ひざの上、腕の中
騒ぎ疲れたんだろうチョッパーが、俺の腹の上で寝ちまったから、
取り敢えず そのままにして一人で飲んでた。
今日は俺の誕生日で、日付が変わったと同時にクソコックが可愛く
祝ってくれたから、それ以上は望んじゃいなかったんだが、朝が来て
夜になる間に、すっかりテンションの上がった船長以下乗組員の
おかげで、甲板でパーティなんぞという騒ぎになった。
島に寄ったばかりで、次の島も そう遠くないような話を聞いたせいか、
少しばかり料理が多めで、大食漢の船長は、俺を差し置いて
大いに喜んでいた。
夜は すっかり更けて、ナミとロビンは早々に部屋に戻ったが、
ルフィとウソップは最後まで騒ぎ続け、今は甲板に潰れている。
チョッパーは、すでに熟睡していて、腹の上の小さな温もりが、俺にも
少しばかり心地良い。
クソコック……サンジは、ナミとロビンが戻った辺りで、食器類を
片付けに行っちまった。
『そんなこと いいから 側にいろ』
なんて、口をつきそうになった言葉を、はっとして飲み込んだ。
俺の誕生日に俺以外のことを優先するなと 嫉妬じみたことを考えて
しまった自分に愕然として、酒を飲んで誤魔化した。
そんな女々しい自分だったろうかと思えば、明日からの鍛錬を もっと
厳しくするべきかと考え至る。
自分にままらならい この衝動が、これ以上でかくなってしまったら……
「あいつが壊れちまうっつーの」
縛り付けて離せない。閉じ込めて、自分だけのものにしてしまう。
あの しなやかな脚を、華麗に動く腕を、きつく縛り上げ、
夢も目的も すべて奪い取って、繋いでおきたい。
自分の中に時折見え隠れするこれを、抑えきれなくなったなら……
「ばかばかしい……」
呟いて、考えるのをやめた。今考えても 詮無いことだ。
要は鍛錬を増やせばいいだけのことだと無理矢理結論して、
腹の上にのっかっているチョッパーを撫でてやる。
小さくむずかるように動く姿は可愛らしい。
普段しっかりしたこの船医は、やはりそれでも年下であったのだと
改めて思う。
案外アホだってことを実感する場面は意外と多かったりするんだが。
つらつらと考えながら、そろそろ手に持っているビンの酒がなくなるな、
と思った頃、ようやくサンジが出てきた。
とんとん と、軽やかに階段を下りてきて、しかし その足は俺の方
ではなく、床に懐いている2人の方へ向けられる。
「おい……」
俺が ここにいることを、認めなかったわけではあるまいに、俺の方を
ちらりとも見ずに よそへ向かうことを、咎めるように呼んだが、
さらりと無視された。
サンジは、つかつかと眠り込んでいる2人に近寄ると、上から見下ろす
形で声をかけた。
「お前ら 寝るなら下に行け」
「んー……」
「んぁー?」
寝入り端の、寝惚けたような声で反応を返した2人を、行かないなら
蹴落とすぞ と脅して 無理矢理せっつく。
「何も そんなんしなくても…寝せといてやりゃいいだろ?」
自分が無視されているという少々の苛立ちもあって、咎めるように
言葉をかければ、くるりとこちらを振り返ったサンジは、けれど
俺と目を合わせようとはしなかった。
「チョッパー、んなトコで寝たら、風邪ひくぞ?」
俺の腹の上から 小さな温もりを抱き上げ、軽く揺すって起こすと、
こちらも 下に行って寝ろと促した。
チョッパーは素直に頷き、サンジの腕から降りると、眠いのだろう目を
擦りながら ぽてぽてと移動する。
ルフィとウソップも再度声をかけられると、のそのそと下へ降りていった。
甲板に2人きりになって、それでもサンジは俺を見ようとしねぇ。
何だってんだ一体。
「何か、怒ってんのか?」
わけがわからないから取り敢えず聞いた。
サンジは無言でタバコを口に運び、火を点ける。
「なぁ、どうしたんだよ」
窺うような態度になるのは、こんな日に こいつの機嫌を決定的に損ねる
ようなことはしたくないからで、いつの間にか そんな考え方をするように
なっていた自分に気付いて変な気分になりながら、押さえた声音で
反応を求める。
「サーンジ、こっち向けっての」
この甘ったるい呼びかけは、かなり恥ずかしくあるんだが、
こいつの機嫌を取るには一番早い手だということを知ったのは、
つい最近のことだ。
というより、自分に こんな芸当が出来ると知ったのも、本当に最近だった。
こいつ以外の誰に向けたこともない甘やかしは、決して器用なものでは
ないと、知ってはいたが、それでも甘やかすことは案外気持ちがいい
ものだと感じる。
俺の声が甘くなったことを感じてか、ようやくサンジの足が俺に向く。
タバコの煙を ゆっくりと 吸って、吐いて。
それでも目だけは合わせないまま、胡坐をかいた俺の膝の上に
乗り上げてきた。
「お…い?サン…っんぅっっ」
急なことに声を上げた俺の頬を両手で挟み、強引に口付けてくる。
もちろん右手には、タバコを持ったままのそれに、俺は抗いようがなく、
取り敢えず好きにさせた。
「サンジ…?」
口付けを解かれて見上げれば、目の前には赤く頬を染めたサンジがいて、
俺の理性が ぐらついた。
それを必死で堪え、大人しくサンジの言い分を聞き出そうと首を傾げる。
「どうした?」
言えよ、と促すと、俺の膝の上にのったままのサンジは、ポケットから
携帯灰皿を引っ張り出し、ダバコを押し込むと、もう一度軽く口付けてきて、
それから小さく言葉を零し始めた。
「ここ…俺の…じゃ ねぇのかよ…」
「あ?」
「俺の…場所じゃ、ねぇのかよ…」
耳まで赤くなりながら俯くサンジは、ものすごく可愛い。
「何だ、お前それ…妬いてんのか?」
「っ…うるせぇ」
「うるせぇって…チョッパーに妬くなよ…」
「うるせえっつってんだろ!」
すっくと立ち上がったサンジを追って立ち上がろうとすると、
どすっと腹に蹴りがきた。
「ぐっ……てっめ…何しやがるサンジっっ」
「もういい さっさと寝やがれ クソマリモ」
「ちょっ!待てよ!」
そのまま下へ下りようとするサンジを、今度こそ追いかけて、入り口の
取っ手を掴もうとしたところを捕まえたついでに 後ろから抱き締めた。
「サンジ、行くなよ。悪かった。嬉しかったんだ」
些細なことでも妬いてくれて、と告げると、サンジは俯いたまま、
小さく、ばか と呟いた。
「俺の膝の上も、腕の中も、全部サンジのもんだろ?」
「…呼びすぎだ」
「あぁ?」
「…名前、呼びすぎだ、ばか」
いつも呼ばないくせに、なんて。そうか。嫉妬と、照れと。
つまり そういうことだったらしい。普段なら気にしない何気ないこと。
今日みたいな特別な日だから、やらた甘ったるい気分になって、
ハイになって、どうやら2人して、何かの箍が外れちまっていたらしい。
「いいじゃねぇか。2人の時にしか呼ばねぇよ」
どうやら こいつも、俺の気持ちと同じくらいの大きさで それを返して
くれているらしいと知れて、正直かなり嬉しかった。
「さってと、機嫌も直ったことだし、やるか」
「はっ!?ちょっ 待て!昨夜もしただろうが!」
「それはそれ、だ」
抱き上げて、船尾へと向かう。
青姦なんて冗談じゃねぇ、と夜だからか、クルーに聞かれまいとしてか、
控えめに叫ぶサンジは、けれど本気で抗ってはこない。
幸い今夜の空は、満点の星空だ。
ムードなんてもんを求める主義は俺には無いが、要はまあ、こいつが
シチュエーションってやつを気に入ればいいわけだ。
様々な体位を想像して にんまりした俺の後頭部を、サンジの平手が
ぺしりと叩いた。大して痛くもない やり方で。
そんな些細なことすら幸せだなんて、イベントってのは大事なものらしい。
「愛してるぜ、サンジ」
にやけたまま、耳元に注ぎ込んでやったら、ぼん と赤くなったサンジは、
俺の腕の中で じたばたと暴れ、けれど最後には大人しくなった。
俺も、と小さく告げられた声が嬉しくて、ついつい激しくやっちまった俺は、
翌朝、少しばかり寝坊したコックに、大いに怒鳴りつけられたのだった。
〜End〜
あとがき
名前を呼ぶゾロと呼ばないサンジくん。
サンジくんはたまに呼ぶのにゾロは滅多に呼ばないから
逆転させてみました。本文中に「ゾロ」って出てないよ(笑。
はっぴーばーすでぃ ゾロ!
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