03.いくら頑張ってもできないことというのはあるわけで





「あ? なに?」


聞き間違いかと問い返せば、そうであってほしいという無意識の期待を裏切って、

もう一度同じ台詞を聞かされる。


「だから、この仕事をね、に頼んで来てって言ってるの」


ソファーに座って長い足を組み、ふとももの際どいところまで曝して、不二子は

ローテーブルに広げた書類をトン、と指した。


「冗談じゃねぇよ。そりゃ一度断られてんだろうが」

「だからよ。あたしじゃ断られたけど、あなたなら……」

「無理だろ」


窓枠に背を預け、ぬるいコーヒーを啜りながら、次元は即答する。

は、一度受けると決めた仕事はきっちりこなすが、受けないと決めたら

どんな大金を積まれようが受けない。

それを知らぬ不二子ではないはずなのだが。


「何よ、やってみもしないで」

「やんなくたって、わかるだろうが」

「やぁね、その態度。可愛くないわよ」

「そりゃ結構なこって」


頑として応じる姿勢を見せない次元に、不二子はぷっとほっぺたを膨らませ、

けれど次の瞬間には、その口元に不敵な笑みが浮かんだ。


「あんまり可愛くないこと言ってるとね」

「何だよ」

にバラしちゃうわよ?先週の金曜……」

「あれは不可抗力だろうが!」

「そのわりには、抵抗が遅かったわよね」

「そっ……れは……っっ」


先週の金曜日、次元は酔っぱらいの女に絡まれ、強引に唇を奪われた。

しかも、不二子とルパンの見ている前で、かなりディープに。

振り払うのが一瞬遅れてしまったのは、その女のまとっていた香水が、

出会った頃のがつけていたものと同じだったからだ。

中世的で、けれどどこか甘いその香りに、うっかりと捕まってしまった。


「いいじゃないの、に会える口実にもなるし」

「だーから、ムダだって言ってんだろ」


諦めの悪い不二子と、数日前の不覚を思い返してしまったことに溜息を吐きながら、

次元はもう、これはさっさと話を切り上げるのが得策だとばかりに、

体重を預けていた窓枠から背中を離し、すたすたとドアに向かった。


「ちょっと次元! どこ行くのよ!」


不二子が引き止めようとソファーから立ち上がった、その時。


「たっだいま〜。不二子ーっ今帰ったよ〜」

「っっ……!!」


ばん、と思い切りよくドアが開き、呑気な声とともに赤いジャケットの男が入ってくる。

が、声の主の前には、愛しの不二子ではなく、勢いをつけて開いたドアを

ぎりぎりで避けた次元が、まだ驚いた表情をそのままに突っ立っていた。


「アラ、次元ちゃんでないの。何でここにいるわけよ」

「おう、ルパン。いや何でもねぇよ。じゃあ俺ぁ帰……」

「ルパン!次元を行かせちゃダメッ!」


帰るわと次元が言い切る前に、不二子ががなる。

その声に、次元が身をかわす一瞬前、ルパンが次元の腕を掴んでいた。


「あ、悪ィ。つい反射で」


にへら、と笑ったルパンに、次元はもう、げんなりとした表情を隠すことはなかった。








  ※   ※   ※







「急に呼び出すの、やめてほしいんだけど」

「まぁまぁいいから、お座んなさいよ」


ここは日本。東京。とある喫茶店。呼び出されたのは。呼び出したのはルパン。

と、不機嫌と困惑が半々の表情を目深に被った帽子で誤魔化している次元。


「何でも好きなもん、頼んでいーからさ」


奢っちゃうよとヘラヘラ笑うルパンの、けれど何かを企む色を浮かべた瞳を

は見逃さなかった。


「じゃあコーヒー。で、用件は何」


注文を取りにきた可愛らしいウエイトレスに笑顔で告げて、しかし

彼女が踵を返した直後、ルパンに向けた表情は少しばかり冷ややかだ。


「まぁ、そう急ぎなさんな」

「急いでるんだよ。次の仕事が俺を待ってる」

「あら、それなのに呼び出しに応じてくれちゃったわけ?」


次元ちゃんてば愛されてんのねと茶化すルパンに苛立ちを隠さず、

ルパンを放って、次元へと向き直った。


「用があるなら、さっさと言ってほしいんだけど」


運ばれてきたコーヒーに口をつけ、溜息だけはかろうじて飲み込んで、

愛しい恋人を、今はただ仕事相手として見つめる。


「いや、その……」


けれど、次元はやはり不二子が一度断られている仕事を、に再度依頼として

突きつけることには、どうにも躊躇いがあり、言葉を濁して目を逸らしてしまった。


「用がないなら帰るよ。コーヒーごちそうさま」


言ってが立ち上がろうとすると、すっとルパンがテーブルの上にメモを滑らせた。


「……これが用事?」

「そ。ちゃんに依頼したいお仕事」

「断る」


ちらりとメモを見ただけで、はさっくりと即答を返した。


「何でよ」


あまりの速さに少々驚きつつ問うルパンと、ああやはりと、嘆息する次元。


「それ、不二子さんの依頼だろ?」

「いんや、俺たちのよ?内容の類似は否定しないけどな」

「はー……あのなルパン」


今度はもう溜息も堪えきれぬまま。


「ん?」

「俺にもね、出来ることと出来ないことがあんの」


きっぱりと言ってのけるが。


「ああ、知ってるよ」


ルパンはさらりと受け止め肯定すると、だから? という視線を向けてきた。


「だから、俺にこの仕事は出来ないんだってば」

「だぁから、それは何でかって聞いてんのに」

「何でも。わかったら諦めて帰って」

「わかんなかったら諦めなくていいのか?」

「帰れ」


取り付くしまもないに、さすがのルパンも諦めたように苦笑して、


「こりゃ決裂だぁね」


と席を立った。


「よー次元? 俺ぁ不二子ンとこ帰るけどもよ?」

「おう」

「お前、どうする?」


言外に、このままここに残る気はあるのかと問うルパンの目には、探るような色

というよりはむしろ、ただ純粋にそうすればいいと思っているような色がある。


「俺は残る。戻っても不二子に喚かれるだけだろうからな」

「了解。んじゃな。まーたすぐに次の依頼すっからよ」

「はいはい。じゃあね」


さっと会計を済ませると、ヒラヒラと手を振って、ルパンが店を出て行った。


「というわけで、今夜は泊めてくれ」

「は?」

「最近仕事がうまくなくてな。金ねぇんだわ」

「俺はこれから仕事だってば」

「何だ、泊まりで出かけんのか?」

「違うけど……」

「じゃあいいじゃねぇか」


泊めろよ、と言う次元がもうすっかりその気らしいというのは、その瞳が

そういう意味の熱を映していることでわかってしまった。


「だって……聞きたいんでしょ? 理由」


だからここに残るのだろうと、は少し恨みがましい目で次元を見る。

セックスに溺れて焦らされれば、には隠し事など出来ないから。

いつもそうして口を割らせる次元を、しかし嫌いになることなど

出来はしないのだけれど。


「いや」

「え?」

「べつに、言いたくねーなら聞きゃあしねぇよ」


さらりと返ってきたのは、あまりにも率直な否定の言葉。


「お前が依頼を受けない時は、ちゃんとした理由があるだろう」


だから言いたくなければそれでいいから、今夜は泊めろとを見る

次元の視線は強い。


「もう2ヵ月禁欲してんだ。ヤらせろいい加減」


色気も何もない誘い方に、この逢瀬が2ヵ月ぶりのそれであると気付いて、

は、ふっと頬を染める。

しばらく会えないと分かっている時の次元のセックスはしつこい。

この前の別れ際の、酷いほどに施された愛撫を思い出したの身体の奥、

小さく、けれど確かな情欲の熾火が灯った。


「……わかった。じゃ、先帰っててよ」


ぽいっと放られたのは、の暮らすマンションの部屋の鍵。


「あ?また引っ越したのか?」


見覚えのない形の鍵に、次元が問う。


「そ。前のトコ、やばいのにバレちゃって」

「へぇ」

「住所書くから、帰ったら流しで燃やしといて」

「へいへい」


そうして自宅マンションの場所を走り書くと、は、じゃあねと手を振って

仕事へと向かっていった。








  ※   ※   ※







「あっ、やだちょっと……まっ、てってばっ!」


帰ってくるなり、捕まった。

リビングに入り、鞄を放り投げたところで背後から抱き込まれ、いやらしい手に

あっさりと、脚の間を押さえられて。


「ん……っぅんーっ」


唇にきつく口づけられながら、着衣は容易く乱され、肌蹴られたYシャツから

忍び込んだ手が、小さな尖りを撫で始める。


「ふぁ……んっ」

「さて、話してもらおうか」

「っ……な、にを……っっ」


訊かないと言ったくせにと、息苦しさに潤んだ目で睨みつければ、しかし次元は

違うと首を横に振る。


「さっき言ってた、やばいのってのは何だ?」

「え……」

「引っ越すほど、やばい奴に関わってるなんて、聞いてねぇ」


そりゃ言ってないからな、とは言えなかった。

次元の目は、その手の動きに似つかわしくなく真剣なもので、これは少々

不機嫌なのだと知る。


「それ話すと……全部話さないとなんないんだけど……」

「どうでもいい。話せ。んな大事なこと、知らずにいられるか」

「大事って……」

「大事だろうが。お前が危険だったかもしれないことなんか」

「次元……っ、あんっ」


きゅうっと胸の飾りをつままれて、声が跳ね上がる。

結局またセックスで口を割らされるのかと思いはすれど、素直に喋らなければ

どんな目に合わされるかも知っているは、諦めたようなため息を

1つ落とすと、胸元にある次元の手の甲を軽くつねって外させた。


「わかったから離して。話せない」


以前一度、強情を張りすぎた折、達することが出来ないように力を加減されながら

一晩中延々と指で後孔をなぶられ、性器は先端ばかりを舐められ擽られて、

本気で泣き喚いて許しを請うたことがある。

そんなことはもう二度とごめんだが、次元とのセックスを捨ててしまえるほどに

枯れていないは、つまりもう逃れられないのだ。

背後から緩やかに抱きしめられたまま、は諦めを隠さず話し始める。


「やばいのは、以前組んだ仕事相手の男」

「あ? 組んだ? そのあと敵に回したのか?」

「違う、その逆。……囲われろってしつこいんだよ」


一瞬の躊躇った後、は、もうどうせ全て聞かれるのだからと開き直って告げた。

2年ほど前に仕事を通じて知り合ったアメリカ男は、少し親しくなった途端、

の身体を要求してきた。

仕事を終えてすぐ、関係(といっても仕事以上の何もないが)を切り、姿をくらませた

……つもりでいたのが、つい先日、前に住んでいたマンションのエントランスで

待ち伏せされていたのだった。


「引っ越したのは、それが理由。不二子さんの仕事断ったのもね」

「あ?」

「あの依頼は、あいつに関わんないと情報取れないんだよ」


そんなのムリに決まってる、とは吐き捨てるように言った。


「何でだよ」


その言葉に、にやりと、次元が笑った。

その表情に嫌な顔をしつつ、は溜息交じりに話し始めた。


「俺にもね、」


つい、と身体の向きを変え、次元と向き合う形になる。


「いくら頑張ってもできないことというのはあるわけで」


たとえば、と上目遣いに次元の顔を見ながら、その右手を、つるりと

次元の脚の間に滑らせた。


「次元以外のコレを、しゃぶるなんてことは」

「っ……」

「二度とする気はないって言うか、したら吐くだろうな」


少し力を込めて押し擦られ、次元の息が弾むのに、は淡々と告げた。


「へぇ、言うようになったじゃねぇか」

「誰かさんのおかげでね」


言いながらは、次元の下腹部から手を離し、ホールドアップした。


「あ? どうした?」

「あとは次元の好きにして。俺、疲れてんの」


寝ててもヤっちゃっていいからと、さらりと言ってのけて、こてっと次元の肩口に

頭をのせてしまう。


「おまっ……ここまできて、そりゃあねぇだろ!」


意識のない人間をヤる趣味はないと、が寝に入る前に次元は

の尻の狭間を探った。


「あっ……んっっ」

「本気で勝手にすっからな」

「や、ちょっ……ちゃんと濡らし……てっっ」


蕾を擦る指先は乾いていて、少しでも中に入りそうになると、襞が引き攣る。


「ちゃんとしてほしけりゃ、1回でいい、ちゃんと起きてろ」

「わかっ……たからっ! そのまま入れんのはやだ」


慣れた身体は潤いが少ない状態で次元の自身を押し込まれても、

傷付いたりはしないが、如何せん引き攣る感覚が強く、さらに、摩擦のせいで

事後の違和感が酷いのだ。

どうやら、ぼってりと腫れてしまうかららしいことは、数度の経験から知っている。


「ベッドとソファは?」

「ベッドがいい」


抱いて連れて行かれ、ベッドに転がされるとは素直に脚を開く。

乱されていた服は簡単に剥かれ、あっさりと全てを曝すことになった。


冷たいローションが体温にぬるむ頃には、蕾はすっかりと花になり、指がなくても

ぱっくりと口を開くようになる。


「ん、んーっっ……あ、は……ぁっ」


挿入も律動も穏やかで、疲れていると言ったことに対する

気遣いなのだろうかと思う。




「ん……?」

「俺だってもう、お前以外抱けねぇからな」

「……うん」


こんな時に言うなんてずるいとは思えど、嬉しいのもまた事実。

は頷くと、次元の首に腕をまわし、しっかりとしがみついたのだった。





後日、は、アメリカ人の男が1人、ルパン一味の仕掛けによって

情報を奪われたうえ、全裸で晒し者になっていたと同業者が呟くのを聞いた。















〜End〜





あとがき
1年ぶりの連作更新。主人公、キャラ変わってないか……?
3作目にして初の微エロ。ホントに微々たるエロだなぁ(苦笑。
お題の入れ方はまた無理矢理で(本当に進歩のない/沈)
次回こそは……!!

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