「ローイっ!何ぼーっとしてるんだよ。」
少し遠くから、が自分を呼んで叫んでいる。
早く来いと 彼が手招くのを見て、ロイは駆け出そうとした。
が、足に何かが絡まり、前に進むことができない。
(何だ…?)
足元を見れば、地面が溶け 無数の触手が足に絡み付いていた。
「ロイってばー、置いてくよー?」
の呼び声に、焦って それを振り解こうにも、無数に伸びるそれは
蹴り払ってもすぐにまた 絡み付いてくる。
と、地の底から 音が響いてくる。
唸るような、歌うようなそれは
(…声?)
そう思った途端、音は 低く響く声へと変わった。
『お前だけ 行くのか』
『お前だけ 幸せになるのか』
『お前だけ あの笑顔に縋るのか』
おぞましく響く声に、ロイは 触手ごと それを薙ぎ払おうと
発火布を右手に構えた。
『また それを使うのか』
『また 焼き払うのか』
『お前は そうして 何人殺した』
ぎくり と、ロイの身体が強張った。
『お前に 幸せになる権利など あるのか』
『お前が あの笑顔に触れることなど 許されるのか』
の姿は とうに そこには無く。
『お前は どれだけの罪を背負っている』
『あの笑顔を穢すのか』
(や…めろ…)
『お前が触れればは穢れる』
『多くの血が を穢す』
ただ 声だけが響く。
『に その血を塗りつけてまで』
(やめてくれ…っ)
『お前は 幸せに なりたいのか』
「うあぁぁぁっ!! 」
ロイの その叫びと共に 足元を覆っていた闇が 一斉に掻き消えた。
「…佐!大佐!」
「ん…?」
ゆるりと目を開けると、中尉が心配そうに ロイの顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?随分 魘されてましたけど…」
どうやら うたた寝をしてしまったらしい。
軍服の背に 嫌な汗が伝う。
「いや、平気だ。ありがとう 中尉。」
「いえ。」
ふう と 息を吐いて ロイは、執務用の椅子に 深く身を沈めた。
「大佐。今日は もう お帰りになったらいかがですか?」
「え…」
「今日の仕事は 大方 片付いていますし…」
ぽかん、と 見上げるロイに、中尉は淡々と告げる。
「それに…お疲れのようですから。」
「中尉…ありがとう。」
珍しい早退許可に、苦笑して礼を言えば、
「どうせ 定時までは あと30分ですし」
中尉は にっこりと笑った。
「その分は 明日、倍働いて頂きますから。」
「おいおい…」
それでも、くすくすと笑う中尉は、やはり優しい人だった。
※ ※ ※
夕陽が街を 黄昏色に染める。鮮やかなオレンジに闇が混じり始める頃、
ロイは ゆっくりと、司令部からの帰路を辿った。
先程の夢は、自分の中にある呵責。抱え込んだ罪の痛み。
その罪悪の塊が 自分の中に巣食っていてこそ
今のロイが あるのだけれど。
「重いな…」
この罪は。 どこまでも重く 自分に圧し掛かる。
「あれ、ロイ?」
と、ぽすん と背中を叩かれ 振り返る。
「…」
そこにいたのは、2つの紙袋を抱えた。
「早いねー。どしたの?」
「あ、いや…」
「あ。何かやらかしたとか?」
「違うよ。」
紙袋を1つ から受け取って、並んで歩き出す。
「ロイ、今日も うちで夕飯食ってくだろ?」
「もちろん。」
「じゃ、急いで支度しなきゃな。」
嬉しそうに笑うの横顔を見ながら、ロイは先程の夢を思い出す。
─お前が触れれば は穢れる。
この罪を贖いきるまで、自分はを遠ざける方がいいのだろうか。
そんな思いが 胸中を荒らす。
「…」
「ん、何?」
「いや…」
呼んでみたものの、何をどう言っていいものかと思い
ロイは口を閉ざしてしまう。
「変なロイ。らしくないって。」
「らしく…ない?」
「いつも言いたいことは はっきり言うでしょ。」
ね?と 笑顔で言われて、そういえば そうかと思う。
「何を悩んでるんだか知らないけどさ。」
笑顔のまま前方を見据えて、が続ける。
「何があっても、僕はロイの味方だから。」
「え…」
「ロイが ロイの意志で良しとしたことなら」
の目が ロイの視線を捕える。
「僕は ロイを信じるから。」
「…」
ロイは、そこで ぴたりと足を止めた。
「なんたって、愛しちゃってるからねー。」
くすくすと笑いながら、は 歩いて行く。
その後姿を見つめて。
ああ、と ロイは思った。
を愛せたことが、とても幸せだ、と。
「ローイっ!何ぼーっとしてるんだよ。」
少し遠くから、自分を呼ぶ。
早く来いと 手招く彼に、ロイは ちらりと 足元を見た。
「ロイってばー、置いてくよー?」
の声に、一歩 足を踏み出す。
自由を奪う 枷はない。
ロイは、たっ と駆け出した。
淡く緩んでいくオレンジの中の 笑顔に向かって。
ほら、もうすぐ 君の笑顔に 手が届く。
〜End〜
あとがき
第2弾「READY STEADY GO」いかがでしたでしょうか。
ロイを重点に置いた作品て、本誌派じゃない自分がやると
地雷踏んでそうで恐いのですが…
何かやらかしてても、笑って流してやって下さい(苦笑。
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