おかえりなさい





きれいな月夜。

窓辺に佇むは、真夜中だと言うのに、薄手のYシャツにジーンズ

という格好で、ぼーっと外を眺めていた。


暖房の効いた室内から、冷たい外気に包まれた世界を眺める目は、

どこか憂いをおびて、その一見 怜悧な顔に、柔らかな影を添える。


「今日も……帰ってこない、か……」


呟いた声に小さく揺れた空気が、それを音としての耳に届ける。


愛しい人は、誕生日も、クリスマスにも、帰ってきてはくれなかった。

不定期に入る仕事が忙しいのも、危険なのも知っている。

だけど、せめて今日くらいは、と……思っても無駄なことは、

わかっているのだけれど……。


年が明けて数時間。室内外の温度差で曇る窓ガラスを、つと指で拭い、

けれど よく見えない外を、どれだけ眺めれば気が済むのか。

ゆっくりと、吸って吐いた息が、ガラスの曇りを より濃くしてしまう。

それが なぜか とても寂しく感じられて、は そっと窓辺を離れた。


パジャマに着替えて、暖房を切り、明かりを落とす。

今夜は、もう寝てしまおう。何も考えずに、眠ってしまおうと、

ベッドに潜り込むの瞳は、少しだけ、寂しさに揺れていた。


(いい歳して、何を感傷的になってるんだか……)


四捨五入すれば30という歳になって2年。

甘えたな この性格だけは、10代の頃から変わっていないと

思い至れば苦笑しか浮かんではこない。


(会いたい……会いたいよ、次元……)


いっそ何もかも捨てて、彼の元へ行けたら。

すべて放って、彼の手伝いが出来たら。何度そう思ったか知れない。


けれど そのたび、次元は言うのだ。

俺の帰る場所を、取り上げるのか、と。

唯一安心できる この場所を、自分から取り上げるのか、と。


そう言われてしまえば、彼の本音が、を巻き込みたくないから、の

一つに尽きるとしても、に逆らう術はない。

は、次元の安らいだ表情を見るのが、何より大好きなのだから。


(でも、だったら……)


切なく閉じた目尻に、小さく水の玉が浮かぶ。


「ちゃんと、帰ってきてくんないと……」


困るんだぞ、ばか次元。

呟いて、言い捨てて、は さっさと眠ってしまう……はずだったのに。


「誰が、ばかだって?」


少しだけ、少しだけ遠くから聞こえてきた声は、


「……次、元……?」


待ち望んだ、愛しい人の……


「久しぶりだな。元気だったか?」


がばりと身を起こし、見つめた先。

部屋のドアの前、佇む彼は。


「次元!! 」


ベッドを飛び出して 駆け寄れば、広げられた腕は 優しくを抱いた。


「ほんっ……ほんとに、次元?」


本当に帰ってきてくれたのかと、見上げる瞳は不安に揺れて、

けれど嬉しさも隠しきれないまま、高ぶる感情に潤み始める。


「ルパンの変装とかじゃ、ないよね……?」


じわりと濡れた瞳は そのままに、見つめて問えば、次元の腕が ゆるりと

の頭を引き寄せ、その肩口へと押し付けた。

ぎゅっと抱きしめられた頭上から、小さく苦笑が零れるのを感じて、

は小さく身じろぐ。


「ばかだな」


そんなわけ、ないだろう。

そう言って、額に落とされる やわらかな口付けは、の大好きな、

次元の所作だった。


「っ……次元……おかえり」


そっと顔を上げ、唇を求めれば、落ちてくる口付けは どこまでも甘い。


「だたいま」

「ん……もっと……キス……」


とろりと蕩けたような表情で強請るは、もう本当にただ甘えきって

次元を苦笑させる。


(あ……俺……っ)


その苦いものを含んだ表情に、は びくりと身を竦ませる。

こんなに べったりと甘えるようなことは、決してすまいと思っていたのに。

つれないとさえ言われるほどに演じていた淡白な自分は、

会えずにいた時間のうちに、脆くも崩れ去っていたのだと知る。


「ご、ごめっ……俺っ」


甘えたな自分は、いつでも恋人にとって重荷であるらしいと知ってから、

自分を戒め、つくろってきたはずだった。それなのに……


、落ち着け」


青褪め、離れようとするに次元の腕が きつく絡む。


「嫌なんじゃ ねぇから。落ち着けって、な?」

「ん……ぅっ」


諭すような声とともに再び唇を塞がれ、驚いた一瞬の隙に、

口腔に舌が滑り込んで、あやすようにの それに絡んだ。


「ん……んっっ……ふっ」

「落ち着いたか?」


唇が離れて、問う声を耳元に注がれる。

キスの余韻に惚けたまま こくりと頷けば、次元はまた小さく苦笑を零した。


「あんまり、誘うんじゃねぇよ」

「え……」

「我慢きかなくなるだろ、そんな顔……されちまったら」


先程から、のキレイな顔が可愛く蕩けるばかりで、きつい自制を

強いられているのだと 少しだけ怒ったように言う次元の頬は僅かに赤い。


このまま襲っちまいたい と、唸るように言った次元に腰から抱き上げられ、

下からの角度で きつく口付けられながら はベッドへと運ばれてしまった。


「ん……あっや、ちょっ……まって、次元っ」

「何だよ」

「だめ」

「何が?」


の小さな抵抗を押さえつけて、次元の唇が その細い首筋を辿る。


「日の出が見たい」

「は?」

「初日の出……次元と、見たいから……だから、だめ」


今したら疲れて寝てしまうからと、押し返されて、次元は渋々と身を起こした。


「わかったよ」


会えなくて寂しくさせた分、我侭くらい聞いてやる。

そう言って、ベッドを下りた次元が、クローゼットから服とコートを引っ張り出し、

に投げて寄こした。


「え、何……」

「どうせだから、きれいに見えるところに、連れてってやるよ」


言って笑った次元に、一瞬目を見張ったは、

とてもとても嬉しそうに笑った。


「ただし、帰ってきたら、覚悟しろよ?」


手早く着替えるに向けて、言い聞かせるように口調を変えて、


「俺は、これから1週間オフにするつもりだからな」


なんて、次元は そんなことを言う。


「……ばか」


その言葉の意味することを察したは、コートのボタンを留めながら、

赤くなって、小さく呟いた。


「ばかで結構。ほら、行くぞ」

「ん」


伸ばされた次元の手をつかんで、そのまま指を絡ませる形で繋いだ。


「また、寂しくさせちまうかも知れねぇけどよ」

「ん?」

「今年も、よろしくな」


繋いだ手に、きゅっと力を込められて、了承を求められていることを知る。

だから この人には敵わないのだと、は思う。

こんなふうに求められてしまえば、ただひたすらに嬉しいだけなのだから。


「こちらこそ」


でも あんまり放っておくと嫌いになるかも、なんて笑って、

それでも この日を一緒に過ごせただけで幸せだと、

は そっと次元の手を握り返す手に力を込めた。













〜End〜





あとがき

何だか久しぶりに「甘いの書いたーっっ」って
達成感があるのは何故でしょう(笑。

これにて正月企画全5本、更新完了です。
今年も素敵なエンターテイナーを目指して
がんばりますっ(ちょっと違う・笑)

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