鳴った。


中佐!」


俺にか?








  ※   ※   ※







「緊急事態だ。手を空けられる者は 全員大通り方面へ向かい エルリック兄弟を保護!」


エドが『傷の男』という奴に 狙われている可能性がある、と入った その電話。

内側から 人体破壊って…何だよ そりゃ…。


「『傷の男』を発見した場合は どうします?」

「放っておけ。お前らじゃ どうしようもない。エルリック兄弟の保護が 最優先だ。」


みすみす取り逃がすのも問題だが、数十人単位で死なれても困るしな。


「しかし中佐っ…」


幾分 年のいった連中は いい顔をしていない。

あーもう!お前らじゃ 束になって殺されに行くようなモンだっつーのに!


「大佐の命令はエルリック兄弟の保護だ。お前達に 命を無駄にする気がないのなら 深入りするな。」


これだから 頭の固い奴の相手はキライなんだ。


「出来るだけ 個人単位で動け!もう一度言う。目的はエルリック兄弟の保護だ。

『傷の男』は見つけても追うな。以上!」


エド、無事で いろよ…。








  ※   ※   ※








雨の中、大通り方面に向けて車をとばす。


エドを、国家錬金術師を狙う『傷の男』

国家錬金術師という 括りでいくなら、タッカー氏を殺したのも、多分そいつなんだろう。

…内側からの破壊……合成獣も 殺されたと 言うのなら………


「うっ…」


胃が せり上がるような感覚。

急激な 嘔吐感。


「考えるべきじゃなかったな…」


引かない吐き気に、ハンドルを握る指が震える。


しっかりしろよ!

こんなだから ロイが 過保護になるんだ…。


俺を置いて、自分だけ渦中に行ってんじゃねーよ、アホ!


ぐん、と アクセルを踏み込んだ…ら、がくんっ と止まった。


「は?」


燃料切れ…?じゃねぇな。メーターは どっちかってーとFに近い。

まさか…エンジントラブルか?

と、どこかで ドォン、と音がした。


「治してるヒマねーぞ…。」


仕方ねぇ、置いてくか。路肩に寄せることすら出来ねぇからな。

戻ってきたら 引っ張られてそうだ…。


「ごめんな」


一応車に謝って、外に出た。

音のした方向へ 走る。

エドとは 無関係であることを 祈りながら…。








  ※   ※   ※







「兄さん!! 」


微かに、アルの叫ぶ声。

近い。多分、あの角の向こう。

くそっ!やっぱり巻き込まれてたか。


十字路に走り出れば、3ブロック程先に エドの姿。

そして、もう一人。

…あいつが、『傷の男』。


アルの姿は見えない。きっと狭い路地の方にいるんだろう。



っ…エド!?



ふと 視線をやった先、エドの その右腕に 機械鎧がないことに気付いた。

膝をついた エドの頭上に 掲げられる『傷の男』の腕。

何か会話をしているらしいが、ここまでは聞こえてこない。


たった3ブロックの距離が遠い。

間に合わない。このままでは…。


走って、走って、走って、

やっと こっちの声が届く距離。


「エドっっ!! 」


エドが こっちに気付いた。目が 合う。


「逃げろ!エド!! 」


俺の声に 被さるように アルが逃げろと叫ぶ中、

駆け寄る俺を見たままのエドが、一瞬  笑った気がした。







逃げろよ!


何してるんだよ!!


アルだって あんなに必死で叫んでるのに!


足は無事だろ?


何で逃げないんだよ!


死ぬ気か?


死んじまう気かよ!?




俺の目の前で  死ぬってのかよ!!





「っ……エド──────ッ!! 」


「やめろおおぉぉぉぉぉおおっ」






















ドン、と銃声。


落ちた、沈黙。




「そこまでだ。」




銃を掲げていたのは…ロイ。


「危ないところだったな、鋼の」


間一髪。

間に合った…。


「は…ぁ…。」


膝の力が抜ける。

へたり込みそうになるのを 寸でのところで堪えた。

安心している場合じゃない。


「タッカー邸の 殺害事件も 貴様の犯行だな。」


…やっぱり…そうなのか…?

ニーナを 殺したのは…この男…


!」


突然、後ろから 潜めた声で 名前を呼ばれて、


「え…」


振り返れば、


「ヒューズ中佐!」


こっちへ来い と、路地から手招きする ヒューズ中佐がいた。

取り合えず 路地に入り、久しぶりに会う 中央の友人の顔を見た。


「こんなところで、どうし…」


「おもしろい!」


「へ?」


トーンの変わったロイの声に、路地から覗けば、

丁度ロイが 拳銃を放り投げているところで。


「マスタング大佐!」

「おまえ達は 手を出すな」


取り出された発火布に、俺は 背筋が冷えるのを感じた。


「ま…さか…」

「おー、火ィ出す気か あいつは。」


呑気に言い放つヒューズ中佐の肩に縋って 揺さぶる。


「何 呑気なこと言ってんですか 中佐!今日 雨!雨っっ!! 」

「あ…」


「私を 焔の錬金術師と知ってなお 戦いを挑むか!! 愚か者め!! 」


愚か者は お前だ───っっ!!


止めに走ろうと 路地を出かけたところで、ヒューズ中佐に捕まった。


「落ち着け!危ねぇ!! 」

「ちょっ 離ッ…」


バシィっ  と音がして、

振り返ると、ホークアイ中尉が ロイの足を払っていた。


「おうっ!?」


ガクン、と 崩れる ロイ。

その上を掠める『傷の男』の右腕。


「……あ…」


中尉…ナイス判断。


「いきなり 何をするんだ君は!! 」

「雨の日は 無能なんですから 下がっててください、大佐!」


あ。ジャストヒット。


「あはははは!雨の日は 無能か!言い得て妙だな!」


中尉の発言に 爆笑するヒューズ中佐。


「笑ってる場合じゃないですよ…」

「あぁ、悪ィ。」


謝りつつ、まだ肩が震えている。笑いすぎだってば。

と、ゴガガ と音。

…アームストロング少佐…。


「あの人、相変わらずなんですか?ヒューズ中佐」

「ああ。相変わらず 脱ぐのが好きだ。」

「や、そうじゃなくて。」

それも あるけど…。


そうこうしているうちに、市街は どんどん壊れていく。


「あー…やっぱり こっちも 相変わらずですね…」


少佐が『傷の男』を 壁に追い詰めた。

腕を振り上げたと思ったら、そのまま 間合いを取る。

5発の銃声は、ホークアイ中尉が撃った音。


「速いですね。一発かすっただけです。」


…彼女の腕でも 一発掠めるのがやっととは…。

見やれば、『傷の男』のサングラスが 外れていて。


「褐色の肌に赤目の…!! 」


一瞬、ロイの表情が 凍った。


「イシュヴァールの民か…!! 」


イシュヴァール……国家錬金術師が投入された 殲滅戦の舞台…。


「あの バカ、何考えていやがる…」

「ヒューズ中佐?」

「あいつも殲滅に関わった一人だ。まさかとは思うが、そのまま殺されてやろうなんて…」

「そんな…!…っ……?!」


ゴバァ  と走った衝撃に、言葉が途切れた。


「あ…野郎、地下水道に!! 」


どうやら、『傷の男』が逃げたらしい。


「逃げられた、みたいですね…」

「そろそろ 出て行くか」


ひょっ と 路地から身を覗かせるヒューズ中佐。


「お?終わったか?」

「ヒューズ中佐…今まで どこに」

を拾って 物陰にかくれてた!」


俺は 拾われ物らしい。


「お前なぁ、援護とかしろよ」

「うるせぇ!! 俺みたいな一般人を おまえらデタラメ人間の万国ビックリショーに巻き込むんじゃねぇ!! 」


な、?と振られる。


「デタ…」


ロイが ものすごく 何か言いた気に口を開くが、

ヒューズ中佐は あっさり流して 部下に指示を飛ばしている。




「アルフォンス!! 」


エドがアルに駆け寄っていく。


エドは何故…あの時 笑ったのか…。

俺の 見間違いだったんだろうか。


死のうとした理由やら、問い詰めようと エドに向かいかけたら、




ゴン




アルがエドを殴った。


「あ…」


それからは、一方的にアルが まくし立てる。

俺の言いたかったこと、みんな言ってくれちゃって まぁ…。


「はは…ボロボロだな、オレ達。カッコ悪いったら ありゃしねぇ」

「でも 生きてる。」

「うん  生きてる。」


「エド!! 」


ホークアイ中尉が エドに上着を着せ掛けた。

その上から抱きしめる。


「無事で…良かった。…エド」

…」

「助けてやれなくて、ごめんな」


ロイが間に合わなかったら、今頃は…


俺は、無力だ………。


「ごめんな…」

が 謝ることなんて何も…」

「なかったら 謝らない。」

「……


しとしと と、降り続ける 雨の中、

ゆっくりと、抱きしめていた腕を解く。


「帰ろう。風邪、ひいちまう。」

「…あぁ。」

「また、うまい茶 淹れてやるよ。」


笑って言えば、エドも 笑って 頷いてくれた。








  ※   ※   ※







エドたちは、すぐに リゼンブールに旅立つことを決めた。

護衛には少佐が付いて行くことになって、荷造りだなんだと 出て行った。

本当は 俺が行きたかったんだけど…回ってきた書類が片付いていない。

ロイに返そうにも、ロイには『傷の男』関係で、さらに多くの書類が回っていた。


「行ってみたかったなー、エドたちの故郷…」


一連の事後処理のため、みんな出払ってしまっているので、

俺は ロイの執務室のソファを陣取って 書類を片している。


「いずれ 休暇を取って 行けばいいじゃないか。」


…それも そうだ。


「それにしても…あの兄弟には 毎度はらはら させられるよ」

「え?」

「特に 鋼の は、後先考えないからな。」


苦笑しながら言う ロイ。


「……。」


…思い出した。忘れてたよ!すっかり!!


「ロイもエドのこと 言えないだろ!?」

「は??」


急に怒り出した俺に、戸惑う ロイ。


「雨なのに、考えもせず 拳銃 手離しやがって!! 」

「え…あ…」

「俺が、どれだけ はらはらしたと思ってるんだ!」


やばい…言いながら 半泣きになってきちまった…。


…」


ロイが 近づいてきて、ソファに座ったままの俺を抱きしめた。


「すまない。

「…心配…したんだからなっ!」

「あぁ。」


とくとく と、聞こえるロイの鼓動。


「ロイが…生きてて よかった…」




重なる、唇。

ゆっくりと、深くなる キス。





あんたを失うなんて、もう俺には考えられないんだよ、ロイ…。















〜End〜




あとがき

主人公…活躍しない…(涙。
スカーさんと少佐は二大苦手キャラ決定。
書きづらい…。


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