空を飛びたいと思った。
なぜかって?
さあ、なんでかな。
気持ちよさそうだからかな。
「山崎ぃ」
「なんですかさん」
「俺と一緒に飛ばねえ?」
「縄跳びですか?」
「ちがう。跳ねるんじゃなくて飛ぶの」
縁側に腰かけて眺める視線の先には
ミントンの素振りをする山崎。
見ていると、なんか幸せなやつだなと思う。
まあ、粗雑に扱われることも多いやつだけど。
「飛ぶ、ねえ。飛行船にでも乗ります?」
「やだよおれ高いとこきらい」
「飛びたいんじゃないんですか」
「うん、飛びたい」
「飛ぶって高いとこじゃないんですか」
「空を飛びたい」
「……どうやって」
「うーん」
たとえば、どうやって飛んだら気持ちいいか。
そうだなあ。
「ああ、崖からこう、ひょいっと……」
「それは飛ぶじゃなくて落ちるです」
「だって高いの一瞬だし」
「……なんで高いの嫌いなんですか」
「落ちそうで怖いから?」
「飛び降りはいいんですか」
「ああ、よくよく考えたらよくないな」
溜息をついた山崎がミントンの素振りをやめ
汗をぬぐいながらこちらへ寄ってくる。
「さん」
「ん?」
「おれはさんとだったら飛んでもいい」
目の前に立つ山崎の顔が逆光で見えない。
「飛行船だろうが崖からだろうが付き合います」
見えないが、真剣な顔をしているのはわかる。
あれ、なんかドキドキするな。
なんでだろう。
「だから」
「?」
「とりあえず今は薬を飲んでさっさと寝てください」
「は?」
ひたりと額に触れた山崎の手が冷たい。
今まで運動してたのにこんなに冷たいって
こいつ冷え性か?
「顔が真っ赤です。熱、ありますよ」
「え、うそ」
「ほんとです」
あらら。
山崎が冷たいんじゃなくて俺が熱いのか。
そりゃたいへんだ。
「まったく、自分の体調くらい気付いてくださいよ」
「んん? だってべつに具合悪いとかないし」
「だめだこのひと」
「なにさらっと失礼なこと言ってんだこら」
「いいからはい」
いやちっともよくないし。
つっこみたい俺をさらっと無視して、
山崎は俺に背を向けて屈んだ。
「なんだよ」
「乗ってください。部屋まで強制連行です」
「歩けるっつの」
平気だと立ちあがったら、あら不思議。
足元がまるでふわっふわのクッションのよう。
「さん!」
ふにゃふにゃした地面に足を取られたように
よろけた俺を山崎が支えた。
「……なんで?」
「だから熱があるって言ってんでしょうが」
「じゃなくて」
「はい?」
「一緒に、飛んでくれんの?」
「そりゃあ、飛びますよ」
「なんで?」
「なんでもいいでしょう、ほら背中乗って」
背負われて、運ばれる。
あれ、なんか気持ちいいなこれ。
「なあ山崎」
「なんですか」
「飛行船、乗ろうか」
「怖いんじゃないんですか」
「うん。でも山崎が一緒なら」
一緒にいて、こうしててくれるなら。
「怖くてもいい気がする」
「なんですかそれ」
さあ、なんだろな。
ああ、なんだかふわふわしてきた。
気分はいいのに、ぐるぐるする。
そういえば熱があるんだっけな。
「……さん、さん?」
「んー?」
「ああもう、悪化してるじゃないですかっ」
焦ったような怒ったような山崎の声。
わたわたと部屋に運ばれ、ばさりと広げた
布団の上におろされた。
「今解熱剤持ってきますから」
「やまざきぃ」
「なんですか」
「薬きらい」
「不能になりますよ」
「だってまずいんだよ」
「……まあ不能になったらなったで」
おれが面倒みますけど。
ものすごく小さな声で呟かれたそれは
それでも俺の耳に届いてしまった。
「とにかく、おとなしく寝ててくださいね」
言って部屋を出ていく山崎を見送る。
また熱が上がったらしい。
なんだかものすごくふわふわする。
「あーあ、空飛びてえな!」
今なら最高に気持ち良く、飛べる気がした。
end