旅の途中、少し寂れた西寄りの町で、駅近くの道端に 座る少年に出会った。
「ねえ、兄さん。あれ…」
「あ?」
アルが見つけた その少年は、左腕が無く、両足も膝から下が無かった。
壁に背を預け、ぼんやりと座っている 彼。
「困ってるんじゃない?」
「って言ったってなぁ…」
俺らだって暇なわけじゃないだろ、と嗜めようとしたエドを放って アルは、
すたすたと 少年の方へ足を進めた。
「おいっ…アル!」
「大丈夫ですか?」
エドの制止を聞かずにアルは少年に話しかけた。
ゆらりと 少年の目がアルに向けられる。
「何?あんた…誰?」
近くで見れば 少年は、薄汚れてはいれど、とても綺麗な顔立ちをしていて。
「え…女の子?」
思わずアルが呟くと、
「あぁ?目ぇ悪いんじゃねーの あんた。」
見た目に反して、ものすごく口の悪い返答が来た。
「ああっ ごめんなさい!そんなつもりは…」
「つーか、あんた何?」
「え、何…って」
「その恰好。」
「あ…」
いつも ついうっかり失念しがちであるが、自分は鎧であったと、はたと気付く。
「えーと、あの これは…趣味?」
慌てて口にしたそれに、少年は 呆気に取られたような顔をして、
しかし すぐに 元に戻った。
「あ、そ。で 何?」
「え、あ、えーと」
「俺が大丈夫かどうかくらい、見りゃわかんだろ?」
「あの…」
「放っとけよ。さっさと行け。」
少年の目は、こんな状況に会って しかし強い光を持っている。
強く 強く光る その色は、どこかエドの それに似ていて、アルは息を呑んだ。
「アル!やめとけ。犬猫じゃないんだ。」
そこへ、ようやく エドが声をかける。
「そんなっ 兄さん!」
犬猫だなんて、と 言い返そうとしたアルは、そこで ぴたりと動きを止めた。
少年が、「唯一残っている」と言っていい右手に拳を握り締め。
嫌そうに 口を開いたからだ。
「その小っさいのの言う通りだぜ?」
零落れた自分など、その程度のものと同等で十分だと吐き捨てる
彼の瞳に宿るのは、押し殺した、しかし 隠し得ないプライドだろう。
「誰が 豆粒ドちびだ!」
「何だ 自覚あんのか。」
「てっめ…!」
「兄さん!やめてよ!」
少年に掴みかかろうとしたエドをアルが抑える。
しかし、少年は エドの怒りに触れてさえ、つられて激昂することも
それに臆することもしなかった。
ただ 淡々とした表情を向けられてエドは、バツが悪そうに目を逸らした。
「っ…行くぞ アル。」
「えっ ちょっと、兄さん!」
「いーから 行くぞ!」
有無を言わさず ぐいぐいと アルの腕を引っ張って エドは その場を離れる。
「兄さん…」
「キリが無いだろ?関わってたら。」
旅の途中では色々な人と会う。
その一人一人に関わっていては 自分達の旅は ままならないという
エドの意見は 尤もだったが、アルは納得した様子を見せることはなく、
しぶしぶと エドに引っ張られて歩く彼からは、無言の抗議が発せられていた。
※ ※ ※
「ねえ、兄さん…あの…」
宿を取って、部屋に落ち着いた と思ったら、アルが口を開いた。
「アル、まだ言ってんのか。」
「だって…」
「あのなぁ…」
嘆息してエドは、取り敢えずメシ食ってくる、と 部屋を出た。
アルも それに続く。
黙ってついてくる弟が 何を考えているのか、分かってしまう自分を
エドは 恨めしく思った。
一階に下りると、そこは食事をしている客で賑わっている。
空いているテーブルについて、エドが適当に料理を注文している間、
アルは エドの向かい側に座り、じっと黙っていた。
「はー…。アル、お前いい加減に…」
「だって!」
「だってじゃねぇ。」
「でも…」
彼を何とかしてやりたいと、その雰囲気が語っている。
関わっていたらキリが無いと、言われてしまえば それは当然で、
けれど アルは、どうしても 彼を放っておくことを したくなかった。
「あのなあ…何で そんなに気になるんだ?」
「何で…って、だって あれじゃ 何も出来な…」
「何かはしてんだろ、生きてんだから。」
「そんな…っ」
あの状態じゃ 移動だって ままならない、と言うに、やはりエドは にべも無い。
「そんなの どうとでもなるだろ。」
「どうとでも…って…」
ふつりと、アルの中で何かが切れた。
「兄さんはっ!恵まれてたから そんなことが言える!」
「アル…?」
「近くに、それを 補ってくれる人がいたから…っ」
何不自由なく動けるんじゃないか、と 言いかけてアルは 言葉を飲み込む。
それを言ったら、失くした原因の その半分は 自分の為なのだから。
「でも、あの人は…」
「はいよー、お待ちどう。」
アルの言葉を遮ったのは、恰幅の良い宿の女主人だった。
ことこと と テーブルに料理を並べていきながら彼女は、
二人の会話を聞いてしまったことを詫びた。
「ごめんねぇ、聞こえちゃったんだけどさぁ。」
そこまで言って少し声を潜めた彼女は、
「今 話してたの、もしかしてのことかい?」
と、そう聞いた。
「…?」
「あの、駅近くに ずっと座り込んでる子だよ。」
「ああ…あいつ、って言うの?」
料理を口に運びながらエドは、彼女が あの少年の名前を
知っていたことに些か驚いていた。
「二年前から、毎日あそこにいるんだよ。」
女主人の話によると、あの少年 は、この町で生まれ育ち、
仕立て屋をしていた母を手伝って 仕入れに配達と よく町の中を
走り回っていたので、町の人間なら、大抵 彼を知っているらしい。
父親は いなかった。彼が生まれてすぐに 亡くなったそうだ。
「明るくて 良い子だったんだけど…」
しかし、二年前 が15歳の時だった。
母が他界した数週間後、は 何らかの事故に巻き込まれ、
足と片腕を失った。
そして それ以来、毎朝 近所を通る荷馬車に乗せてもらい、
あの場所で日がな一日、夜遅く荷馬車が帰路を辿るまで、
じっと座っているのだという。
「その事故って?」
「それが…わからないんだよ。」
「わからない?」
母親の葬儀から数日。町に出てこないを不思議に思った近所の連中が
彼の家を訪ねた時、は 庭に倒れていたらしい。血に濡れて 色褪せた顔で。
運び込まれた診療所で 意識を取り戻したは、何故こんなことになったのか
一切覚えていないと 言ったらしかった。
「まさか…」
嫌な予感。
「兄さん…」
話を聞いている間中 黙っていたアルが口を開く。
どうやら エドと同じ考えに至ったらしい。
「なあ、おばちゃん。そのって もしかして…」
「錬金術師なんじゃ…」
「ああ、そうだよ。」
返ってきた肯定。まさか と思う気持ちの方が強かった。
黙り込んだ二人に 訝しげな目を向ける女主人。
どんよりとした夕刻の空からは、いつの間にか 雨が降り出していた。
「どこ行くんだよ アル!」
わやわやと賑わう店の窓から 黙って外を眺めていたアルが、
がたり と 席を立った。
「だって…放っとけないよ…」
「お前なぁ!」
「雨降ってるんだよ!?」
「だからって…」
「放っとけないよ!」
そのまま だっと外へと駆け出したアルに エドは、深々と溜息を吐いて、
「おばちゃん、宿泊 一人追加してくれる?」
そう言うと、あとは もう何も考えまいとするように、
冷めかけた料理を 黙々と口に運んだ。
※ ※ ※
雨は どんどんと強くなってきて、走るアルの足元の水は、もう びちゃびちゃと
音を立てるほどに 溜まってきている。
(まだ、いるかな…?)
もしかしたら、もう どこかへ移動した可能性も考えつつ、アルは駅前の通りに出た。
(あ、いた。)
降りしきる雨の中、その無数の滴に身体を打たせながら、それでも彼は
ぼんやりと 座り続けていた。
「風邪…ひきますよ?」
アルが声をかけると、は ゆるりと アルを振り仰いだ。
「何だ、また あんたか…」
それだけ言って、興味もなさそうに は また ぼんやりと どこかを見始めた。
強くなってきた雨に、通りを歩く人の姿は疎らだ。
「ここで、何してるんですか?」
「べつに」
「誰か、待ってるんですか?」
「いいや。」
「何で ここにいるんですか?」
「さあね。」
投げかける問いに 返ってくるのは気のない言葉ばかり。
アルは ふっと息を吐くと、強行手段に出ることにした。
「ってことは、ここにいなきゃいけないわけじゃ ないんですね。」
確認の口調で 断定して、アルは を ひょいと抱きかかえた。
「わっちょっ…何!?」
「ここにいたら、風邪ひきます。」
「や…めろ、降ろせよ!」
「暴れないで下さい。落ちますよ。」
「だから 降ろせって!」
唯一自由になる右手で、がんごんと アルを叩きながら
は 身を捩って抵抗する。
がん、と 一際強くの腕がアルを叩いた時、くわん と響いた音に、
は 訝しげな表情を浮かべた。
「あんた…」
かんこんと 鎧を叩くは、その音が やたらに響くことに気付いた。
「まさか…空、なのか?」
大人しくなったを抱え直してアルは、意を決して口を開いた。
「貴方は…人を作ったことが、ありますか…?」
それで十分だった。
ぎくりと身を固めたと、その後 すっと黙ってしまったアル。
互いの過去を知り得るだけの経験があるのだと、その沈黙が教えていた。
強く降る雨だけが、二人を包む。宿はもう すぐそこだった。
※ ※ ※
「・。17歳、か。」
年の割りに 随分 幼い印象を与えるものだと思いながら 呟いたのは、
先程 本人から聞き出した名前と年齢。
エドは、女主人に頼んで、部屋を もう一つ用意してもらい、
拾ったもんの世話はしろと 二人部屋を明け渡し、一人別の部屋にいる。
アルが何を言ったのか は大人しかった。
「ったく…」
強い目をしていた。
惹き込まれそうなほど、揺るがない その瞳はに灯るプライドは
いっそ心地良く感じた。
『リゼンブール?』
大人しく話を聞いていたは、聞き慣れない地名に、疑問符を浮かべる。
『僕らの 故郷…です。』
故郷という言葉を 少し躊躇ったようなアルの言葉を
少し苦い顔をして エドが引き継ぐ。
『そこに知り合いの機械鎧技師がいる。』
『そのままじゃ、何かと不便でしょう?』
『まあ、痛いのが怖いなら、義手義足って手もあるが。』
『誰が!』
機械鎧を付けるための手術のことを指して エドが にやりと笑えば、
強く反論したは、しかし すぐに口を閉ざす。
『何だよ、やっぱ怖いってか?』
『兄さん!』
茶化すエドをアルが嗜める。
『違えよ。』
『じゃ、何だよ』
『…金が、無い。』
機械鎧って 高いんだろ?というの目は少しだけ不安に揺れる。
多分、自由に動かせる機械鎧は、にとっても 魅力的なのであろう。
『んなもん、働いて稼ぎゃいいだろ。』
『でも…』
言い淀む彼が何を言いたいのか、2・3の予想はつく。
予想はつくが、それを聞いてやりたくは無い。
しかし その理由を、後ろ向きな思考は、自分にも覚えがあって
触発されそうだから、なんてことを 口にできるエドでは なかったけれど。
『あー…もう 勝手にしろ』
『え…』
『兄さん?』
『俺は寝る。後はアルと話でもしてくれ。』
お前の答えは明日の朝 聞いてやる。そう言ってエドは、とアルを残し、
自分用にと取った部屋に戻ってきたのだった。
「ったく…しょーのない…」
ぽつりと呟くエドは、何で自分が こんなことまで してやっているのだろうと
思いかけて やめた。これは アルの意思なのだ。
アルが何を考えているかなど、長年側にいるエドには 手に取るように分かる。
分かってしまうのだ。アルが、の あの強い光を宿した瞳に
惹き付けられてしまったことも。
「振られて泣いたら、お兄様が 慰めてあげましょうかね。」
なるようにしかならんしな、と 結論付けてエドは、
さっさと寝るべく、ベッドに潜り込んだ。
※ ※ ※
「あの…」
「ん?」
沈黙に耐え切れず 話しかけたはいいが、何を言おうか決めていなかったアルは
返ってきた反応に、おろおろと 視線を彷徨わせる。
ベッドに座ったは、そんなアルを見て くすりと笑った。
さっきまでは決して見せなかった その柔らな表情は、アルを更に狼狽させた。
「エドワードは、迷惑がってんだろうな」
「え?」
「俺みたいなのを、あんたが連れてきちゃったから。」
「そんな…」
ずばっと切られた気がしたんだよ、とは言った。
金が無けりゃ稼げ、などと こんな身体の自分に言った奴は初めてだった、と。
「機械鎧を付けてもさ、働けないって思ってた。」
やりたいことなんて無くて、出来ることも 二年前に全て失ったと思っていた。
「動けるようになったって、俺には何もない。」
知識も、技術も。
仕立て屋の仕事を継ぐにも、知識は足りなかった。
母親が亡くなってしまえば、もう自分は 何も出来ないのだと不安に駆られ
呼び戻そうとした。自分の側に。
そうして失ったものは、自分の生きる術だった。
歩くこともできない、何をするにも片腕では 思うようにいかない。
「そんな対価を払っても、錬成は失敗した。」
錬成を行ったその一瞬、確かに人の形を取ったそれは、
身体に激痛が走った直後、ぐずぐずと溶け、黒の塊となって、奇声を上げた。
痛む身体を引きずり、腹ばいになったまま、その黒い塊を
右腕で抱き締めたは、錬成の失敗を悟り、それを分解した。
ごめんなさい と、何度も呟きながら、分子単位になるまで錬成を続けたは
もう いっそ 死さえ覚悟して、そのまま意識を失った。
「その時点で、俺は 全てを失くしたんだ…」
なのに何で生きてんだろな、と嘲って、結局は それも甘えだと、
は 分かっていた。エドに切りつけられた気がしたのは、
プライドという盾の影に隠した その甘えを、暴かれたからだ とも。
「さん…」
「あ、悪い。」
話しすぎたな、と 苦笑する彼は、年相応の落ち着きを見せている。
の時間は、今 ようやっと 二年前の その時から動き出そうとしていた。
「僕たちは…」
「ん?」
「僕たち兄弟は、失くしたものを 取り戻すために旅をしてる。」
静かなアルの言葉。
「僕らは、それを探して 走り続けてる。」
走り続けることで、自分の未来を、未来への希望を繋ぎとめているのだと
そう言うアルの声は、とても 穏やかで、
「ねえ、さん。だから、貴方も…」
何かを 見つけて、という言葉に は頷いた。
「ありがとう、アル。…アルフォンス。」
ベッドに座ったまま、右手を伸ばし アルを招きよせる。
「弱さに 甘えてたんだ」
ベッドへと寄って来たアルを屈ませ、その首元に右手を回して抱き寄せながら、
「何もないって、諦めてた。」
穏やかに言う口調に 迷いはない。
「でも、そうじゃないって、わかったから…」
俺をリゼンブールへ行かせてくれ、と そう言ったの瞳には、
光が 強さを増していた。
「それに俺、考えてみたら まだ17なんだよな。」
人生捨てるには ちょっと早すぎるよな、と笑うを
抱き締めたいと アルは思った。
「さん、僕…」
「ん?どした?」
「僕…きっと 全部取り戻して来ます。」
ゆっくりと の身体を抱き締めながら、
「取り戻して 帰りますから。」
拒絶されたら すぐ離さなければと思いながら、
「待っていて、くれませんか。」
アルは きょとん としているに 言葉を与えていく。
「リゼンブールじゃなくてもいい。」
「アル…?」
「この町に 貴方がいるなら、ここに来ます。」
「ちょっ…どうし…っ」
「貴方のいる所なら、どこでもいいんです。」
抱き締める腕には 徐々に力が入り、を閉じ込める。
「さん…貴方が 好きです。」
一目惚れなのだと、縋りつくように抱き締めた。
その瞳に、捕らわれてしまった。その強さに魅かれてしまった。
自分だけのものにしたいと 疼く心が止められない。
そんな衝動に アルは、戸惑いながら けれど その衝動に 忠実に従った。
「アルフォンス」
は、抱き締めてくるアルを右手で軽く押し返すと、
ぐいっと 首元を引き寄せ、鎧の その額に口付けた。
「え、あ…さん?」
「ありがとう」
ふわりと は 笑う。
「俺さ、誰かに求められんの、初めてなんだ。」
だから ありがとう、と 鎧に唇を寄せる。
「俺も進むよ。ちゃんと、自分の足で。」
覚悟は出来たから、進んで行こうと決めた。
「だから、アル。全部終わって、それでも俺のこと、好きだったら…」
会いに来て、と 囁いた瞬間、は アルにしっかりと抱き締められていた。
「きっと きっと 会いに行く。さん」
好きだよ、と 告げる声にキスで応えて。
強くなろうと 心に誓った。
次に彼らに会った時、最高の笑顔を返せるように、
次にアルに会った時、俺も好きだと 胸を張って告げられるように。
強くなろうと、は そう 決めた。
〜End〜
あとがき
難産でした。第六弾『扉の向こうへ』いかがでしたでしょうか。
お兄ちゃんなエドと、可愛いアルが書きたかったんですが…
どうにも両方中途半端な気がします(苦笑。
ちなみに この話は続きません。これで すぱっと終わりです。
翌朝の話とか、リゼンブールでの再会の話とか…
ちょっと書き足りない気はしてますが、続きませんです。はい。
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