メリッサ





ガンガンと、扉の叩かれる音に

タイプライターを打つ手を止め、入り口へ向かった。


古ぼけたアパートメントの一室を住居とする

訪ねて来る人間は あまりいない。


他人との関わりを好まないは、とかく家に籠りがちで、

知人といえば、数年来の友人である

ロイ・マスタングを通じた人間が殆どといった状態だ。


「誰?」


凛と通る声が 静かに問う。


「俺…。開けて、。」


扉を叩いた勢いとは正反対に沈んだ その声に、

は扉を開ける。


「いらしゃい、エド。…一人か?」


そこに立っていたのは、いつの間にか降り出したのだろう

雨に打たれ、そぼ濡れたエドだった。


数センチ下にある目が、じっとを見つめ、

ふいと逸らされたかと思うと、エドは口を開いた。


「泊めてよ、今夜。」


の質問には答えず、エドは部屋の中に入る。


「アルと 喧嘩でもした?」

「そんなんじゃないよ。」


答えるエドに苦笑して、がタオルを投げやると、

受け取ったエドは、がしがしと 頭を拭いた。




がエドと出合ったのは、ロイの紹介でだった。


エドがロイに連れられて この部屋を訪れた時、

には 彼が とても小さな子供に見えた。

国家錬金術師だと聞かされた時には、耳を疑った。


何故こんな子供を、と 問い詰めたに ロイは、

自分でも それで良かったのか分からなくなったと零した。

だから ここに連れて来た、と。


俺は愚痴の聞き役か、と苦笑したに、

少なくとも自分は救われているのだと言い、

ロイはを エドに紹介した。


それから度々 エドは ここを訪れる。

時にはアルと一緒に。

けれど主には 自分の負荷に耐えられなくなりかけた時に

エドはを求める。


「また、辛くなったか?」


穏やかに問うに エドが向けた目は

ひどく頼りなげで。


「来いよ、エド。ぶちまけちまえ。」


は エドに手を差し出した。


エドが抱え込んだ重みを解放させる時、

は 彼に身体を与える。


いくら言葉で ぶちまけられたとて、

エドの過去を受け止め得る程の経験を はしていないから。

エドの衝動を すべて受け止めるには、

そうすることが最良だと、これはの直感。


方法こそ違えれど、そうしては 人の心に

すんなりと入り込み、溶かしていく。

ロイにとって、が心安く共にいられる友人であるように、

エドにとっても 彼は、心休まる場所なのだ。


ぶつかってくるエドを受け止めては、

その全てを エドの腕の中に預けた。


身体に与えられる快。

身体を通して与える安らぎ。


「ん、エ…ド…っ」


ぐずぐずと溶けてしまいそうな熱の中、

エドのぶつける衝動を受け止める


エドが疲れて眠るまで、

与えられる快楽に身を任せたまま エドを抱き締めていた。








  ※   ※   ※








「んじゃ、俺 行くわ。」


明けて翌日の 夕方。

すっかり晴れ上がった その日の、もう日は落ちて、

空に月が架かる頃。


赤いパーカーを羽織り、エドは 真っ直ぐにを見た。


「ああ、気をつけて。」


エドの瞳に迷いが無いことを見て取って、

は笑って見送る。


「また 来てもいい?」


そんなことを聞いてしまってから、

自分の弱さを認めるような発言に 小さく苦笑したエドは、

それでもの返事を待った。


「俺が、ダメなんて 言ったことあったか?」

「…ない。」


甘やかされている。それが ひどく くすぐったいと思う。

エドは 無自覚に赤くなった頬を、ぐいっと一度袖口で擦ると、

たっと 踵を返した。


「じゃ またな、。ありがと。」

「エド!」


廊下を駆け出そうとしたエドを が呼び止めた。


「何?」


くるりと振り返ったエドが捉えたのは、

綺麗な笑みを浮かべた、

そのくせ 目だけは とても真剣なだった。


「もしも お前が、重圧に耐えられなくなったら」


凛と通る その声が、


「全てを投げ出したいと思ったら」


真っ直ぐにエドを捉える。


「全てを壊してしまいたいと思ったら」

…?」

「俺を呼べ。」

「え?」


ゆっくりと 告げられる、その言葉の意味は。


「俺が 止めてやるから。」


ふわり と、の笑みが、深くなる。


「俺が、殺してやるから。」

…」


いつか止まらなくなるのではないかという不安。

何もかも いらないと、ふと思ってしまう瞬間。

そんなものが自分の中にあるということを、

彼は…は 知っていた。


ひた隠しに隠した、弟にさえ隠し通してきた、それ。


「だから 安心して、行け。」


お前の思う通りに進め、と。


「俺だって、国家錬金術師の端くれだからな。」


ふわふわとした笑みを、にやりと 人の悪い笑みにすり替えて。


「小さな子供一人、止めるのは わけないからさ。」


は さらりと言い放った。


「誰が…豆粒どちびだよ。」


エドの そんな反論は、とても小さく呟かれるに止まった。

という存在が、ひどく綺麗に思え、

このまま縋りつきたいと、その腕の温かさに溺れていたいと、

そんな衝動が 巡っていたせいだ。


その気持ちに、エドは 自らの手で、蓋をした。


「さ、行けよ。」


笑って見送る の、

その手で鍵を 閉めてもらうために。


「呼んだら、絶対 来るのか?」

「さぁてね。俺も多忙な身ですから。」

「できれば呼ぶなってことか?」

「わかってんなら いい。」


軽いやり取りをして。

もう大丈夫だと思う。

錠は、しっかりと、落ちた。


エドは再び 踵を返す。


「行ってらっしゃい、エド。」

「おう!」


の言葉に エドは、振り返らずに 駆け出して行った。








「愛してるんだって、わかってんのかね あいつは…。」


部屋の窓から 外を見ながら、

は 溜め息と共に、そんな言葉を吐き出した。


左手に見える月は、もうすぐ満月 と言ったところか。

その下を翔けて行く、赤いパーカーの背中。


飛び立つ術を懸命に模索する その小さな鳥を愛しげに見送って、

そっと窓から離れると、は 再びタイプライターを叩き始めた。


口元に ゆるやかな 笑みを浮かべて。

















〜End〜





あとがき

企画第一弾「メリッサ」。いかがでしたでしょうか。
歌詞から好きなフレーズのみイメージとして使用。
もっと甘くしたかった、というのが本心です(苦笑。
初のエド夢で少々緊張気味。
おもしろかったと 思っていただければ幸い。

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