Motherland




「中央?」

「ああ。移動が決まったよ。」


久しぶりに残業もせずに帰って来たロイは、夕飯の最中、

中央へ移動の辞令が下ることを に告げた。


「辞令は まだ出ていないんだけどね。」

「じゃあ、引っ越すんだ?」

「そう。だから、も 早めに荷づくりを…」

「ロイ」


ロイの言葉を遮ったは、食事の手を止め

ふっと息を吐くと、正面から ロイを見据えた。


「ん?」

「俺は、行かないよ。」

「え…」


きっぱりと言い切ったを、ロイは 一瞬 何を言われたのか分からない

といった表情で見つめた。


…?」


ロイとしては、当然を連れて行くつもりでいたし、

も ついて来てくれるものだと思っていた。

今まで ずっと同じ屋根の下に暮らしてきた恋人同士である二人には

それが一番自然だと、そう 思っていたのだけれど。


「俺は、中央へは 行かない。」


は、一緒には行かない、と はっきり口にしたのだった。


…何故?私が 嫌いになったのか?」

「違うよ ロイ、そうじゃない。」


どうして そこまで発想が飛ぶんだと 呆れたように言うは、

普段と まったく変わりなくて、それが逆に ロイを混乱させる。


「だったら何故…」

「ロイ。俺は、ロイの枷になりたくない。」


言い切るに 躊躇いはない。


「ロイが目的を果すのに、俺は邪魔だろう?」

「そんなこと…!」

「守られるしか出来ない俺は、邪魔だよ。」

!そんなことはない!」

「ないわけないだろう?よく考えろよ。」


何か事を起こそうとする時、を気にかけて動けなくなってしまう可能性がある。

この関係を知った者に、盾に取られないとも限らない。

そうなれば ロイは、たとえ自分に好機と言える状況であっても、

それを投げ打ってしまうことを否めないだろうと、は 淡々と語った。


「ロイが 俺を見放せたことがあったか?」


ロイの置かれた状況下で、は 何度か危ないことにも巻き込まれてきた。

自分で何とかしようとしても、その度にロイは 後先も考えずに

とにかくだけを 安全圏に逃がして、結果 小さくない怪我をしてくるのだ。

それが、先の可能性を否めない理由になることなど、明白だった。


…それでも 私は、君と一緒にいたい…」


縋るように向けられるロイの視線を、は 真っ向から受けてなお、

見据える視線を外さないまま 口を開く。


「それじゃあ ロイは、目的よりも 俺を取る?」

「そんなこと、当然じゃないか。」


間髪を入れずに答えるロイに、は 少し苦く顔を歪めた。


「じゃあ…別れよう、ロイ。」

「なっ…」


言い放たれた言葉に、ロイは絶句する外なかった。

驚愕に見開かれた目を、見つめるの瞳は、真剣以外の何者でもない。


「ロイの邪魔になるなら、俺は いないほうがいい。」

!」

「ロイは、そんなんじゃ ないだろう?」


もっと自信に溢れていて、毅然としている。

少なくとも、自分の為に目的を投げ出すような男であったはずがないのだ。


「俺の為に、弱くなるな、ロイ。」


言われて ロイは、自分が どれだけに依存する言葉を吐いていたのかを知った。


「ロイ。俺は、ここにいるよ。」

…」

「ずっと、ここにいる。」


は ふわりと、笑った。


「俺は 強くないから、ロイの後を守ることは出来ない。」


言いながらは 立ち上がり、ロイの傍へとテーブルを回ってくる。


「それは、ハボック少尉や、ホークアイ中尉に任せるしかないけど」


でも、と は 座ったままのロイを抱き寄せ、

その耳元に唇を押し付けるようにして続けた。


「でも、俺は、ロイの居場所に なれると思ってる。」


安心して 帰って来られる場所に、安らげる場所に、

或いはもっと、即物的なものだっていい。


ロイが求め、その腕を必要とするのなら、は いつだって

ロイを抱き締めるだろう。


「違う?」

「…違わない。」


のところにしか 帰りたくない、と呟く それは、ロイの本心で。


「だったら、帰る場所は、安全な方がいいだろ?」


な?と 笑うを見上げて ロイは、

意を決したように 小さく こくりと 頷いたのだった。








  ※   ※   ※








「じゃあ、行って来る。」

「ん。行ってらっしゃい。」


今日は 件の日。

ロイが、中央へ向かう その日。


は、家を出るロイを笑顔で見送る。

行ってきますのキスも、それに応える形での

行ってらっしゃいのキスも、いつも通りで。


「気をつけて。」

「ああ。」


躊躇う素振りも見せず、本当に自然に ロイは家を出た。

いつもより、少しだけ 大きな鞄を抱えて。

軍の車に乗り込むロイを見送り、は 小さく もう一度 呟きを零した。


「気を つけて」


届かない呟きが 風に溶けると同時に

は 踵を返し、家の中へと入った。


今日から、が 一人で暮らす家。

いつまでかは 分からないが、一人でロイを待つ家。

ロイがいないだけで、カラリと 寂しくなってしまった家…。


本当は、行かないで と 言ってしまいたかった。

傍にいて、と。


一緒に行けるものなら行きたかった。

自分に もっと 力があったなら。


早く帰ってきて。

危ないことをしないで。

ずっと ここにいて。

俺の傍にいて。

ねぇ、行かないで…。


ぐるぐると 心の中を巡る それらを、は 口にすることが 出来なかった。


「ロイ…」


声として発した その名前は、愛しい彼の 凛とした姿を

の脳裏に呼び起こす。


ロイには ロイらしく いて欲しい。

そう願ったのは

そのために自分は、ロイのいない生活を選んだのだ。


「今更、 後悔なんか してたまるか。」


寂しい、などという弱音は、決して表に出してはいけない。

ここで、ロイを笑顔で迎える為に生きると、そう決めたのだから。


「ロイ」


もう一度 その名を口にして、は 窓から 外を見遣った。

青く広い空には、白い雲が ゆるりと 風に 流されていた。
















〜End〜





あとがき

『Motherland』(=故郷) いい曲ですよね。
すっごく好きです。
待つ辛さを、自分の中で昇華できるってすごいことですよ。
こんな人間になりたいですね〜。

と、いうわけで、企画第七弾。『Motherland』でした。

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