冷たくなっていく手を握って
叫び続ける。
いやだ
いやだ!
いかないで
いかないで!
俺を置いて 逝かないでよ!
「マースっ!! 」
居合わせてしまったのは ほんの偶然。
家に帰って 鞄を開けたら、持ち帰ってくるはずの書類を忘れたことに気が付いた。
取りに戻ろうと 夜道を歩いていたら、銃声を 聞いた。
走りついてみれば、血まみれで倒れている 青い軍服の 男。
生きているのか 確かめようと近づき、それがマースであることに気付いた。
その時 既に彼の息はなく…
俺は ただ、その手を握って嘆くことしか できなかった…。
※ ※ ※
「」
「…ロイ…」
マースの葬儀を終えて、帰りがけ、ロイに声をかけられた。
久しぶりに会う級友は、以前よりも 顔つきが大人びていて、
「やぁ、久しぶり」
時の流れの早さを 思い知らされる。
「は このまま 帰るのか?」
「ああ、そのつもり。最近 ちょっと疲れてるから…。」
マースの一件で、ここ数日 俺のところには、毎日 誰かしら何かを聞きに来たから。
「そうか。」
「うん。じゃあ、これで。」
敬礼をして 踵を返した。
「…!」
数メートル歩いた所で 呼ばれて振り返る。
「そのうち また 飲みに行こう。」
そう言ったロイに、 笑って 手を振った。
※ ※ ※
マースと俺とロイは、士官学校時代からの友人で、よく 三人で つるんでいた。
『!今夜、抜けねぇか?』
『また 遊びに行くの?』
『いーじゃねぇか、ちょっとくらい。』
『ちょっとくらい…って…』
『いいわけないだろう』
『げっ ロイ!』
マースが誘い、俺が誘われ、ロイが溜息をつく。
日常。
士官学校を卒業して、俺とマースは中央に、ロイは東方に配属が決まり、
その夜は 三人で 飲んで騒いで、笑い合った。
マースの結婚式の時は、みんなでマースを胴上げしていたら、
『俺より の方が 上げやすいんじゃねぇか?』
なんてことを マースが言い出して、何故か俺まで胴上げされた。
『は軽いからな』
『もっと ちゃんと食え。は 細すぎだ。』
余計な お世話だ!と 突っぱねるのは いつものこと。
その日も やっぱり 三人で、笑い合った。
「何だかんだ言って、結局いつも三人一緒だったよな…」
家に帰り着き、物置を漁る。引っ張り出したのは、
少々古ぼけた、しかし 一番新しい アルバム。
それを寝室に持ち込み、写真を1枚1枚 取り出す。
「あー…これ。懐かしいな…」
士官学校時代のもの、マースの結婚式の時のもの、
マースに呼ばれて家を訪ね、エリシアちゃんと遊んだ時のもの…。
楽しそうな 写真の中の俺。
おどけた表情のマース。
やっぱり 呆れている ロイ。
そして…笑顔。
あの頃は よかったね…。
みんな 笑顔で、あったかくて。
写真を全て外し終えて、
部屋中に散らばった それに、自然 笑みが浮かぶ。
俺の手には、アルバムと一緒に引っ張り出してきた、銀色のナイフ。
いつか、マースが 俺にくれたもの。
「ばかなこと するんじゃないって…怒られちゃうかな…」
でも…いいよね、もう…。
「ごめんね ロイ。」
飲みに行こうって、言ってくれたのにね。
「ごめんね。」
ごめんなさい、マース。
やっぱり、俺、だめなんだ。
マースが いないと だめなんだ。
あの時、
マースの手が 冷たくなっていった あの時、
俺の世界は もう終わってた。
真っ暗で、何もなくて、
あとは ただ、灰色をした人たちが、うつら うつらと 歩いていた。
ロイは、かろうじて、ロイと わかる形をしていたけど、
マース、君という光がなくちゃ、俺の世界は だめなんだ。
わかってる。
これは、ただの 依存だって、 わかってるけど…
もう 遅いんだ。
ゆっくりと ナイフを 首筋に当てる。
ぐっと 力を入れると、思いの外 簡単に、それは頚動脈に達したらしい。
どくどくと 溢れる血が、すべてを 赤く染めていく。
俺の世界の、その全てを。
薄れ行く意識。
巡る 思い出。
笑顔……。
………あったかい…。
※ ※ ※
ロイが、その知らせを聞いたのは、東方に戻って4日後のこと。
「が 死んだ…?」
ヒューズの葬儀の後、
3日も 無断欠勤をするを 不思議に思った同僚が訪ねた。
玄関のドアに 鍵は掛かっておらず、無用心だと思いながらも、
家の中に を探す。
寝室で見つかった彼は、
床に散らばった 写真の上、自分の血液に抱かれながら 眠っていたと言う。
「それが…君の選んだ答えか?…」
呟いた言葉に返答などない。
変わりに聞こえるのは、ぱらぱらと 窓を打つ 水滴の 音。
いつの間にか 降り出した雨は、徐々に勢いを増す。
デスクの引き出しを開け、1枚の写真を取り出す。
そこに 写るのは…
「本当に ばかだよ、お前達は。」
自分に 何も言わずに動いて、命を狙われた親友と、それを追った もう一人の 親友。
「まあ…俺も、だがな。」
写真を宙に放り、発火布をした右手を掲げる。
ぱきん、と 響いた音。紙の焼ける 匂い。
それは ひらりと舞い、地に付く前に燃え尽きる。
ロイは、執務用の椅子に身を沈めると、
ゆっくりと 目を閉じた。
〜End〜
あとがき
勢いで書いてしまいました、3本目。
追悼部屋の更新は 多分これで最後です。
回を追うごとに 主人公が精神不安定に…(あわわ)
お付き合い ありがとうございました。
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