02.初恋の人が誰だったかなんて忘れたね!






「さすが。仕事が早いわね」


受け取ったMOを するりとバッグに忍ばせながら、ありがとう

と笑うのは峯不二子。


「どういたしまして」


対するは、小さく口元を綻ばせ、そう呟いた。

じゃあ俺はこれで、と その場を離れようとして、


「あら、つれないわね。せっかく久しぶりに会ったのに」


しかし、不二子に服の裾をつままれ、引き戻されてしまう。


「えっ!?」

「デートしましょ」

「デートって、え、ちょっ!」

「さ、行くわよ」


ぐいぐいと腕を引かれ、は半ば引きずられるようにして、

その場から連行される。

情報屋とクライエントが仕事直後に一緒に行動なんて。

車ならともかく、今2人は東京のど真ん中、人通りも多いカフェの前で

情報の受け渡しを済ませたところなのだ。

しかし不二子は まったく気にした様子もない。


、落ち着かないと 余計目立つわよ?」

「……はい」


笑いながら言われて、は諦めたように頷いた。

ルパン一味の誰に勝てたことも そう多くはないのだが、

特にこの不二子に関しては、全戦全敗。

どんな意見も 彼女にかかれば ただの言葉の羅列とばかりに

ぺちりと叩き落されてしまうのである。

は 早々に「諦める」という方法を学んだ。


「どこ行くんですか?」

「んー?秘密よ」


語尾にハートマークでも付いているんじゃないかと思うような声で言われ、

は たじろぐ。

個人的には年上の お姉さまにリードを取られるよりも、

年下の可愛い女の子をリードする方が好きなだった。

といっても、今は次元に押し倒される専門という、考えてみれば

苦笑しか浮かばない立場に甘んじてなお幸せなので、

たじろいた理由は ただ反応に困ったゆえ、なのだけれども。


「ひみつって不二子さん…俺まだ仕事が…」

「まぁ いいから いいから」


軽く言った不二子に腕を引かれ、路駐禁違反状態で暇を持て余している

タクシーに押し込まれた。

そこで不二子が告げた行き先に、は慌てる。


「ちょっ!不二子さんっ!俺まだ仕事が…っ」

「まぁ いいから いいから」


ないのは知ってるから、と さらりと言われ。


「よくないですっ!」


でもだからって行きたくない!と そんな叫びも むなしく。

連れて行かれた先、飛行場で、今度はチャーター機に

ぽいっと押し込まれてしまったであった。








  ※   ※   ※








「よ、いらっしゃい。今回は茶パツか」


ソファに足を乗せて だらりと座り、軽く挙げた右手を ひらひらと動かしながら

へらりと笑う男は、が目を吊り上げても まったく悪びれない。


「ルパン……人を攫っといて、何その態度」


連れてこられたのは、どこかの島の海岸。小さな小屋。

南半球だということは分かるが、途中 不二子に目隠しをされてしまったので

どこだかは分からない。


「人聞き悪いなぁ。アジトに招待しただけだろ?」

「いらん世話だよ」

「ひでぇなぁ…ちょーっと お話ししたかっただけなのに」

「電話にしろよ。ちょっとなら」


言ってから、電話じゃできない仕事の話しか?と思ってみたりもしたが、

わざとらしく傷付いたような表情を作っているルパンからは、

そんな緊張の色は見て取れなかった。


。はい、コーヒー」


男の座るソファの向かいのソファに腰を下ろしたに、

不二子が淹れたてのコーヒーを差し出す。


「ありがとう不二子さん。いただきます」

「不二子ちゃーん、俺にも…」

「自分でなさい」


まだ入ってるから、と キッチンを指し、自分は一人掛けのソファに

腰を下ろしてしまった不二子に、ルパンは がくりと項垂れ、


「いつも いつも いーっつも!ばーっかり!」


ひいきだ ひいきだと ぼやきながら、すごすごとキッチンへ向かう。

前回呼ばれた時も同じようなことがあったと思い、

きょときょとと 辺りを見回した。


「どうしたの、

「あー…えっと、次元は?」


コーヒーを啜りながらが小さく問うと、不二子は少し意地悪く笑う。


「あら、心配?今回は熱なんか出してないわよ」

「べ、別に そんな心配とかは…」

「今、しなかった?」

「してな…くはないかもしれないですけど…」


ごにょごにょと 口篭ってしまうのは、図星を指されたからで。

それを彼らに知られることが気恥ずかしいからだ。


「可愛いな、お前」


いつのまにか戻ってきていたルパンに、ぽんぽんと頭を叩かれる。


「やめろよ」

「何だよ、ほめてやってんのに」

「いらないっての。それに可愛いなんて…」

「次元が言ってくれるだけで十分なのよね。

「なっ何言ってるんですか 不二子さんっ!」

「顔、真っ赤よ」


くすくすと笑われ、言い返しかけて、諦めたように息を吐くの頭を

不二子が撫でる。


「ほーんと、可愛いわよね」

「もういいです…」


ぬるくなってきたコーヒーを啜り、ことりとカップを置くと、

は 拗ねたように ソファに深く身を沈めた。


「あんまり、いじめるんじゃねぇよ」

「え…」


聞き覚えのある声が耳に届くと同時に、ふと の目の前が暗くなった。


「やぁだ次元、それ 独占欲?」

「うるせぇよ」

「ちょっ、次元?」


の目の前を塞いでいるのは次元の左手だった。

振り返ろうとしたを、次元は 少しだけ その左手に力を込めることで

ソファの背もたれに後頭部を押しつけ、縫いとめてしまう。


「で?」

「で、って?」


耳元で問いの答えを求めるように言われ、何のことだか分からずに

問い返したら、ルパンが ぷっと吹き出す音が聞こえた。


「な、なに?ってか離せ いいかげんっ!」

「いやだ」

「なっ…」


即答されて、同時に さらに力を込められる。


「ほんっと独占欲 丸出しね」

「なんだよ次元。やーっぱ お前も気になってたんじゃねーか」

「うるせぇってんだよ」


何の話をしているのか よく分からず、は もう諦めたと言わんばかりに

大きく溜息を吐き、目元を押さえる次元の手を ぺちりと軽く叩いた。


「何でもいいからさ、取り敢えず 何の話か教えてよ」


ぺちぺちと何度か叩いていると、ようやく次元が手をのけてくれる。

ぐるりとソファをまわった次元は、どかりとの隣に腰を下ろした。


「あー、実はな、次元が どーっしても気になることが あるっつってな」

「言ってねぇよ」

「そんでな」

「無視かよ」


次元を さらりと流したルパン曰く。


「は!?初恋っ!?」


五ェ門が ここ最近、可憐な少女に恋心を抱いているらしいという話から

五ェ門はいつも恋に破れるという話になり、だったら次元は、ときたら

へと話が流れたそうで、そこからの初恋って どんなだったんだろう

と、あいなったらしい。


「そ。ちなみに、次元ちゃんは年上の…」

「ルパン!余計なこと言うんじゃねぇ!」


怒鳴る次元に、は ふぅん、と小さく頷いた。


「何だ、その微妙な反応は」

「ん、や、べつに。そっか、って思っただけ」


口で軽く言いつつ、まずい、とは思っていた。

だって、の初恋は……


「で?はいつ?相手はどんな人?」


不二子が興味津々といった声音で聞いてくる。


「え、いや…えーと……」

「ん?そんなに言い辛いのか?」


ルパンが不思議顔で問うてくるのを、は曖昧に笑って誤魔化した。



生まれてすぐ親に捨てられ、あまり優良とは言えない施設で育ったは、

生きることに必死で、愛だの恋だのを知ることも出来ないままに成長した。


そして、愛も恋知らぬまま、身体を売ることを覚えたのは12の春だった。

身体を売って、金を稼いで、施設を出たのが14の夏。

それでも 他にできることがなく、身体を売り続け、あの男に出会ったのが

14の冬のこと。

金持ちのスケベ親父だったが、彼からは色々なことを教わった。


本業の裏で情報屋の仕事をしていた彼の愛人兼助手として、情報と淫欲に

まみれた生活をおくる中、そこに あえかな愛情を見出したのが16の春だった。

それは多分、家族愛のようなもので、誰か人が一緒にいるということの

暖かさを知った。


その彼が、を一人前として認めた時、初めてクライアントとして

紹介されたのが、ルパン三世 その人であった。

当時18歳だったを、後学のためにと、その時 簡単なヤマを抱えていた

ルパンに押し付けた男は、ついでに女の子の抱き方も教われと言って笑った。

もう、ここへは戻ってくるな、という言葉を添えて……。


後になって知ったのは、彼が このすぐ後に情報屋の仕事を辞めて

家族と共に海外へ渡ったということだった。


その日から、ルパンと行動を共にし始めたは、自分が急速にルパンに

魅かれていくのを感じた。

考え方も、行動の仕方も、すべて自分を惹きつけてやまない男に、

は 恋をしていた。


ルパンからは本当に女の子の抱き方を教わって、可愛い女の子を

口説くことも教えられた。

それはそれで楽しく、初めて触れた女の子の身体に、

一時期はすっかり嵌り込んでいた。


ルパンに抱かれたいと思ったことは一度もなく、側にいられるだけで

十分だと思っていた。

にとって、身体を任せて快感を得ることは商売だったから。

身体を求めずとも感じる、好きだという感情が、一番強い想いなのだと

思っていたから。


可愛い女の子を抱くことで性欲は発散できる。仕事が出来て金もある。

もう男に抱かれることは二度とないだろうと、は、そう 思っていた。


それが間違いだと知ったのは、次元と恋に落ちてから。

本当に その言葉通り、落ちるという感覚で、彼に恋をしてからだった。

心を求めれば身体も欲しくなる。相手の全てが欲しくなる。

この男になら抱かれてもいい、そう思ってしまうことを知ったのは……。



今にして思えば、ルパンに対するそれは、奔放な あの男への

憧れだったのかもしれないが、盲目的になることを恋と言うのなら、

あの感情は 恋と呼べるものであっただろう。


そうなれば当然、の初恋は ルパン…ということになるのだが……


(言えるわけがない……)


仮に ルパンに対するものを ただの憧れと言うにしても、

そうしたら 次にくるのは……


(っ…更に言いたくない…っっ)


「おい、?」


思考を ぐるぐるさせ黙り込んでしまったを、

ひょいっと次元が覗き込んだ。


「っっっ…!! 」

「お…おい…?」


途端、びしっと身を引いたに、次元は少しばかり たじろぐ。


「はっ…初恋の人が誰だったかなんて忘れたね!」


言い切って、すっくと立ち上がったは、自分を覗き込んでいた次元を

どん、と 両腕で突き放すと、ずかずかと戸口へ向かい、そのまま外へと

出てしまった。


「おい!っ!」


びっくり顔で固まるルパンと不二子。慌てる次元。

全員を置き去りに は帰る手段が手配できそうな場所を探して

ずんずんと歩く。

取り敢えず逃げようと、今のは それしか考えていなかった。


?」


と、声をかけられ 振り返れば、そこにいたのは和服の五ェ門。


「あ。五ェ門…久しぶりだね」

「ああ。元気にしていたか?」

「ん」

「そうか」


五ェ門なら、日本へ帰る方法を知っているかもしれない、と

思ったのは その瞬間。

それが打ち砕かれたのは その数十秒後。


「日本へ帰る?」

「うん、そう」


かくかくしかじか と、初恋云々は省略して日本へ帰りたい旨を説明すると、


「どうした?次元と 喧嘩でもしたのか」


五ェ門は少し迷ったような顔を見せ、それから静かに問うてきた。


「や、違うけど……」

「そうか」


そして。


「ちょっ!五ェ門!?何…っっ」


は 唐突に、五ェ門の肩に担ぎ上げられていた。


「すまんな。次元には借りを作ってしまっているゆえ」

「って、だからって何で…!」

「借りは返せるところで返しておかねばならん」


だから どうして俺を!と叫びたいが、五ェ門相手に叫んだところで

暖簾に腕押し、豆腐に鎹。馬の耳に念仏、とも言うかもしれない。


「次元には、が一番だからな」


俺は貢物か!と、内心激しく突っ込んで。

けれど今はそれどころではない。

このままでは、初恋云々 誤魔化して逃げられなくなってしまう。


どうやって逃げよう とか、いっそ でっち上げようか とか、

ぐるぐる悩んだ甲斐は むなしく。


担がれたままアジトへと連れ戻され、次元に引き渡されてしまったは、

その晩 ベッドの中で散々泣かされるハメになった。


焦らされて焦らされて 次元にだけという約束で白状させられた、

初恋話の顛末に、翌日の次元が、仏頂面して 実は めちゃくちゃ

上機嫌だったことは、も知らない事実であった。













〜End〜





あとがき

久しぶりの連作更新。
お題の入れ方が無理矢理な辺り進歩がない(笑。
なんだかやっぱりキャラが安定してないですね。
精進します(苦笑。

そして主人公の過去。
会話含めて書こうかとも思ったんですが、
モノローグ風にしちゃいました。
やたらめったら長くなりそうだったんで(笑。
やっぱりどうしてか俺は身体売ってるとかいう
設定が好きらしい(苦笑。

ブラウザ閉じて お戻り下さい。