6月1日。快晴。
「よーロイ邪魔するぜー!!」
朝一番、まだロイがベッドの中で惰眠を貪っている時に、突然この男は現れた。聞き間違いではなかろうかと恐る恐る布団から顔を出せば、思い切り良く布団を剥がされた。
「行くぞ!」
「はあ??…というか、何故お前がここにいるのだ」
とりあえずの疑問をぶつけてみるが、まだ頭の回らないロイはどたばたと用意を進めていくヒューズをただぼんやりと見つめていた。
「お前相変わらず寝起き悪ィのな」
勝手知ったる何とやら。ヒューズはロイを強引に脱がせたパジャマから、適当にチョイスした服に着替えさせ、洗面所へと押していく。溜められた水で顔を洗い、歯を磨いている間に髪を梳かされ、キッチンの椅子に座れば淹れ立てのカフェオレが出てくる。ふぅー、と息を吹きかけ、半分程飲んだ所で漸く向かいに座るヒューズに又疑問を浮かべた。
「お前、何でここにいるんだ?」
「お前に会いに来たからに決まってんだろ」
「はあ…。はあ?」
ニヤニヤ笑うヒューズに、まだロイの思考は追いつかない。
「とりあえず時間がねェから、それ飲んだらさっさと出るぞ。朝食は汽車の中でだ」
「は?汽車?」
はて、今日は出張などあっただろうか?
「どこに行くんだったか…」
大欠伸をしているロイに苦笑しつつ、ヒューズは立ち上がった。
「俺ん家だ。ほれ、行くぞ」
少しだけ残っていたカフェオレを飲み干し、手際良く後片付けをしてロイの手を引いて玄関へ向かう。その際になって初めてロイは眉を顰めた。
「お前の家?待て、俺は今日仕事があるのだ、お前だって、」
「俺は今日明日と連休〜」
いつの間に持ったのか手の中で家の鍵がチリンと音を立てる。
「お前が休みだろうと俺は」
「お前も連休だぞロイ〜」
「何を言ってるんだヒューズ?」
まあまあ、と宥めすかされ、強引に外に出され、鍵をかけられ、肩を組まれ、口笛を吹くヒューズにどうしたものかと本気でロイは頭を抱えた。
駄目だ、完璧に流されている…。気付けばセントラル行きの汽車の中、茫然としたままホークアイ中尉の言葉を聞いていた。
「ですから、大佐は6月1日と2日の二日間は有給の申請を出しておられます」
「そんな覚えは無いのだが…」
「いえ、確かにそうなっておられますよ。ですから昨日あんなに仕事をして戴いたんじゃありませんか」
そういえば…昨日の仕事は尋常な量じゃなかった。が、そんなこと全く記憶にない。一体どういうことだ?
「別に宜しいんですよ?今からおいでくださっても。仕事は沢山ありますから」
「え、いや、その」
「よーホークアイ中尉ー元気かー」
口篭るロイから受話器を奪ったヒューズが、明るい声を上げる。助かった、と思いつつも面倒なことになっているのには変わりない。
「その声はヒューズ中佐ですか?」
「そーだー、悪ィな、もう汽車に乗っちまったから、二日間ちょいとこいつ借りるな。それじゃ!」
「あ、ちょっと中佐」
制止の声を待たずに切ったヒューズは、にんまりと笑ってロイを見る。
「な?休みだったろ?」
「だがな、俺はそんな申請を出した覚えは全く無いのだが…」
「まーまー良いじゃねぇの」
「まさか、とは思うが、勝手にお前が出したんじゃなかろうな?」
「さーどうだろうな」
席に着き、遠くを見つつそう答えたヒューズに、溜め息が出た。お前も休みをとっていることで一目瞭然じゃないか。今まで気付かなかった俺も俺だが。
「で?一体お前の家に行って何をしようと言うのだ?」
「はぁー?!お前の誕生日パーティに決まってんだろーがー!」
「は?」
目が点。そんな様子のロイに盛大にヒューズは溜め息をついた。
「毎度のこととは言えおまえ自分に無頓着過ぎるぞ」
「…それだけの為にわざわざ二日も貴重な有給をとらせたのか…?」
うんざりしたような顔をするロイに、何だよーと、ヒューズは唇を尖らせる。
「お前ね、俺の素敵な妻が腕によりをかけたご馳走と、俺の可愛い娘が一所懸命作った飾りつけと、おまえの大親友の俺が、一日かけてお前を祝うんだぞ??どれだけありがたいと思ってるんだ!」
懐から取り出した家族写真をビシ!とロイの前に突き出し、ヒューズはそう言い切った。暫くただ瞬きを繰り返していたロイは、急に肩の力が抜けたように笑った。
「全く、お前はいつでも強引だな」
「はいはい、悪かったですね」
少しいじけたような口調をするヒューズに肩を竦めてロイは目を瞑る。
「昨日は、随分遅くまで仕事をしていたんだ。セントラルに着いたら起こしてくれ」
「何だよ、せっかく久々に会ったってのに寝ちまうのか?」
うっすら目を開ければ、不満たらたらの表情を浮かべていて、危うく吹き出しそうになった。
「どうせ、今晩は寝かせてくれないのだろう?」
その言葉にしばし呆気にとられるヒューズに満足して、再びロイは目を閉じる。カチャリ、と眼鏡をかけ直す音が聞えた。
「当たり前だ」
「なら、その時で良いだろう?ああ、そうだ。勿論奢りだろう?」
「…当然だろーが」
口元に笑みを浮かべるロイを見る目は穏やかで。そのまますぐに寝息を立て始めたロイから車窓へと視線を移す。飛ぶように過ぎて行く風景、それでもまだ、遅いと感じてしまう。
家に着いたらクラッカーが鳴らされる。グレイシアが張り切って作ったバースディケーキに、こいつはどんな顔をするだろうか。家中に飾り付けられた色紙をこいつはどう思うだろうか。次々と出される料理、溢れる笑顔、おめでとうの声。こいつなりに照れながら、きっと喜んでくれるだろう。ロイのことだから、二人のレディには感謝の印としてキスくらいはするかもしれない。まあ、今日のところは大目に見てやろう。そして又色々送ってくるのだと思う。楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまうが、こうやって今から大切な思い出の一つになるだろう未来を考えることは、本当に有意義だ。
さて、夜は一体どこに行こうか。幾つかの酒場を思い浮かべ、ヒューズは考えを巡らせる。その向かいでは親友が、お返しは何にしようかと考えながら、とろとろと眠っていた。
目的地は、もう、すぐそこ。