「局長。いらっしゃらないんですか局長」
ぽすぽすと障子を叩いて問いかけれど、一向に返事はかえってこない。
さっき外回りから帰ってきたばかりの彼が入っていくのを見たから、
いないはずはないのだが。
「局長、勝手に入りますよ?」
これ以上やっていたら障子に穴を開けそうだ。
は、もういいやと障子に手を掛け、すらりと横に引いた。
「……またですか局長」
中には、畳の床に転がって蹲り、じめじめと泣いている男が一人。
「うー……かー」
「ええ、ですよ。で、今度は何です?」
失礼しますよと声をかけて部屋へと足を踏み入れ、障子を閉める。
「お妙さんにフラれたー」
「懲りませんね、あなたも」
「だってぇー」
いい歳をした男が語尾を延ばして嘆く様は、なんとなく面白い。
「寝転がってるなら上着脱いでください。皺になるでしょう」
「うー……俺より上着の心配が先かよぅ」
「さっきちゃんと訊いたでしょう。ほら、上着脱いで」
ぐずる近藤の上着の襟元に手をかけて脱ぐように促すが。
「が俺にやさしくなーい」
「優しいでしょ、充分。つか、脱がないなら剥ぎますよ」
「いやん。のえっちぃ」
途端、なよっとしなを作った近藤に、の周りの空気が苛っと揺らぐ。
「へえ。局長は、そんなに俺にひん剥かれたいわけですか」
近藤の上着を掴むの手に力が入る。
そのまま馬乗りになり、は冷ややかな目で近藤を見下ろした。
「え、あの……、さん……?」
「いいですよ? 上着といわず、身包み全て剥いで差し上げても」
「や、よ、よくない! よくないぞっ」
青褪めて涙ぐむ近藤の慌てた様子に、ようやく溜飲を下げ、
は、すくりと彼の上から退いた。
「最初からそうやって素直に脱いでおけばいいんです」
「お前ね、俺のほうが年上ってわかっ……」
「はい?」
「ってますよね……ですよね」
にこりと笑ったに、近藤の声がしぼむ。
「あー……何で俺ってフラれてばっかなんかね……」
「局長?」
「いーっつもこんなでさ。何が悪いんだろ……」
「近藤さん……」
めこっと凹んだ近藤の頭を、は優しく、ぽす、と叩いた。
「あなたの行動が突飛すぎるんですよ、このストーカー」
「ひどっ! 慰めてないっ」
「なんだ、慰めてほしかったんですか」
近藤の頭をぽすぽすとやりながら、淡々と吐き出される言葉は
けれど、どこか優しくて。
「うぁーん、ーっ」
「のわっ」
泣いて抱きついてきた近藤の勢いに押され、は畳に転がってしまう。
「ちょ、局長……っ」
「もっと優しく慰めてくれよーっ」
「や、まっ……こらっ近藤さ……っ」
押し倒され、圧し掛かられた体勢で、は焦る。
悪ふざけにしたって、この体勢はやばすぎるのだ・
(こんな、されたら……勃っちゃ……っ)
「局長ー、いますかィ?」
すぱぁん、と音を立てて、障子が開く。
「お、ぅ、ぁ……お、沖田さ……っ」
「なんでぃ、またやってんですかあんたたち」
「またってなんだよ総悟ぉ、お前も冷てーなぁっ」
いきなりの闖入者に驚きはしたものの、助かったと思った気持ちの方が
大きくて、は、気付かれないように、ほっと息を吐いた。
「さんも毎度大変だねィ」
「そうですね」
「そろそろ優しくしてあげたらどうです?」
「俺は十分優しいでしょう」
からかっているのか本気なのかわからない沖田に切り返しながら
は、ようやっと近藤の下から這い出た。
「それより沖田さん、局長に用事では?」
「おっと、そうでした。これなんですが……」
話し始めた沖田に、近藤がまともに対応しはじめたのを見て
は席を外そうと立ち上がる。
「ん? も何かあったんじゃないのか?」
「あとでいいです」
声をかけてきた近藤に、大した用事じゃありませんからと断って
部屋を出ると、話が聞こえない程度離れた場所の縁側に座り、
ふうっと、ひとつ息をついた。
は真選組の隊士ではない。
隊服は着ているが、それはこの中にある目印のようなもので、
その証拠に、他の隊士たちと違い、帯刀はしていない。
昔、近藤が江戸へ上ると聞いた時、自分も行くと言い張ったに
近藤は、血を見るのが苦手なお前は連れて行けないとはっきり言いきった。
竹刀を持てば、他の誰にも引けをとらない力を見せるくせに、現実には
虫の一匹も殺すことの出来ないを、血の海へ連れては行けないと
残酷なほど率直に言って聞かせたのだ。
それでも、は諦められなかった。
密かに恋情を抱いた、彼の側を離れたくないがために、彼を説き伏せた。
小料理屋の息子だった自分を、飯係として連れて行けと。
渋々と承知されたそれの代わりに出された条件は、決して剣を握らないこと。
それを守るのならば連れて行ってやると言った近藤の目が、駄々を捏ねる
子どもを見る大人のそれだったことに、少しだけ胸を痛めながら、は
彼らと一緒に江戸へと上った。
あれから数年。
真選組として名を馳せていく彼らを、近藤を、は、
そのすぐ側で見つめてきた。
時間が重なるにつれて、大きくなっていく恋情を、持て余しながら……。
「うおーい、ーっ」
「っ……は、はいっ」
縁側に腰掛けたまま、ぼんやりと物思いに耽っていたは、
先ほどの部屋の障子から身を乗り出して自分を呼ぶ近藤の声に
びくりと身を竦ませた。
「い、いま行きます……っ」
何も顔に出ていませんようにと祈りながら、は、すっくと立ち上がり
近藤の元へと急ぐ。
「じゃ、総悟。あとはよろしくな」
「はい」
が、開けっ放しの障子に近付くと、沖田が丁度出て行くところで。
「じゃあさん、がんばって下せぇ」
「は? 何を……」
言いかけたに、答える気はないとでもいうように、ひらひらと手を振って
沖田はさっさと歩いていってしまった。
一体何をがんばれというのかと首を傾げながら、は先ほどまでいた
部屋へと足を踏み入れた。
「失礼します」
が声をかければ、部屋の中ほどに座る近藤が、こいこいと手招きする。
「何ですか……うわっ!」
応じて近付いた途端、腕を取られて引き寄せられた。
そのまま体勢が入れ替わり……
「ちょっ……え?」
足を伸ばした形で座り込んだのふとももの上に、
ことりと、近藤の頭がのっかった。
「『なぐさめて』の続きな」
「っ……はー。わかりました」
がんばれとはこのことかと、溜息をつき、渋々とは、
その頭を退けることを諦めた。
くすぐったいその感触を、嬉しいと思ってしまっているのが
顔に出ないように気をつけながら、ぺしぺしと近藤の額を叩く。
「で? お前の話は何だ?」
ひとしきり甘えたあと、近藤が話を促してくる。
「ええ、来週の献立についてなんですが……」
と、言いかけたところで、ももの上の重みが、がばりと勢いよく退いた。
「え、何……」
「お前な」
がしっと肩をつかまれ、にじりと寄られる。
「は、はい?」
「それのどこが、大した用事じゃないんだ」
「え、あ……いや……」
「めちゃくちゃ大事じゃないか、俺たちのごはん!」
がばっと立ち上がり、言い放ったかと思うと、近藤はいそいそと
机から、紙と筆をとってきた。
「そろそろ暑くなるから、そうめんとかいいよな」
「……ぷっ」
「ん?」
さっきまで落ち込んでいたくせに、ごはんの一言で、まるで子どものように
わくわくと目を輝かせる近藤に、はどうしても笑いを堪えられなかった。
「く、くくっ……ふはっ」
「え、何? 俺、笑われるようなことした!?」
「いえ……いいえ。何でもありませんよ」
笑いを収められないままに、何でもないと否定して、近藤の手から筆をとる。
「あなたに筆を持たせていたら、大変なことになりそうだ」
「なにっ! 俺はそんなことしないぞっ」
「…………わかってますよ」
「え、何? 何、今の間っっ」
近藤の反応にさらに笑ってしまいながら、は、つらつらと
紙に何事かを書き付ける。
「そう……めん?」
「食べたいんでしょう?」
暑くなりますしね、と言いながら、彼を少しだけ特別扱いすることに
心地良さを得ている自分を感じる。
これもまた、恋の成せる業かと、笑みにまぜては小さく溜息をついた。
「あ、じゃあ、酒ももうちょっと……」
「却下」
「えー」
「えー、ってあなた……予算限られてるんですから」
こんなやりとりが楽しいのも、少しだけ苦しいのも、
すべて恋という甘い毒のせい。
思い思われ振り振られ。
叶わぬものと知りながら、今日も一輪咲く花の名は恋。
〜End〜
あとがき
恋人未満というか告白以前というか。
まだまだ何もない感じで。
銀魂のこのシリーズは笑いと和みがテーマです(とってつけた/笑)
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