01.例え人類が滅びても世界は終わらないんだよなぁ





「ったく…毎度 無茶させるよな。」


すっとMOを差し出しながら、金髪の青年が 赤いジャケットの男を睨む。

場所は、夕刻の海岸沿い。寂れた道だ。あたりに人気は無い。

そこに一台の車が止まっていた。


「んーでも、毎度ちゃぁんと仕事してくれんのよね、お前さんは。」

「ふん。」

「照〜れちゃって、カワイイの。」


つん、と青年の頬を突付いて、ジャケットの男が笑う。


「しっかしまぁ、今回もまたキレーに染めたもんだなぁ。」


スプレーだろこれ、と青年の髪を指して感心したように男が呟くと、

青年は、にっと笑って答える。


「場に溶け込むのも俺の仕事だからさ。」

「へぇ?」

「あんただって そうだろ?ルパン。」

「へっ 言ってくれるじゃねぇの ちゃん。」

「ちゃん、はヤメロ。」


青年の名は 。世界屈指の情報屋。

日本人である彼の仕事の拠点は日本だが、その情報網は

先進各国を始め、世界中に広くある。


今は金色に染めている髪も、本当は真っ黒なのだが、国外に出るときには

目立ちすぎる その髪を、は場合に応じて様々に染め上げる。


「だいたいな、自分が日本に取りに来いってんだよ。」

「えー。」

「えー、じゃない。毎回毎回 呼び出しやがって。」

「いーじゃないの、旅行だと思えば。」


今回の受け渡し場所は イタリア。

つまり、の目の前に広がる海は 地中海だったりなんかするのだ。


「旅費は こっち持ちだし、小さいワガママだろ?」

「わがままって…あのなぁ…」


どっちが動いても かかる金は一緒、と歌うように言って、

ルパンはハンドルを握った。


「さぁて、アジトへと引き上げますか。」

「え、ちょっ…俺は?」

「もっちろん、も一緒に来てもらうぜぇ?」

「いや、ちょっと、俺 次の仕事が…っ!」

「無いのは確認済みさ。」

「何でだよ!」


いつの間に自分の仕事の有無まで、どこに どうやって確認を取ったのかは

知らないが、調べられているなんて最悪じゃないか?とは頭を抱えた。


「んー、あれだ。コッチの情報屋が教えてくれたわけよ。」

「は?」

が どっかで 今のヤマ終えたら休めるって言ってた、って。」

「な…んだよ それは…」


迂闊にプライベートに関して口を開くもんじゃねぇ…と、

は 更に頭を抱え込んでしまった。


「まぁまぁ。それになー、連れてくって約束しちまったんだ。」

「誰に。」

「んー?次元ちゃん。」

「うっそ…」

「ほ〜んと。」


俺の意思を無視した約束なんか交わすなよ!と 叫びたい気は満々で、

しかしは、諦めたように助手席のシートに身を沈めた。








  ※   ※   ※








「あらやだ、じゃない。」

「不二子さん!」


アジトに着いて車を降りるなり、は 中から出てきた不二子に抱きつかれた。

ここは人里離れた森の中。小さなコテージが 今の彼らの ねぐらだった。


「ちょっ…あのっ!うわわっ」

「こーら。が泡食ってるだろーが。」


ルパンが不二子を窘めながら、を救出してくれる。


「んもー、やぁねぇルパン。ちょっと じゃれただけじゃない。」

「そーれが いかんのだってばよ。不〜二子ちゃん。」


と言いつつルパンは、そのままを抱き寄せた。


「って、ルパン?」


不審に思ったが ルパンを見上げようと顔を上げた瞬間、

ガウン、と 低く腹に響くような発砲音が当たりに響いて、

ルパンの足元の土に穴が開いた。


「え…」

「ひでぇな。なーんてことすんだよ、次元。」

「は?」


ルパンの言葉に辺りを見回せば、コテージの2階にある窓から、

次元が自分たちを見下ろしていた。


「フン。」


小さく それだけ聞こえて、次元は奥へと引っ込んでしまう。


「やーだやだ。これだから独占欲の強い奴は。」


連れてきてやった俺に向かって この仕打ち、とルパンが ぼやく。


「あら、あなたは放任主義なの?ルパン。」

「ん?俺は いつでも 不二子ちゃんを独占したいと思ってるさ。」

「ソレを 抱き締めたまま言われてもね。」

「お?おお。忘れてた。」

「忘れんなよ!」


不二子にソレ扱いされたは、ぱっと手を放されるなり

力いっぱいツっ込んだ。


「悪ぃ悪ぃ。ま、取り敢えず 中 入ろうや。」

「悪いと思ってないのは よく分かった。」

「思ってるって。」

「うそつけ。」


促されてコテージへ足を踏み入れたは、軽くルパンを切り返しながら

内装を くるりと見渡す。ドアを入った そこは、ダイニングキッチンのようだ。

奥に数枚のドアと階段が見える。


「何だ、結構 いいトコじゃん。」

「ああ、今回は 不二子と お前さんがいるからな。」

「へー…って、何で俺も最初から予定人数なんだよ!」

「いーじゃないの、ちょっとくらい付き合ったって。」


にしし、と笑うルパンに、もう こりゃ何を言ってもしょうがない、と

は 諦めの溜息を吐いた。


「ちょっとで済めばいいけどな。って、あれ?五ェ門は?」

「ん?ああ、そこで寝て…じゃねぇや、瞑想中。」


ひょいと窓の外を指し示されて、は 窓から外を見遣る。


「あ、ほんとだ。寝て…じゃない、瞑想してる。」

「確かに、寝てるように見えるわよね、あれは。」

「不二子さん!」


いつの間にか の背後に不二子が立っていた。

両手には 湯気の立つコーヒーカップ。


「はい、コーヒー。飲むでしょ?」

「あ、いただきます。ありがとう。」


不二子は カップを1つに手渡すと、もう1つを自分の口元に運んだ。


「不二子〜俺にも…」

「自分でなさい。まだ入ってるから。」

「ちぇっ」


ばっかり 贔屓だー、と ぼやきながら、

ルパンは いそいそとコーヒーを淹れに行く。


「あ、そうだ 。」

「ん?」


ルパンに呼ばれ、はコーヒーを飲みながら 視線で応じる。


「それ飲んだら、次元のとこに こいつを持ってってくれや。」


そう言ってルパンが掲げて見せたのは、氷嚢。


「何?次元、どうかしたの?」

「んー?いや、ちょっと熱をな、出しちまって…」


と、ルパンが言い切る前に、は 残りのコーヒーを一気に流し込むと、

ずかずかとルパンの元へ行き、氷嚢を奪うと、これまた ずかずかと階段へ向かった。


「上って左のドアだ。」

「わかった。不二子さん、コーヒーおいしかったよ。」

「そう?よかったわ。」


答えながら、けれど もうの頭の中は 次元でいっぱいなのだろう、

と不二子は苦笑する。


「まったく、可愛いわよね。心配しちゃって。」

「一筋、って感じだもんな。」

「ね、そうよね。」


残された2人は、そんなことを言って、顔を見合わせて苦笑した。








  ※   ※   ※








「入るよ、次元。」


コココン、と小気味良いノックの音に続いて、が カチャリとドアを開けた。


「おう、か。今回は金髪なんだな。」


部屋の中では、次元が ベッドヘッドに背を凭せ掛けて、拳銃を手入れしていた。

目を上げてを認めると、小さく笑う。


「次元ってば、知恵熱で ぶっ倒れたって?」

「は?」

「あ、ちがうの?」

「違ぇよ。」


が ベッドに近寄ると、すっと次元の左腕が伸ばされる。


「何?」

「ん?何って まあ…あれだろ。」

「次元?熱で朦朧としてるとか?」

「俺は起きてるぞ。」

「やっぱ意識危ういんじゃん。」


話が通じてない、と は 溜息を吐いて次元の手から銃を取り上げると

無理やり 寝かしつけた。


「っ…こら !俺の…っ」

「ここのテーブルに置くから!大人しく寝やがれ!」


氷嚢を その額にのせて、しっかりと首まで毛布を掛けてしまう。


「何で こんなに熱出てるんだよ。」

「んー?ああ、撃たれた。」

「は?」


やはり熱に体力を奪われていたらしい次元は、横になったら すぐに静かになった。


「左肩…ちょっとな…」

「って、さっき腕 動かして…」

「ああ、動かないわけじゃない。」

「動かすなよ…。」


は、もうすっかり呆れて、その口からは 溜息交じりの言葉しか出てこない。


「別に…命にゃ係わらねぇ。」

「そーゆー問題じゃない。」


もう いいから寝ろ、と は そのまま部屋を出ようとする。


。」

「何?」

「行くな…」


小さな声に、が どきりとして振り返ると、

次元が また左腕を に向けてあげていた。


「次元…人の言うこと聞いてる?」

「聞いてる。」

「じゃあ、その手は何?」

「手。」

「…寝ろ。」

が ここに来たらな。」


大人しく言うことを聞く気の無い次元に、は 深く深く息を吐くと

わざとゆっくり ベッドサイドに近付いた。


「早く来い。手が疲れる。」

「その手を酷使するのを やめたら 行ってやるよ。」


その言葉に、次元が ぱたりと腕を落とすと、が すっとベッドへ寄る。


「大の大人が、何を そんなに甘えてるわけ?」


ベッドサイドに立つと、今度は次元の右腕が伸ばされ、の腕を掴んだ。


「え、ちょっ…」


そのまま 引っ張られて、は 次元の上へ倒れ込んでしまう。

そのまま くっと顔を上げされられて、唇を奪われる。


「んっ…ふ…」


深く合わされ、は 抗いかけるが、ふと 相手が怪我人であることに思い至り

仕方無しに 大人しく身を任せた。


「何…?もしかして、キス したかっただけ…?」


唇が離れると、上がってしまった吐息に交えて、が 呆れたような呟きを零す。

次元は、素知らぬ顔をして を抱き寄せ、そのまま目を閉じてしまう。

が、眠る気は無いようで、その右腕が、の機嫌を取るように、髪や頬、首筋を

ゆるゆると 辿る。それが心地良くて、は 自然、すっと目を閉じた。


「次元が生きててよかった。」

「ん?」

「俺の知らないところで、次元が死ななくて良かった。」


呟くように口に乗せられたの言葉は、少し拗ねた色を含んで次元の耳に届く。


「左肩なんて、ちょっとずれたら 心臓じゃないか…」

「だから 避けただろ?」

「………」


次元の言葉に は 黙り込んでしまった。


「それにな、例え俺1人が死んだって、世界は なーんにも変わらねぇよ、。」

「…でも、俺や ルパンたちは 泣く。」

「だが、それだけだ。」


やさしく やさしく を撫でながら、次元は静かに笑った。


「そうだよな…」


が ぽつりと口を開く。


「例え人類が滅びても、世界は終わらないんだよなぁ…」

「ああ。そうだ。」

「例え核で地球が 吹っ飛んじまっても、宇宙は在り続ける。」

「そうだな。」


まるで囁きあうように、穏やかな会話が為されていく。


「でもな、」

「ん?」

「それと、次元が死ぬ云々は、全く関係ない。」

「いや、だからよ…」

「世界なんて どうでもいい。俺には 次元が生きていることの方が大事だ。」


すっぱりと言い切ったに、次元は 驚いた様に目を見開いた。


「ぷっ…くくっ…くっくっくっくっ」

「…次元?」

「あっはっはっはっはっ」

「ちょっ 何だよ次元!何で笑うんだよ!」


いきなり笑い出した次元に、は 自分が何か笑われるようなことを言ったのかと

真剣に考え込んでしまった。


「お前にゃ 敵わねぇよ、ホント。」

「…もういい。俺が バカみたいだ。」

「若いって良いことだぞ?」

「次元、それ 年寄りくさい。」


結局言うだけ無駄なのだ。ルパンを筆頭に この一味ときたら、それぞれが

自分の思ったようにしか、動いちゃくれないのだから。


「ったく…で、傷の具合は どうなんだよ。」

「ん?ああ、問題ねぇよ。ちょっと絶対安静らしいが…」

「ふーん…って!あんたさっき銃撃っ…」

「別に平気だって。」

「平気なわけあるかよ!絶対安静って、意味は文字通りだろうが!」


は、あんまりな次元の言動に、少しだけ虚しくなりながら声を荒げた。


「もう寝ろ。いいから寝ろ。何が何でも寝ろ。」


そう言って、が起き上がろうとすると、次元は その右腕で

あっさりとを拘束してしまった。


「わぷっ」

「夕飯まで付き合えよ。一人寝は寂しいんだ。」


振り回されている、と は思う。

思うが しかし、抗う術も見出せないまま、結局は その腕に身を任せてしまった。


「ルパンに作りたくもねぇ借りを作って呼んでんだ…」


次元の声が、の鼓膜に届く。


「俺が動けるようになるまで、ここにいろよ 。」


それは 甘い我が儘。


「あのなぁ…俺にだって仕事が…って、次元?」


の苦情は聞かぬまま、次元は寝息を立て始めた。

たぬきなのか、本気なのか、すうすうと呼吸音だけがの耳に心地良く浸透する。


「まったく…人の話を 聞けってんだよ。」


少しだけ苦く呟いて、は 大人しく目を閉じてしまうことにした。

次元の温もりを感じながら、ゆるりと眠りへ落ちて行く。


やがて 部屋には、すうすうと2つの寝息だけが 満ちていった。








  ※   ※   ※








「どーする?」

「どうするって言ったって…」

「起こさぬとも良いのではないか?」


夕飯時。ルパンと不二子と五ェ門は、次元の部屋のドアを細く開けて

トーテムポールよろしく という体勢で、中を覗いていた。

視線の先、ベッドの上には、寝息を立てる 次元と


「馬に蹴られるのは嫌だしな。」

「放っといてあげましょうか。」

「それがいい。」


3人は、すっと その場を離れ、ダイニングへ降りた。



その後、が日本に帰った後、3人が このネタで

次元をからかって遊んだ事は、言うまでも無い。














〜End〜





あとがき

連作第一話。お題の入れ方が無理矢理でどうも…(苦笑。
というかやっぱり、各キャラが掴みきれてません。
こんなんで連作、大丈夫なんでしょうか…(汗。

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