大好きだよ、なんて。

そんな言葉で 束縛できるものではないと、わかってはいた。

わかっては いたけど…。





優しく名前を呼ぶ その声が、

以前の それとは変わってきていることに

最近、気付いてしまったんだ。






君のコトバ





「どうしたんだい?ぼーっとして。」


ふわりと 湯気の立つマグカップを持ったロイがリビングに入ってくる。

広いソファに クッションを抱えて座ったまま、応えずに見上げれば、

小さな苦笑とともに、唇に ロイの それが柔らかく触れた。


?」


ことり と、テーブルにカップを置いて、俺を覗き込んでくるロイ。

ロイの声は、甘く耳を くすぐる。

ひどく甘い その声が、俺を不安にさせていることに

ロイは気付いているんだろうか。


「ロイ…」

「ん?」

「俺のこと…好き?」

「好きだよ。」


そんなに優しく言わないで。

その声の甘さが 耳に溶ければ溶けるほど、俺は どんどん不安になっていく。


優しくなったのは、他に好きな人が できたから…?


前より ずっとずっと優しくなったロイ。

優しくなったのは、俺に対して 疚しいことが あるからじゃないの…?


「どうしたんだ、本当に。」


抱いていたクッションを放り投げ、ロイの首に腕を回す。


は 最近 妙に甘えっ子だな。」


うれしいけど、と俺を抱き締め返す ロイの腕は温かい。

嬉しいの?本当に?俺、邪魔なんじゃないの?

心の中で渦巻く問いは 言葉にはならず、ロイに抱きつく腕に力を込める。


「しよ…ロイ。ね、抱いて。」

…」


甘えて甘えて、捨てられるのなら それでも いい、と。

せめてロイから突き放されるまで、

この優しさの中に…いても、いいよね…?








  ※   ※   ※








「あれ?くん?」


夕飯の買い物をして、帰り道。


「あ、ハボック少尉…」


ばったり出くわしたのは、私服姿のハボック少尉。


「どうした?浮かない顔して。」

「そう…ですか?」


ちょっと暗いぞー、なんて 鼻先を突付かれて 苦笑する。


「悩み事?」

「いえ…」


否定したものの、表情は隠しきれなかったらしく、あっさり捕まってしまう。

早上がりの仕事帰りらしい彼は、俺を近くの喫茶店に引っ張り込んだ。


「話せるとこだけ 話してみないか?」


向かい合って座ったハボック少尉に 軽い口調で促され、

多分 誰かに聞いて欲しかったんだろう俺の不安は、

ついぽろりと 口から零れた。


俺が ロイと恋人同士だってことは、ロイが隠さなかったせいで

彼ら東方司令部の人間には 分かられすぎるほど 分かられていて、

どんどん優しくなっていくロイが怖いと、そう零せば、

ハボック少尉は 少し苦く笑った。


「優しすぎて 怖い、か。」

「ええ。何かを…取り繕っているんじゃないかって…」

「言葉じゃ、不安?」

「口では、何とでも…言えますから。」

「そうか…そりゃ…」


そこで一旦言葉を切って、ハボック少尉は にっと笑った。


「一回、けんかした方がいいな。」

「へ?」


突然あんまりなことを言われて、でもそれが頭の中を巡りきって

口から文句が出る前に、ハボック少尉は 立ち上がってしまった。


「ここは 俺が奢るよ。」


そう言って勘定を済ませると、


「ああ、そうだ。大佐、今夜ちょっと遅くなるから。」


何が何だか分からなくなり始めている俺の頭を整理させないまま


「ただし、夕飯は支度しとけよ。」


じゃあな と言い残して去っていった。

…何なんだ一体。








  ※   ※   ※








よく分からないまま家に帰り、夕飯の支度をする。

ロイは遅くなるって言われたから、温め直せるようにだけ用意した。

それが終わってしまえば、特にすることもなくて、

リビングのソファに身を沈めてラジオを聴きながら ぼーっとしていたら、

9時を過ぎた頃、ものすごい勢いで ロイが帰って来た。


「この ばか!」


帰って来るなり そのままの勢いで そう怒鳴りつけられて、訳が分からない。


「なっ…何いきなり…」

「何故はっきり言わないんだ!」

「え…な、何を…うわっ」


言えって?と問い返す前に ソファに押し倒されてしまった。


「そんなに私が信じられないか!?」


真上から 覗き込まれる体勢のまま さらに怒鳴られて、

びくり と 身を竦める。

何で突然 こんなことを、と思いかけて気付いた。


『一回、けんかした方がいいな。』


そう言った彼が、ロイに何事か言ってしまったに違いない。


「ちょっ…ロイ、落ち着いて…」

「君は落ち着きすぎだ!」


一体 ハボック少尉は何をどう言ったんだろうか。

返ってくる言葉は全て口調が きつく怒気を孕んでいる。


「どうして口に出して何も言わない!」


そんなの…嫌われたくないからに決まってる。

なんて 言えるはずもなく、俺はロイから視線を逸らして黙り込む。


…」


疲れたような溜め息を吐いて、ロイは 俺の上から ゆっくりと身を起こした。


「甘えてもらえていると、思ったんだがな…」


そのまま俺に背を向けて、立ち上がる。


「舞い上がって、君が見えていなかったみたいだ。」


着替えてくるよ、と ロイはリビングを出て行った。

…どうして、こうなるんだろう。

嫌われないように がんばってたのに。

嫌われないように 押さえ込んできたのに。


「ふ…く…ぅ」


ぼろぼろと、頬を伝う水。

自分が泣いているのだと気付いたのは 鼻の奥が痛くなってきたから。


呆れられたのは 俺が我慢していたせい?

ちゃんと言えなかった俺は 嫌われてしまった?

甘えるだけ甘えて、捨てられてもいい、なんて 嘘だ…。


!?」


着替えて戻ってきたらしいロイが、泣いている俺を認めて駆け寄ってくる。


「ふ…うぇっ…ご…めんなさ…っっ、ごめんなさいっっ…」

…」

「だっ…て、怖かっ…から……俺、嫌わ…たくな…っ」


泣いているせいで 上手く息が継げず、思うように喋れない。


「ロ…イ、好き、だからっ…捨てないで…」


こんな みっともないとこ曝して、もう嫌われてるんじゃないかと

不安になりながら 目を上げたら、





嬉しそうに笑ってる、ロイがいた。


「好きだよ、。君だけが 大好きだ。」

「ロイ…」

に 甘えられて、嬉しくてね」


言いながら、ロイは 俺の頬を伝う水を舐め取っていく。


「どんどん甘やかしたくなってしまって…」

「ん…っ」


くすぐったくて身を捩れば、ロイは くすりと笑った。


「有頂天になっていたんだ。」

「じゃあ…」

「ん?」

「じゃあ、優しくなったのは…」


俺に 隠し事してるからじゃないの…?

口に出かけた言葉は、音にするには やはり怖くて、

飲み込んでしまえば、ロイは僅かに苦笑した。


。言いなさい。」

「え…」

「言って。、君の言葉が聞きたい。」


一人で不安にならないで、と促す声は甘くて。


「ロイは…俺に 隠し事、してない?」

「してる。」

「え…」


あまりに あっさり即答されて、呆気に取られる。


「軍は 秘密主義だからね。」

「あ…」

「なんて、君が気にしているのは そこじゃないね。」


焦ったかい?なんて聞いてくるロイは 意地悪で。

けれど ひどいと詰る声は、それでも本気の色を 滲ませる事はなかった。


「愛してるのは 君だけだよ。」

「だって、口では何とだって…」

「言えるけど、以外には言わない。」

「そんなの…」

「信じられない?」

「そんな…ことは…」

「誓って言うよ。、君だけだ。」


甘く、優しく、けれど真剣なロイの声は、ゆるゆると俺の不安を溶かしていく。

…愛されてるって、思っても いい…?


「俺も…ロイだけ…ロイだけ 愛してる」




耳元で名前を呼ばれ、そこに含まれる甘さが少し濡れたような雰囲気を帯びる。


「ん…」


どちらからともなく口付けて、そのまま 二人一緒にソファに沈んだ。








  ※   ※   ※








それから数日が経った。

俺とロイの関係は上々。


「ただいま。」

「あ。お帰り ロイ。」


リビングで寛いでいたら、ロイが帰って来た。

いつもより少し遅めに帰宅したロイのために 夕飯を温め直しに向かいながら、

今日 買い物に出た時に ハボック少尉から聞いた話題を 持ち出してみる。


「デートは楽しかった?」


がんっ という音の後に「うっ」という呻き声。


「ちょっと ロイ、大丈夫?」

…それを どこで…」


言いながらキッチンに入ってきたロイは、右足の脛を擦っていて、

どうやら リビングのテーブルに ぶつけたらしいと知る。


「どこでも いいじゃない。で?」

「え?」

「楽しかった?花屋のベティ、可愛いもんね。」


作業する手は止めないまま、言葉だけをロイに向ける。


「…は 意地が悪くなったね。」

「ん?こんな俺は 嫌い?」


そう問えば、


「いいや、大好きだよ。」


そう返してくれるのを知っているから、

本当は まだ不安だったりもするけれど

妬いてるんだってことくらいは、素直に言えるようになった。


「ありがと。俺もロイが大好き。」


作業の手を止めてロイを見れば、引き寄せられて口付けられる。

ただいまのキス、なんて言いながら

深くなるそれを止めるべく 俺は口を開いた。


「で、楽しかったの?」

「っ………」


一瞬 苦い顔をしたロイは、勘弁してくれ、と情けない顔になった。


折角 温めた夕飯が冷めるのは嫌だし、

ハボック少尉に聞いてから ずっと やきもきしていたことを考えれば、

これくらいの意地悪は許されるだろう。


なんて、そんな風に考えられるようになった俺と、

俺に対して 普段の3割増し ヘタレなロイの恋愛関係は

現在 順調に進行中である。














〜End〜





あとがき

50000HIT越え ありがとうございます。
DLFお礼夢、第一弾です。

甘いと言うか何と言うか。
うちの主人公にしては珍しく恋愛に対して擦れてない(笑。

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