好きな人にされる恋愛相談が 苦痛でないと言えば嘘になるが、
それでも あんな行動を取ってしまうには
別の理由があったのだと、説明することを躊躇ったのは、
彼を愛しているからに 他ならないのだけれど…。
抗う身体を組み敷いて、ロイはを犯した。
それも、決して手酷くしたりはせず、
ぐずぐずと を快楽の淵に溶かすような やり方で
その身体に 淫らな熱を刻み込んで。
ロイの それが内部を抉る頃、は とろとろとした快楽に
「嫌だ」と口にするコトバさえ、弱々しく 掠れるほどのものになった。
そうして 快楽に堕ち、意識を飛ばしたを抱き締め、
ロイは が これ以上に傷つくことがないようにと
祈りにも似た睦言を その耳に注いだ。
許してもらおうとは、決して 思わないままに。
※ ※ ※
が 笑顔を消したことに 最初に気付いたのはマースだった。
ロイとの間に ぎこちない空気が流れることにも、
マースは 頭に 疑問符を浮かべた。
「どしたんよ?」
「え…何が?」
「いや…」
思わず聞いてみたものの、答えるの表情に
僅かに苦いものが浮かぶのを見て、マースは口を閉ざした。
つい先日まで、まったく違和感なく一緒にいたロイと。
喧嘩というにも不自然なほどに、二人は溝を作った。
がダメならロイに聞いてやれ、と 思い至ったマースは、
しかし それも 不可能であることを知ることになる。
「うわっ!ちょっ!ロイ!! 落ち着けっっ」
の名前を出した途端に、拳が飛んできた。
「なぁ、ちょっと、おい…どーしたんだよ?」
「うるさい。」
「ロイ?」
「黙れ。」
単語しか発しないロイは、余計なことまで言ってしまわぬようにと
マースから目を逸らし、相手にしない という態度を作った。
そもそも元凶は この男なのだ。
下手なことを言ってしまっては、元も子もない。
「ヒューズ」
「ん?」
「ついて来るな。」
すたすたと歩き始めたロイの後に続こうとしたマースは、
その刺々しいどころか 鋭利な刃物さえ含まれていそうな一言に
足を止める以外 できなかった。
※ ※ ※
に傷を負わせたことを、後悔していないと言えば嘘になる。
愛を囁くことすらせずに 組み伏せてしまったのには、
やり場のない内面の葛藤を ぶつけてしまったからだという自覚もある。
他に方法など、いくらでも あったかも知れないのに。
は マースが好きで、ロイはの相談役だった。
出会った頃から ロイはに恋愛感情を抱いていたけれど、
それは、を想う気持ちには勝らず、二の次でよかった。
マースは 男同士って どう思うかな?─さあ、どうだろう。
ロイは、気持ち悪いと思う?─いいや。
ケーキ焼いて来たんだ。─へぇ。
マースは美味しいって言ってくれたんだけど…─よかったじゃないか。
ロイも、食べる?─いいのか?
マースの話をする時に見せる の甘やかな笑顔は、
多少苦いものをロイの胸に残しながらも、穏やかな時間を与えた。
それが 崩れる きっかけになったのは、マースの一言。
『彼女がな、プロポーズを受けてくれたんだ!』
士官学校を出て、経済的に余裕が出来たら結婚するのだと
嬉しげに語ったマースに、ロイは 内臓が冷えるのを感じた。
『そのことを、には?』
『言ってない。あいつは今、自分のことで 手一杯だしな。』
そう言って意味ありげに笑ったマースの表情に ロイは
自分の中で何かが ぷつりと音を立てて切れるのを感じた。
『そうか…』
マースと分かれて ぼんやりと歩き出す。
その時 ロイの頭にあったのは、落胆するのみだった。
マースから告げられてショックを受けるよりは、もう自分が言ってしまおうか。
しかしは それを喜ぶだろうか。
そんな葛藤が ぐるぐると ロイの思考を巡っている時に見せられた
の無邪気な笑顔は ロイを追いつめた。
『ロイ!浮かない顔して…何かあった?』
『…』
のそのそと 歩いていたロイを見つけて、が駆け寄ってくる。
『何か 思いつめてるなら、気晴らしに行こうか?』
そう言って、元気づけようというのだろう、にこりと笑ったの笑顔に
ロイの ギリギリを保っていた思考は耐えかねてしまったのだった。
を学生寮の自室へと連れて行き、驚き抗う身体を組み敷いた時には
ロイは 二の次にしていた感情のみに 支配されていた。
※ ※ ※
「!」
ロイとの一件から一ヶ月。事務的な会話を二言三言 交わすことしかしない
ロイとに、痺れを切らしたのはマースだ。
午後最後の一般教養の講義の後、黙って席を立ったを
マースは 呼び止め、食堂へ誘った。
「なあ、何があったんだ?」
ロイと、と 口には出さずに問えば、は 考え込むように目を伏せた。
「喧嘩してる、だけなのか?」
現状は、マースにとっても、にとっても、ロイにとっても
決して良いものではない。
「な、。お前は ロイが好きなんだろう?」
「え…」
マースの問いに、は がばっと顔を上げた。
「何で、知って…」
誰にも言ったことがないのに、何故マースが知っているのかとは慌てる。
それに、見てりゃわかるさ と小さく笑って、マースは の頭を撫でた。
「告白して気まずくなった…って感じじゃないな。」
今まで かなり仲の良かった二人だ。の告白を断るにしても
ロイなら もっと穏便な やり方を知っている。
少なくとも、に こんな表情をさせ続けるようなやり方をする彼ではない。
「俺…」
先程 驚きに顔を上げたは、今度は更にしっかりと俯いてしまっている。
「俺、ロイに 嫌われちゃったみたいで…」
苦笑を含んだ その声は、僅かに震えていて。
「?」
「俺…何か したのかなぁ…?」
マースは、の 膝に握られた拳に、水滴が滴るのを見た。
「…」
端の方に座っているとはいえ、このままでは落ち着けまいと
マースがを外に促そうと 不意に入り口に目を向けると、
「…ロイ。」
丁度ロイが 数名の学生と共に入ってきたところで。
マースがつい呟いた名前に、の背が びくりと揺れる。
「あれ、ヒューズじゃん。」
「よー、何?とデート?」
ロイと一緒にいた連中が、マースとに目を留めた。
ロイは こちらを見ようともしない。
「違ぇよ。人生相談だ。」
にやにやと笑ってからかう奴らに言ってやりながら、
マースは ロイを睨んでいる。
「あっれ、もしかして、泣いてるのか!?」
一人が、目ざとく の濡れた手の甲を見咎めた。
「っ…」
それを聴いた瞬間、ロイは 自分を睨みつけるマースに
無言で殴りかかっていた。
ばしぃっ と、音がした。
ロイの拳は、マースの掌に握り取られている。
「落ち着け、バカロイ。あれは お前のせいだ。」
「なっ…」
「何をやらかしたんだか知らんが…」
潜めた声で言いながら、マースは ロイの手を ぎりぎりと握り締める。
「あいつを泣かすんじゃねーよ。」
「それは…っ」
お前のせいじゃないのか と 言い返そうとして、
マースの真剣な目に止められる。
何を言われているのか よくわからず戸惑うロイを その場に放って
マースは の肩に手をかけた。
「、大丈夫か?」
「ん…」
こくりと小さく頷いたを確認し、マースは ふっと笑って続ける。
「じゃあ、ロイと 話し合って来い。」
「え…」
「大丈夫。あのバカは、を嫌っちゃいないよ。」
何か誤解してるんだろ、と笑って。
「だから、早く はっきりさせて来い。」
「でも…」
怖いよ、と 呟くの声は、周りの奴らが 掻き消した。
「何?マスタング、と喧嘩してんのか?」
「うっそ、お前らでも 喧嘩なんてすんだ?」
「えー、マスタングってば、何やらかしちゃったんだよ?」
「それで 泣いちまってんの?」
わやわやと に視線をくれつつ、
ロイに詰め寄る奴らを制したのは マースで。
「はいはい、邪魔しなさんな。」
ほれ 行くぞ?と、ロイとの手をつかみ、
そのまま 引きずるようにして 食堂を出た。
早く仲直りしろよー。なんて声に送られながら歩く廊下に、
ロイの溜め息と の深呼吸が、同時に落ちた。
※ ※ ※
マースに連れて来られたのは 学生寮。ロイの部屋。
厚い錬金術書が 点々と積み上げられた六畳ほどの広さの その部屋は
が連れ込まれた時と、何ら変わった様子を見せない。
ロイにドアを開けさせ、と共に中に入ったマースは、
ほー、と感心したように声を上げた。
「はー…すっげぇ」
本ばっかりじゃん、と 見回して楽しげに呟く。
「勉強ばっかりしてっから、こんなことに なるんじゃねぇ?」
「なっ…!」
「まあ そう 怒りなさんな。」
声を荒げようとするロイを制して、マースは
部屋の入り口に突っ立っている を振り返る。
「じゃ、俺は行くから。」
「え…マース?」
てっきり マースも一緒にいてくれるものだと思っていたは
不安げな目を向ける。
「だぁから。大丈夫だって。な?」
今にもマースに縋りつきそうなを見て、
ロイが複雑な顔をしているのを見て マースは ふっと苦笑した。
「ちゃんと 言えば 伝わるから。」
だから がんばれ、と マースはに 優しく笑みを向ける。
もう一度、な?と繰り返されて は、
少し困ったように眉根を寄せながらも こくりと頷いた。
「よし。じゃ、しっかり話し合え。」
そう言ってマースは、ドアノブに手をかけ、
ふと気付いたように 振り返った。
「には 言い忘れてたな。」
「え?」
「俺さ、彼女と婚約したんだ。」
マースが嬉しそうに報告するのを聞いて、ロイは青ざめた。
そんなことを言ったらが…と、止めようとして、
「グレイシアと?! 」
の声に 遮られた。
「え…」
ロイは ぽかんと を見る。
「よかったね!おめでとう!! 」
状況も忘れて、自分のことのように喜んでいるに
マースは、にっと笑って、
「だからよ、お前も がんばれ。」
そう言うと 部屋を出て行った。ぱたりと ドアが閉まり
こつこつと 足音の遠ざかる音がする。
(がんばれ、か…)
一ヶ月前、にしてみれば つい先日、コトのあったこの部屋で、
自分を組み敷いた相手と二人きりという状態で 気まずくないわけはなく、
逃げ出したい気を必死で押さえて、は ふっと息を吐く。
と 同時に ロイが、遠慮がちに口を開いた。
「は、知っていたのか?」
「え…?」
問われて ロイの顔を見れば、その瞳は のそれより
困惑に揺れているように見えて、は少し 目を瞠った。
「ヒューズの…恋人の話…」
「あ、ああ、うん。グレイシアでしょう?」
その答えに ロイの表情が変わる。
驚いたような 呆然としたような それに、も少し訝しげな顔になる。
「は…ヒューズが 好きだったんじゃないのか?」
「は?」
ぼそりと、まるで思考がそのまま口から零れたように呟いたロイに、
は 目を丸くする。
「何?何で、俺が、マースを 好き?」
いや、そりゃ友達だし 好きだけど、と呟いて、
しかし 話の流れからするに『好き』に含まれるのは明らかに
恋愛感情であることに、は 慌てた。
マースの言う通り、ロイは誤解していた。
しかも、とんでもない方向に。
「誰が、そんなこと 言ったの?」
「いや…聞いたわけじゃないが、しかし…」
「俺が…俺が好きなのは……ロイなのに」
躊躇いがちに、それでも はっきりと口にしたを見つめて
ロイは 発すべき言葉が見つからなかった。
黙り込んでしまったロイに、の胸が つきりと痛む。
やはり、この想いは 彼にとって迷惑なものなのか、と。
「俺に、あんなこと…したのは…」
俯いたの頬を、温かい水が伝って落ちる。
「俺が、嫌いだから…?」
涙に揺れそうになる声を 何とか抑えて問う。
「…違う。」
ロイは、混乱する頭を動かし、やっとのことで それに答えた。
「違うんだ、。そうじゃない…」
何とか思考を引き戻して、言葉を探す。
「ずっと、は、ヒューズが好きなんだと…」
思っていたから言えなかったこと。
「ヒューズが結婚する、と…」
それをに知らせたくなくて、
「あいつに、が 泣かされるくらいなら」
そんなことを許すくらいなら、
「その涙もすべて、私のせいにしてしまえと…」
自分のつけた傷で 泣いて欲しいと、
「だから、君を…」
自分の手で穢した。
呟くような告白は、途切れ途切れで、
の耳に届いたのは ほんの少しだったけれど。
「君を、愛して…いるんだ…。」
許してくれとは言わないけれど、と 言ったロイに、
今度はが 驚いたような表情で固まっている。
「ホント…に?」
「ああ。」
「ロイが…俺を…?」
「愛して、いる…」
「っ…」
の瞳から、ぼろぼろと 大粒の涙が零れ落ちていく。
けれど、その目は しっかりとロイを見つめたままで。
「ふ…うぇっ…バカロイ…っっ」
「…」
「さいしょから…っそう言え…バカっ」
「すまない。あんな事をして 嫌われてから…」
「っ…バカロイっ!…好きだよ ばかぁっ」
あんな事をされてさえ、嫌いになれなかったのだと
子どものように泣くを、ロイは ぎっちりと抱き締めた。
「ありがとう。」
ありがとう、。と、泣きじゃくるの背中を 宥めるように擦る。
「ぅ…んっ…」
落ち着いてきたのか、呼吸を整え始めたが ロイを仰ぐ。
「ロイ…」
「ん?」
「キス…して?」
ゆっくりと、唇を重ねた。やわやわと 包むようなキスに、
は 安心したように身体の力を抜いていった。
「ねぇ、何で 俺がマースを好きだ なんて思ったの?」
「ん?ああ…」
理由は至って単純で。が ロイのところに来て話すのは、
大抵マースのことばかりだったから と、ロイは言った。
「それは だって、二人の共通話題なんて…」
マースのことしか ないんだから仕方なくない?と
は拗ねたように言う。
「じゃあ、いつも 嬉しそうに笑ってたのは…」
「そんなの、ロイと話せるからに 決まってない?」
ここまで言ったら 聞かなくてもわかれ!と頬を膨らますが愛しくて
ロイは ぎゅうぎゅうと を抱き締めた。
「んっ…苦しっ…ロイ」
「。大好きだよ、。」
「ロイ…」
「…抱いても、いい?」
小さく 小さく、躊躇いを隠さずに言ったロイに、
は 一瞬 ぴくりと 身体を強張らせた。
「ごめん、。無理は言わない。」
の緊張を感じ取って、ロイが 慌てて身を離そうとする。
「待って、ロイ。」
「え?」
「あ…のね、あの…いい、よ?」
「?」
「だから…その…ね。だ…抱い…て?」
ロイの服の裾を掴んだは、少し震えながら
顔を真っ赤にして そう強請った。
「もう一回、ちゃんと…やり直そう?」
あれは 無効にしよう?と、投げかけるを、
ロイは 泣きたいような気持ちで見つめた。
どうして この子は こんなにも愛おしいのだろう。
愛しすぎて、狂おしいほどの その感情に、
抗う術を知らぬことが、今は 幸せだった。
「、愛しているよ」
「俺も…ロイ。ロイだけ…大好き。」
どちらからともなく唇を寄せて、二人はベッドへと倒れ込んだ。
甘く 優しく を快楽の淵に溶かすロイの目には
以前のような狂気は灯っておらず、
ただ気持ちを打ち明けるように与えられる感覚に
も もう「嫌だ」とは 言わなかった。
疲れて 二人、ベッドに沈むまで、
時は甘やかに 二人を包んでいた。
※ ※ ※
開けて翌日。昼休み。食堂。
端の方の席に座っているのは、黙々と しかし真っ赤になりながら
昼食を食べると、下を向き ぷるぷると肩を震わせているマース。
そして、
「ヒューズ!いい加減に笑いを治めろ!」
同様に赤くなりながら、しかし こちらはマースに向かって
怒鳴っているロイだ。
「ぷっ…くくっ…わり…っっ」
謝りながら、それでも笑いの治まらないマースは、
先程、戦術の講義の時間に から事の真相を聞き出して爆笑し、
教官に怒られてきたところだった。
「もう…マースってば…」
俺がバラしたこと、ロイには秘密にしてって言ったのに…と、
ロイには聞こえないくらいの音量で言った所で、
マースがこの笑いようでは まったくもって イミがない。
「ロイ…お前 可愛いな…ぷくくくっ」
「こ…のっ!ヒューズっっ!! 」
「あーあぁ、もう。落ち着いてよロイ!」
からかうマースと 怒るロイ、宥める。
会話の内容は何にしろ、和やかな雰囲気であることは確かだ。
「お、仲直りしたのか?」
「、次に泣かされたら 俺んトコおいで。」
「あっ、お前 それ抜け駆けっ!」
やいやいと 話しかけてきたのは、先日ロイが連れていた学生達だ。
不穏当な発言に、ロイの 眉が ぴくりと動く。
「おー、大変だなぁ、旦那。」
そこにマースが 余計な一言で追い討ちをかけ、
ロイが笑顔でキレた。
「もー、落ち着けってばぁ…」
もそもそと 昼食の続きを食べながら、は 小さく溜め息を吐く。
(でも ま、こんなのも いいか…)
マースがいて、みんながいて、そして何よりロイがいる。
この日常が幸せだと、は 口元を 僅かに綻ばせた。
〜End〜
あとがき
ちょっと いつもより長くなりました。
名前変換箇所が多くて、ページが重いです(汗。
シリアス書くつもりがノらなくて、結局激甘(笑。
学生寮一人部屋〜。萌のために勝手設定(ぇ。
このタイトルは4巻ネタで使いたかったかも…と ちょっと思う。
(でも 4巻ネタやり過ぎて以前書いたものと被るんですよ…・涙)
そんな感じで。企画第三弾「UNDO」でした。
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