それは、ほんの少しの隙だった。
逃走経路の確認はしっかりしていたはずで、追われることも
計算づくだったはずで、だから、それは、ほんの少しの
油断が招いたことだったんだと思う。
ガウン、と響いた音に振り返った瞬間、目に飛び込んできたのは
その場に崩れ落ちる、最愛のひと。
「っ……次元!!」
「おいこら! 危ねぇ!!」
思わず駆け寄ろうとして、けれどルパンに腕を引かれて引き戻された。
「やだ、や……次元! 次元ー!!」
「落ち着け! 落ち着け!!」
暴れる俺を、ルパンは頭を押さえつけ、胸に抱きこんだ。
ガンガンと銃を撃ち合う音がして、不二子さんと五ェ門が
何かを叫んでいる。
「い、やだ……離……次元っ次元次元次元っっ」
「こら! !! ったく……」
「んぐっ」
ぷしゅ、とごく近くで音がして、それが、ルパンの持っていた
催眠スプレーだと気付く前に、俺は意識を失った。
※ ※ ※
目を覚ましたのは、やわらかいベッドの上だった。
暴れる俺を引きずって戻るのは時間を食いすぎるからと、眠らせて
担いだのだと静かに語るルパンに教えられ、けれど取り乱した己を
恥じるより先に、次元の姿が見えないことが不安になる。
「ごめん……それで、次元……は?」
「あー、はいはい」
「なに、その反応」
呆れたようなルパンの反応に、最悪の事態でないことだけは、
うっすらと感じ取れる。
ほっと息を吐き、しかし、まだもらっていない質問の答えを
急かさずにはいられない。
「次元……生きてる……の?」
「ああ、生きてるよ」
「よかった……じゃあ、今、病院?」
「いんや」
「え?」
あんな所でくずおれたのだから、てっきり入院中だろうと踏んだのだが。
「じゃ、どこに……」
「よ、起きたか」
「ぅえ!? じ、次元!?」
問いかけた俺の言葉を遮って、部屋に入ってきたのは、倒れたのが
嘘のようにぴんしゃんとした次元で。
「ちょっ……どういうこと!?」
なぜ彼が、睡眠薬を嗅がされただけの自分より早く起き上がっているのか。
「お、俺……そんなに寝てた……?」
不安になって問えば、
「ぶっ……くっくっくっ」
ルパンが盛大にふき出した。
「へ? な、なに?」
「お前はそんなに寝ちゃいねぇよ。あとは次元に聞きな」
わけのわかっていない俺と、憮然とした表情の次元を置いて、ルパンは
笑ったまま部屋を出て行ってしまう。
「どういう……こと?」
茫然として次元を見上げ、呟いた俺の心配顔が、しかし明らかな
仏頂面に変わるのに、大した時間はいらなかった。
※ ※ ※
「風邪ひいてたなら、どうしてそう言わないのさ!」
「いや、だから……すまん」
あの時、次元がくずおれる前に聞いた銃声は、次元本人が撃ったそれで。
振り向きざまに撃ったはいいが、熱による眩暈でまともに立っていることが
できなくなったのだという。
次元が撃たれたと思い込み、取り乱したことも恥ずかしいが、それ以上に。
「何が一番腹立つって、気付かなかった自分だよもう!」
一晩がっつり寝たら、すっかり熱も下がったと聞かされ、信じらんない、
サイテーだと喚き散らすと、次元は困ったように頭を掻いた。
「気付かなかったって……そんなに酷いもんじゃなかったんだからよ」
「でもいやだ!」
「……」
「触んなばかぁっ」
宥めるように差し伸べられた手を叩き落とす。
だって、もしかしたら、本当にあのまま、撃たれていたかもしれないのだ。
「心配、した……のにっ」
あのまま彼を、失っていたかもしれないのだ。
「しんぱい、した、のにぃっ」
ぼたぼたと、冷たいものが握り締めた手の甲に落ちる。
「」
今度は、抱きしめられた。強く。
「やだ、離せ……!」
「」
「い、やだっっ」
彼の胸を押し返そうとするのに、腕に力が入らない。
「悪かった。泣くな」
「離……っ」
「いやだ。離して欲しかったら突き飛ばせ」
もっと強く抗えと、耳に注ぎ込まれる声が甘い。
そんなふうにされて、俺が抗えるわけがないと知っていて……。
ただもがくだけで突き放すことのできない俺の唇を、次元のそれが塞ぐ。
「んぐーぅ、んっっ」
抗議の声を上げられないから、次元の胸を押して抗うのに、
次元が俺から離れる様子はない。
だって、俺の腕には、ほとんど力が入っていないから。
気が抜けたせいで力が入らないのと、泣いたせいで力が入らないのと
そして……本当は、本気でいやだと思っていないのと。
怒っているから、離して欲しい。
キスで宥められるなんていやだから、離して欲しい。
でも、安心するから、抱いていて欲しい。キスして欲しい。
全部本当で、だから、抵抗は中途半端で。
「」
「ふ……あ、あ?」
ベッドに座ったままだった俺は、いつのまにか身体を横たえられ
次元の腕の中で口づけられていた。
「ちょっ……次元、何……」
「泣いたお前が悪い」
「へ?」
可愛かったから、勃った。
すとんと言い落とされたそれに、赤面するより先、つるりと下肢を剥かれた。
「やっ……ばかっ」
次元の腕の中から逃れようともがくが、今度も彼の胸はびくともしない。
「だから……嫌ならもっと、本気で暴れろよ」
そんなに弱々しく突っぱねられたら逆に萌えると笑う次元が憎たらしい。
睨んでみても、まったく取り合ってはもらえず、銃を扱いなれた器用な指に
芯を持ち始めた性器を握り取られてしまった。
「病み、上がりの、くせに……っ」
「熱は下がった、具合も悪くない。何も問題ねぇよ」
「そういう問題じゃな……あっ」
立てられた膝の間に割り込まれ、ぱかりと開いたそこに、
濡らした指を宛がわれる。
「うそっ……そこまですんの!?」
入れる気満々かと叫べば、久しぶりなのだから当然だと、
さっさと指を突っ込まれた。
「あっ」
やがて、そこが、ぐちゅりと音を立てる頃になって、小さな呟きが聞こえた。
「心配かけて、悪かった」
「んっ」
快感に紛れて聞き逃しそうなそれを、けれど俺の耳はしっかり拾ってくれて。
「ばか」
返したささやきに、聞こえていたのかと、次元の顔が苦く歪んだ。
「生きててくれて、よかった」
身体を繋がれて、しがみつく。身体の中に次元を感じて、
そのことがひどく自分を安心させるのだと改めて思い知る。
「動いて」
甘えたように抱きついて促せば、そこでようやく、彼は苦かった表情を
ほころばせた。
「好きだよ次元」
「……ああ、俺もだ」
あとはただ、疲れて眠りに落ちるまで、俺は次元の腕の中で揺蕩っていた。
〜End〜
あとがき
100のお題を睨みつけて、これだ! と思ったのがこれでした(笑。
本当は別ジャンルで微強姦とかも考えたんですが……
冒頭の叫ぶ主人公が書きたくてこんなんなりました。
締めが甘い気がするんですが……楽しんでいただけたら幸いです。
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