終りある者
此処は…?
辺りを見回してみる。
何も、無い。
ただ、闇が広がっているといえるような場所。
光りも無く、此処は本当にどこだ?
それより何故このような場所へ?
…思考をめぐらせる。
いつものように仕事をサボり、
いつものように中尉に撃たれそうになり、
そして……?
ちっ…
その先が分からない。
気付いたら、此処、だ。
闇しかない、漆黒の闇。
目を凝らしても何も見えなくて
歩いてみても、走ってみても終りが無い。
只管に続く道。
只管に続く闇。
「此処は…っ!?」
痺れが切れた。
この何ともいえないもどかしさに憂鬱になる。
自分の声がやたらと響いて聞こえる。
まるでそれは、エコーをかけたように。
遠くまでその声が、響いた。
「空はこんなに美しいのに」
不意に声が聞こえた。
テノールの落ち着いた心地よい声。
辺りを見渡す、けれども何も、誰も居ない。
「風は温かく冷たいのに」
その声はどこか悲しんでいて。
その声はどこか空っぽで。
「私は…色褪せて」
その声には失望
その声には絶望
「空はこんなに美しく儚いのに」
「終り亡き空はこんなに美しいと言われるのに」
響く、エコー
何処を探し見て見当たらない。
心地よいテノールの声の主は、見つからない。
「戦争、虐殺、殺戮、どれも美しくはないのに」
ずきりと胸に何かが刺さるような気がした。
戦争、虐殺、殺戮、という言葉に。
見えないナイフが突き刺さった。
まるでその一瞬が固まってしまったかのように
私の心に深く突き刺さった。
何故だろう?会ったこともなく、寧ろ見えない相手だというのに。
その声は全てを見透かしていて、全てを知っているようで。
怖いようで、温かいようで、冷たいようで、優しいようで、懐かしいようで、知らない。
「なのに、一瞬だけ、分かりかけてしまう」
何が、といいたかった。
なのに肝心なときに声が出なかった。
無理やり搾り出そうとしても、まるで魔法にかけられたようにすぅっと闇に声が吸い込まれていく。
声が発せられない。
「空は風は、闇は光りは美しいのに」
また、悲しそうに言葉を紡ぐ。
見えない、何も。何も……
「あなたは…?」
無理やり声を絞り出す。
数分ぶりに聞いた自分の声はやけに掠れていた。
「あなたは?」
鸚鵡返しだった。
もう咽喉にかかったプロテクトのような物は無かった。
楽に声が出せた。
「ロイ・マスタングだ」
「ろい、ますたんぐ」
区切り区切り噛み砕くように復唱する。
そして不意に気配が近づいた。
さっきなどはない、温かい、気配が。
ふわりと、一陣の風が頬を撫でた。
その瞬間、目の前に彼は居た。
「はじめまして、ろい・ますたんぐ」
何処かまだ片言で。
何処か大人びているはずなのに幼くて。
何より彼の存在自体が気になった。
透き通るような、白。
血のような、赤。
そして銀の光りを放つ。
「私は、・ジャンクション」
凛とした、心地の良いテノールの声。
その名は、。
「ジャンク、ション……?」
「私は、・ジャンクション。それ以下でもそれ以上でもない私はわたし」
何か機械的で。
どこか無機物的な声。
……生を感じさせられないような。
でもどこか温かくて、微笑んでいる。
「此処は……?」
「わたし」
「え………?」
「此処はわたし」
それしか言わなかった。
ゆっくりと近づいてくる。
その赤に囚われそうになる。
深い、けれどもどこか浅そうな。
その色に囚われる。
すぅっと手が伸びてくる。
私の頬を捉える。
目を細めて、微笑む。
「君は、ロイ、私は」
そう言うと彼は少しだけ背伸びをした。
そして私の額に口付けた。
「……!」
「君は、ロイ。私は、何故あなたは此処に?」
「……分からない」
「私が呼んだから」
何処か矛盾していた。
彼はニッコリと微笑んだ。
その赤に魅入られる。
「…」
「ロイ?」
「君は一体……」
「私はわたし、」
「そうじゃない」
「私は、それ以上でもそれ以下でもない」
「……君は…?」
「此処は、わたし、わたしは全て」
「すべ、て?」
「ロイ、何故あなたは此処へ?」
「君が呼んだのだろう?」
「ちがう、君に呼ばれた」
「……どういう?」
「私はジャンクション、交差点であり、接続」
「君は…何と接続される?」
「私はイデア」
「理念、だと?
「イデーであり、イデア」
「…接続の理念……?」
何処か分からない、どこか空っぽな。
どこか儚くてどこか切なげ。
ただ、あなたは笑っているだけ。
どこか空っぽな笑みで微笑みかけてくれるだけ。
けれども何故か惹かれてしまう。
ぐっとその赤い瞳に惹かれてしまう。
その細めた赤に……
「……え……?」
何故か身体が勝手に動いていた。
そっと彼の、の顎を手が捉える。
一瞬だけその赤い瞳が見開かれる。
けれども次の瞬間にまたもや細められる。
「……」
「ロイ、帰りなさい」
「どういう…?」
「此処はあなたが居る場所じゃない」
「…?」
「一時の幻想に囚われてはいけない」
「………此処は……」
「此処は理念の接続点、理念が交差する場所、此処は世界の全て」
「すべ…て…」
「わたしはこの世の全て、わたしは、全てを知っている」
「…?」
「凄く痛かった。たった一つの種族を潰す人々は」
っ…胸が、えぐられた気がした。
さっきと同じような感覚。
胸にいくつもののナイフが突き刺さるような。
痛くて、痛くて…、この場から消えてしまいそうな。
「戦争は、争いは、殺しあいは醜くて」
痛い…っ痛い…っ
それ以上…言わないでくれっ!!
頭に直接話し掛けられるようで気持ち悪くて。
激痛が身体を駆け巡る。
是が、の、チカラ…?
血が流れ落ちるように居たい
まるで楽しまれているように
「でも…」
「……っ…」
「そんな、人が散る瞬間に憧れてしまう…」
「人が一番輝く瞬間が見えるようで」
「終りある者としての印であってして」
「それは、死」
「わたしは憧れてしまう」
痛い…
何故痛いのかが、分かる。今なら。
彼の心の叫び。
その叫びが身体に突き刺さり。
まるで抉られるかのように動く。
痛い。
これが、彼の、痛み。
「さようなら、ロイ。これは夢」
「ゆ、夢なんかしたくはない!」
「これは、夢、これは、思い出」
「思い出なんかになりたくない!夢なんかに―――――!!」
「お眠りなさい、ロイ・マスタング、哀れ深き人の子よ」
「嫌だ…っっ…!!!」
額に手をあてがわれる。
すぅっと何かが抜けていく感じがする。
ああ、眠らせられる。
ああ、現実世界へ戻される。
から引き離される。
元の、ただの、ロイ・マスタングに戻ってしまう。
の近くに居るものではなくて。
それは。
そんなのは。
嫌だ………っ…
「……佐…っ!大佐っ!」
「あ、ああ…」
瞼をゆっくりとあげる。
目に飛び込んできたのはホークアイ中尉。
随分と怒っているようだ。
居眠り、してしまったのか…?
「また、サボっていたんですね?」
かちゃりと、嫌な音が聞こえる。
…居眠りした気はないのだが…?
「わ、分かった、仕事はちゃんとする…!」
今日も、慌しいなぁ…
※
その後家に帰った後に少し吃驚したことがあった。
私の寝室のベッドの上に数枚の羽が落ちていた。
鳥などではない、半透明の壊れそうだが壊れない翼が。
光りを通すとキラキラと輝きどこか緑を帯びていて。
どこか懐かしくて。
でも、何故だか分からない。
でも捨ててしまうのはもったいなくて。
そっと机の中にしまいこむ。
何故そうしたのかは分からないけれど。
Excitate vos e somno.
Liberi Fatali
Inventie Deus.
Diebus felicitas..............
+あとがき+
最後の部分はラテン語です。
文法など間違っているところがあるかと思いますが目を瞑ってやって下さい。
因みに意味は…
「目覚めなさい。運命の子供たちよ。真実を守りなさい。次に会うときはシアワセを」です。