夏の日3






「起きろ」


がまだ食事に来ていない。

山崎からそう告げられた彼の上司、

土方 十四朗は溜息をついた。

体調を崩して起きられないのではないか、

などという心配はしていない。

げんなりとした顔を隠そうともしないまま

土方はの部屋へ向かった。

そして冒頭のひとことである。


「んー……」


案の定だ。

ふとんにくるまり、ぬくぬくとした顔で寝ている。


「いつまで寝てやがるんだ、こら、


今朝は涼しいのだ。

あんなに暑かった昨日までとはうってかわって

ふとんが気持ちいいくらいには涼しい。

だからって。


「俺の前でそんなに無防備でいていいのか?」


身をかがめ、耳元に囁いてやるが、

ふとんを抱きしめて起きる気配がない。


「はぁ……ったく」


溜息もつきたくなろう。

しかたがない。

かわいいのだ、は。


最初に見たときは、ただきれいなやつだと思った。

きれいで、どこか硬質な印象さえ抱いたというのに。

ふたを開けてみたら、仕事はきらいだわ、うるさいわ、

おまけに暑がりでついでに寒がり。

それをかわいいと思ってしまったのはなぜなのか。


「おい、


このままでは本気で襲いかねない。

仕方なしに揺り起こすことにして、

その薄い肩に手をかける。


「んむ……ふぃー」


軽く揺すれば、いやいやをするように

ふとんにめり込んでいく。


(こんにゃろう)


毎度毎度この男は、

なぜこうも簡単に土方の理性に

喧嘩をふっかけるのであろうか。


「知らねぇぞ、どうなっても」


手をかけたままの肩を、力を入れて引くと、

ふとんからひっぱがした顔に寝跡がついている。

それすらかわいいと思える自分はおかしい。

土方は苛立ちにまかせるまま

のくちにかみついた。


「んぐ……ふ?」


の吐息に疑問符がつく。

どうやらようやくお目覚めらしい。

が、土方に解放してやる気は毛頭なく。


「んんぅ?!」


がっぷりと食らいついたまま

本格的に目が覚めたがもがいても

すっぽんよろしく離れない。


(やばい、まずい、止まんねぇ)


びっくりしているのがかわいい

もがく動きがかわいい

舌を舐めるとちょっと気持ちよさそうにするのが

寝起きとはいえ本気で抵抗してこないところが

その腕からだんだんと力が抜けてくるのが

かわいい

かわいい

かわいい

かわいい


「んんー、んむー」


いいかげんに苦しくなってきたらしい

すっかり涙目になったころ。


「土方さーん、さん起きましたあ?」


片付かないんですけどぉ、という障子の外から

かけられた声に、土方はようやく我に返った。


「げっほ、ごほっ」


解放したとたんがむせる。


「ああ、すまん」


とっさに謝ると、何か言いたげにしただが

どうやら声が出ないらしく、口だけがぱくぱくと動いた。


「とりあえず、メシだ。いつまでも寝てんな」


抗議するような涙目が土方を睨みあげてくるが、


「俺の理性に喧嘩売るなら覚悟しろって言ったよな」


けだものに隙を見せるのが悪いんだと言いきって

土方は部屋を出る。


(ああっっぶねぇ)


あんなうるんだ目で睨まれたら

あやうく前かがみものである。


「あ。土方さん、さんは?」

「ああ、今起きてくるだろうよ」


山崎の手前平静を装うのも一苦労だ。

いっそ理性を捨てて食い散らかしてしまえば

すっきりするだろうかと思うことは多々。

が、そんなことをすれば蛇蝎のごとく嫌われるのは

目に見えていて、それはどうしてもいやなのだ。


(はやく、おれを好きになれ)


呪詛のように念じる言葉が届いたのか否か。


「あつ……」


今しがた後にした部屋の中。

が、ようやく出るようになった声で呟く。


「……あついのは苦手なんだってば」


さいあくですよ土方さんコノヤロー。

その声は土方に届きはしなかったけれど。


さぁん、ごはん片付けちゃいますよー?」


山崎の声にはいはいと答える声に直前の仕打ちに対する

苛立ちや嫌悪が滲んでいないことを確認して、

土方はほっとしたように小さく笑った。











end