我が天使に幸あれ!





 気だるい空気。ぼんやりとした空気。
 どんよりとした風と共にその空気は流されて。
 新たな風が吹き込む。こんな風を季節に当てはめるとしたら何になるだろうか?
 
 何時も隣にいるはずであろう人が、いない。
 辺りをきょろきょろと探してみる。 
 ああ、オレがその人の隣から逃げてきてしまったみたい。

 此処は、何処だろう。
 よく見ると景色はモノクロ。
 味気の無い、過去の情景のように。

 頬を撫でる風も、死んでいる。
 温かみも冷たさも感じられない。死んでいる。

 自分の手をぼーっと見てみる。
 黒の手袋、何時もつけているその手袋でさえもなんだかすすけてしまっていて。
 
 そう、それはまるで時の流れに耐え切れない様に。
 時の流れに逆らえず取り残されていく人々の様に。

 視線をすぐに戻す。
 一瞬のうちにして背景が変わる。

 其処は、戦場。

 モノクロの中、人々は戦っていた。
 …もしかして、アノ虐殺?
 違うかもしれない。ただの内戦かもしれない。
 …厭だな、”ただの”をつけてしまうほどオレは内戦になれてしまった?

 前へ一歩確実に踏み込む。
 その度に足元の塵があたりを舞う。 
 それは、ダスト。

 前へ一歩一歩と進む。
 目の前には、倒れ行く人々。

 不意に目の前に新たな色が現れた。

 それは、深紅。

 厭に、なる。

 
 「……!」

 声が、聞こえる?
 誰だろう。懐かしいようなそうではないような。
 
 「……!」

 誰…?貴方はだぁれ?

 「…!」
 
 「っ…!ろ、い?」

 「はぁ、吃驚させないで欲しいな」

 「若しかして、寝てた?」

 「その若しかして、だ」

 「…ゴメン」

 「別に気にしなくても良いさ。此の頃疲れが溜まっているんだろう?」

 そういって彼はにやりと笑う。
 何を隠そう彼は彼の有名なロイ・マスタング大佐殿だ。
 
 「…そう、だな」

 含みのある笑みをにやりと浮かべる。
 その”疲れ”の理由は君にあるっていうのに、さ。

 「さて、と…。仕事しなくちゃ…」

 溜めてしまった、だろうな。
 眠ってしまったわけだし。今日は早く帰ってゆっくりと眠りたい、し。
 
 「その心配はないさ」

 「は?」

 何、この人。
 …若しかしてオレにサボれとでも言うのかあ゛あ゛?
 ヤバイ、かなり柄が悪くなっていたな。

 「私がやっておいたからな」

 自信満々に言う。って…。
 
 「え?」

 「私がやっておいた。といったんだ」

 「あのサボり魔ーな大佐がぁ?」

 「上司を貶すとは…」

 「あーハイハイ。オレが悪かったデスヨ大佐殿。んで、そのお言葉真ですか?」

 はっきりいって皮肉で言ってやる。
 是で冗談だ、とか言われたらオレ、上司だからって容赦はしない、だろうね。
 ま、そんなこと一番彼が知っていると思うのだけれども。

 「本当だとも」

 にっこりとそれはそれは満面の笑みで…。
 って、若しかして…。

 「謀りました?」

 「…………どうだろうな」

 「何です、その微妙な空白は」

 「君は如何思うのかね?少佐」
 
 「そうですねぇ、率直に言わせていただければそれは”謀った”と思うのですが」

 「そうか、君がそう思うのであればそうしてもらっても構わない」

 ククッと咽喉で笑う。
 いやらしぃね、その笑い方。
 気に食わない。

 「大佐、貴方というお方が私の分までやるとは…、熱でもあるんじゃないですか!?」

 からかう様にして彼の額に手をやる。
 案の定熱くは、ない。是で熱があったら爆笑物だったのだが。

 「からかうのはもうやめて欲しいね。…分かっているだろう、

 後ろから羽交い締め基抱きしめられました。
 いや、まだ執務中ですよタイサドノ。
 
 「大佐、まだ執務中です。ってか暑苦しいです。唯でさえも湿気が多くて蒸し暑いというのに…」

 「酷いな…」

 とか言いつつ退いてくれない貴方は新手の苛めでしょうか?
 …セクハラ上司として訴えたい気分だ、正直言って。

 「マスタング大佐」

 「

 「やめてください」

 「

 「幾ら、貴方に借りを作ってしまったといっても返しませんよ?」

 「そんなこと、最初っから望んでいないさ」

 「なら何が、何のためにですか?」

 「…君との共有時間を増やしたかったから。ではだめかな?」
 
 「はぁ…。そういうことは女性の方に言って下さい」

 「おや?私たちの関係は上司と部下というだけではないはずだが?」

 「でも、今は”上司と部下”の関係です。ロイ・マスタング大佐」

 「……

 「何でしょうか大佐」

 「今、何時だ」

 「今の時刻、2358時ですけど」

 「もう少し、だな」

 にやりと後ろで笑ったような気がした。
 それこそ不適な笑みという奴でしょうか。

 「ところで大佐、さっき”睡眠薬”でも投与しましたか?」

 「おや、気づいていたのかね」

 「……やっぱり謀ったんじゃないですか」

 「ははは、どうだろうね」

 「…部下に睡眠薬を盛るなんて…、最悪ですよ」

 「に最悪と言われるのは傷つくな」

 「…全然そう聞こえないんですけど…」

 はっきり言って今の状態はもう、やめて欲しい。
 何時まで羽交い締めされてなくちゃいけないんだ。
 さっきの夢といい、最悪だ。
 誰かが来たら良からぬ誤解を招きそうだ。
 …厄介ごとだけには巻き込まれたくないというのに。

 ぴぃと少し高めのアラーム音が鳴った。
 それはとある時間帯を示すもの。

 「…Happy birth day.It is June 19 today. You are 20 year old, right?」

 一言それだけを言った。
 笑えるねぇ、この人。

 「そうですけど…。何?それがしたかったわけですが大佐?そんな有触れた事を」

 大佐殿が真面目にやっていたら本当に笑える。
 そんな有り触れて幼いことを。
 誰よりも君にいいたかった。そんな感じで。

 「有り触れたこと…でも良いじゃないか」

 「……ホント君は面白いよ。わざわざ6月18日、オレの誕生日なんて覚えててくれまして」

 って何時までこの人抱きついてるつもりだろう。
 オレはそう思い、この邪魔な腕を振り払おうとした。
 が、それは失敗に終わった。

 「

 「何です?そんなイジケタ声だして。それに…オレ、帰りたいんですけど」

 「なら帰ろうじゃないか」

 「じゃ、お先に失礼させていただきましょうか」

 そういい大佐殿は束縛を緩めた。
 勿論オレははすぐさまふらりと逃げた。
 そしてその部屋から立ち去ろうとする。
 が、それはまたもや失敗に。

 ぐぃっと誰かに引っ張られたのだ。
 誰か、といっても此処で思い当たる節は一つしかない。
 ロイ・マスタングだ。
 
 「何ですか大佐。迷惑です。邪魔です。どけてください。帰らせてください。寝させてください。」

 「無理、だな」

 無理、ですか…
 そんな一言で納得するような奴じゃないんでね、オレは。

 「厭です」

 「強情だな」

 「悪いですか?」

 「悪いね」

 「即答ですか」

 「ああ、即答だ」

 「…帰りますから手ぇ離してください」

 「君の要望には答えたいのだがその要望は無理だな」

 「…何ですかこの人」

 「君の恋人、ロイ・マスタングだが」

 「…うわー、やばいよ。自分で公言した」

 ヤバイ。今絶対ヤバイことになっているはずだ!
 この人の顔がヤバイ。にやけてる。何か目論んでいる…。
 こういうときは逃げるが勝ち。

 「

 ぐぃと引っ張られる。
 
 「何ですか」

 少しながらの反抗。

 「今日は帰さない」

 厭な科白

 「厭ですよ」

 オレの本音。

 「そう言えるうちはまだ良いさ」

 やらしいねぇ、この人。

 「やめてください。大佐」

 「無理だね、もう…」

 其処で言葉潰さないで下さい。
 変な勘違いされますよ?
 ってか、しちゃいそうで怖いです。

 「………大佐」

 「ロイだ」

 変な子供じみた思い。
 是でももうすぐで三十路な人ですか?
 ありえない…。

 「ロイ、退け」

 思いっきり本音を言ってやる。
 すると一瞬面食らう、でもそれはすぐさまにやりという子供じみた笑いになる。
 …ああ、もう逆らえない。

 「漸く、思いが通じたみたいだな」

 ぐいっと引っ張られ、そのまま身体が倒れていく。
 そんな感じだった。










「我が天使に幸あれ!」




 脳裏でそんな言葉が掠められた。