ただ 君を想う僕の心






「ここに来るのは…好きじゃないんだけどな…」


だだっ広い土地に並ぶ 白い石。

その下に眠る 躯の名を彫り込んだそれは、

日の光に照らされ 白さを増す。

その中で、一際白く 新しい それ。


「…マース…」


呟く名前に、返ってくる言葉はない。


幼馴染で、元恋人。

別れてからも 互いに親しい存在であるには変わりなかったが、

俺は、マースの葬儀には 出席しなかった。










  ※   ※   ※









『何故だ…?』


彼の不幸を知らせてきたのは マスタング。

マースを通して知り合った友人。

その電話口で、葬式には出ない、と言った俺を 咎めるでなくそう訊いた。


「葬式なんて出たら、棺桶蹴り倒して 暴れちまいそうだからさ。」


苦笑を滲ませて言った俺に、


『そうか…』


と返してきた彼の声もまた、苦笑を含んでいた。


「マースには、日を改めて 挨拶に行くよ。」

『ああ、わかった。………

「ん?」

『無理はするな』


無理してるように聞こえちまったか…。

俺の演技力も まだまだ だな。

だけどな、


「その言葉、2つに割って 半分返しとくよ。」


お前だって、無理してるだろう?


には、かなわないな』


短い ため息と、小さな苦笑。どうやら図星だったらしい。


「じゃぁ…またな。」

『ああ。』


簡単な別れの挨拶をして、受話器を置く。

マスタングとは、マースがいなくなったことで 疎遠になる、

なんてことは無いだろう。

確かな根拠はないけれど、何故かそう思えた。










  ※   ※   ※









来る途中で立ち寄った 花屋で買った 白い花。

数十本を束ねてもらい、さらに白い紙を巻いてもらった、

白と緑、2色の花束。


「これに赤じゃあ、クリスマスカラーじゃねぇか…」


持参したワインは 赤。

しくったな…。ワインも白にすればよかった。

しかし、持って帰る気にはなれないから、開けてしまおう。


「ったく…せっかくの年代物を こんなところで開けさせんなよな。」


マースが 将軍と呼ばれるようになったら 開けようと買ってあったもの。


「死んで『特進』なんて、こっちにしてみりゃ 悲しいだけだよ。マース・ヒューズ准将。」


本当なら おめでとう、と言って開けるはずだった。

本当なら マースは 笑って受け取ってくれるはずだった。

マースが軍人になる、と言って家を出て以来、

いつも祝い事のたびに、互いがそうしてきた様に…










  ※   ※   ※












「ん、何?」


コトを終えたベッドで、マースが俺の名を呼ぶ。

…何か、真剣な話がある時は いつも大抵 こう。


「俺さ、軍人になろうと思うんだ。」

「は?」


軍人?マジかよ。


「んで、士官学校に…入ることにした。」

「…ふーん」


つまり、ここを離れる、って話ね。


「帰って来んの?」

「わからねぇ。」


そりゃそうか。卒業後の配属先まで 決めらんねぇもんな。


「いつ?」

「ん?」

「行くの。」

「今週末。」


明後日か…


「じゃあ、マースと こんなことすんのも これが最後、かな。」

…」

「恋人、って割りには 甘くなかったよな。」


物心付いた頃から、気付けば隣にいて、

何の疑問もなく こんな関係になった。


「そうだなぁ…。確かに 恋愛してる、って感じじゃぁなかったな。」

「何だろ…。親友以上 恋人未満?」

「と 言うより恋人以上。『恋愛』の『恋』の部分を取った感じ な。」

「え、じゃぁ『恋人』じゃなくて『愛人』?」

「『愛する人』の方な。不倫じゃねぇ。」

「当たり前だろ。つか結婚してねぇ。」


これから先、マースに『恋愛』をする相手が現れたとしても、

俺は それを 自然に受け入れられる気がする。

そして、マースも 多分そうだから。


「俺たち…幸せになろうな。」

「お互い な。」


離れて過ごす未来には、今のような平穏は 無いかもしれない。


「なんか…プロポーズみたいなことを言ってしまった気がする…」

と結婚かー、それもいいな。」

「や、よくねぇよ。」

「即答かよ。」


けれど それでも。

愛する人には、幸せになってほしいと思う。


「マース」

「ん?」

「シようか。」

「は?」


ぽかん、と問い返すマースの首に 腕を回し 引き寄せる。


「今、シたばっかだろうが。」

「だって 最後だろ?」


そのまま引き倒せば、マースが俺に覆いかぶさる形になった。


「ったく…しょーがねぇなぁ。」

「愛を込めて、抱かれてやるよ。」

「上等だ。」


くすくすと笑いながら、マースの愛撫を受け入れる。


熱が高まり、互いを溶かし合う様になる頃。


「きっと、幸せになろうな…」

「あ…っ。ジ…ジイになって、より幸せそうな顔してた方の勝ち…っ…んっ」

「賭けかよ。」


心地良い熱に 身を委ねて…。


「マース、愛してる。」

「ああ。俺もだ、

「ん…っ。幸せに…なるっ、て…約束、な…。っ…ふ…ぁっ」

「ああ、約束。」


きっと 俺たちは、これから数え切れないくらいの出会いと別れを繰り返すだろう。

出会いを喜び、別れを悲しみ、世界を知っていくんだろう。


喜びが大きかった時、

悲しみが大き過ぎた時、


分かち合える仲に、俺たちはなろう。

心から、笑い合えるように…。










  ※   ※   ※










「一人で さっさと幸せになって、こっちが嫌になるくらい自慢してきて…」


なのに…こんなにも早く、その幸せを手離しちまいやがった。


「この…ばか。死んでんじゃねーよ、バカタレ。」


ごつ、と 目の前の白い石を蹴る。


…約束は 無効だよ、マース。

お前が 俺の幸せ、半分持ってっちまったから。


「お前と 笑ってるはずだった未来を、返しやがれってんだ。」


頬を伝う 冷たい 感触。

ぱたぱた と、地に落ちる それ。


「俺を 泣かすなんて、いい度胸してんじゃねぇか。」


俺が ソッチに行ったら 覚えてろよ。

絶対泣かせてやる。



ワインの瓶を傾ける。

花も、石も、周りの土さえ 紅く染めて。


半分ほど空けたところで 瓶を戻し栓をした。


「お前がいないのを 差し引いた分くらいは、幸せになってやるよ。」


つまんねえ顔して、お前に会うのは嫌だからな。




残したワインの瓶を持ち、そこを離れる。

振り返る必要は  ない。




残りのワインを持って、マスタングの所へ行こう。

飲みながら、マースの話をしよう。

仕事中だと 断られても、追い返されてなんかやらない。


マースが『親友』と呼んだんだ、

あいつにだって、幸せになってもらわなきゃ困る。


だから、俺が 代わって言い続けてやるよ。

な、マース。


『嫁さん もらえ』ってな。












〜End〜




あとがき

追悼部屋1作目でしたが、いかがでしたでしょうか。
二人の関係については…
こんな愛の形もある、と言うことで。
どっちかと言うと友情系?でも微エロ(苦笑。
軍とは無関係な主人公は初めて書きました。
意外と書きやすいのかもしれない…。


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