「こんな所に、寄り道してていいの?」
ふわりと漂うコーヒーの香りと共に入ってきた
その甘やかな安心感に、アレンは ほっと 息を吐いた。
「大丈夫です。遊んで帰るって、連絡入れたから。」
「そう。じゃ、ゆっくりしてって。」
コトリとテーブルにコーヒーを置いたは、
そう言って嬉しそうに笑った。
「上機嫌ですね。」
「だって、アレンが会いに来てくれたからね。」
久しぶりだから嬉しいよ と笑うは、アレンより6つ年上のピアニストだ。
と 言っても、年数回の小さな公演の他は、主に 子どもを相手に
教室を開いている、という程度だけれど。
アレンはの弾くピアノが好きだった。
初めてのピアノを聴いたのは、師匠について間もなくの事だ。
師匠と大喧嘩して 家を飛び出した時、耳に届いたのが彼の音だった。
「そう言えば、の次の公演て いつなんですか?」
「さぁ…まだ決まってないよ。」
ふと思い立って聞けば、返ってくるのは至って呑気なセリフで。
「決まってないって…」
「今は、教える方が楽しいからね。」
「そんな…」
あっさりと そんなことを言われてしまったアレンは、落胆の色を見せる。
「何て顔してるの、アレン。」
一体どんな表情を出してしまっていたのか、が苦笑交じりにそう言った。
「だって…」
「ん?」
「そんな公の時でもなかったら、ちゃんと聞けない…」
「え…」
「のピアノ、ゆっくり聞きたいのに…」
がピアノを弾き始めると、すぐに近所の子どもたちが集まってきて、
ゆっくり聞くどころではないのだ。
「それに、公演だったら 堂々とに会いに行ける。」
「アレン…」
「好きです 。独り占めしたいくらいに…」
言ってアレンは すっと立ち上がると、テーブルを回り、
向かい側に座っているを 正面から きゅっと抱き締めた。
とアレンは、アレンが黒の教団へ行くことを告げにを訪ねた際に、
心を繋げ、身体を繋げた、いわゆる恋人というもので。
「本当は、ずっと 側にいたい…」
遠距離恋愛というカタチを取ることになるのを承知で繋いだ関係だったけれど
やはり、どこかしら 寂しいと思う気持ちは拭えない。
「甘えん坊だね、アレンは。」
くすりと笑って は アレンのその背を抱き締め返した。
「にしか 甘えないから いいでしょう?」
「ふふっ そうだね。」
もっと甘えてもいいよ、と 唆すも悪いのだ とアレンは思う。
こうやって甘やかすから、どんどん離したくなくなっていく。
自分のものだと印を刻み付けたくなる。自分が 独占欲の塊になっていく…。
「じゃあ…抱いてもいい?」
甘えていいんでしょう?と小さく首を傾げたアレンに、
は 一瞬 驚いた表情を浮かべた その顔を赤く染め、それから苦笑した。
「まったく…君って子は。」
「何ですか。」
「愛しすぎて しょうがないよ。」
は アレンの後頭部に手を添えると、ぐっと引き寄せて
その唇に 口付けを与えた。
ぺろりと舌を出し、アレンの唇を舐めると、すぐに口腔内に招き入れられる。
きゅっと吸い付かれ、逆に貪られる形になっても、
は アレンの後頭部を抱き寄せたまま、その髪を さわさわと撫でている。
「ん…ぁ…」
「」
キスを解放して、囁きながら アレンは、ひょいとを抱き上げる。
「相変わらず 力持ちだねぇ…」
「が 軽すぎるんです。」
ちゃんと食事してるんですか と 問う声は、
厳しい色を含みながらも 優しい。
「大丈夫だよ。ちゃんとしてる。」
「怪しいなぁ…」
誤魔化されている気がして、アレンが嘆息すれば、
「じゃあ 身体に訊いて。」
は ちょっと意地悪そうに笑った。
「体力は、ちゃんとあるって 確かめて。」
そんな言葉に誘われて、我慢など出来ようはずもなく、
アレンは すたすたと 寝室に向かうと を ベッドに降ろした。
「知りませんからね、どうなっても。」
「ふふ、いいよ。好きにして。」
くすくすと笑うは やはりアレンを甘やかす。
手加減なんて しなくていいよ と笑う恋人を前にして 自分をセーブ出来る程
アレンは枯れては いなかった。
無言で口付けてくるアレンに は、
口元に笑みを残したまま、ゆっくりと 目を閉じた。
※ ※ ※
翌朝。
カーテンの開け放たれた窓から入り込んでくる日の光に
アレンは 眩しさを感じながら ゆるりと目を開けた。
「ん…」
心地良い倦怠が全身を包んでいる。
「あれ…」
隣を見れば、そこにの姿はなく、僅かな温もりだけが残っている。
と、ふわりと 漂ってきた 甘さを含んだ油の香ばしい匂い。
気だるい身体を起こし、キッチンへ向かえば、
「あ、おはよう アレン。」
にこやかに迎えるが そこにいた。
「おはよう…って、何で そんなに元気…?」
ぼんやりする頭を、あくび二回と 伸びで何とか はっきりさせ、
軽やかに 朝食の支度をするを見遣れば、
「だから、体力はあるって言ったじゃない。」
にっこりと笑って言われ、アレンは ぱちぱちと 目を瞬かせた。
普通は腰がだるくて動きたくないもんじゃないか とか、
ちょっと無理な体位にも挑戦しちゃったから きつかったんじゃないのか とか、
ぐるぐる思考を巡らせていると、
「アレン、冷めちゃうよ。」
いつの間にか テーブルには、トースト、コーヒー、スクランブルエッグに
ボイルドソーセージとサラダが 綺麗に盛り付けられた皿が並んでいた。
アレンは ぐるぐるとした思考を打ち切り、
の向かい側の椅子を引いて座る。
「いただきます。」
気だるさに あまり空腹を感じてはいなかったアレンだったが、
トーストを 一口齧った途端、急激に空腹感を自覚した。
(そりゃ あれだけ運動すれば そうか…)
微妙な納得をしてアレンは 朝食を口に運ぶ。
「次の公演が決まったら、教団宛に連絡するよ。」
自分も食事を始めながらが言った。
「うん…待ってます。」
けれど、応えるアレンの声は 心なしか寂しげだ。
理由は簡単で、毎回 公演の前に が手渡しでチケットをくれ、
聞きに来て、と笑ってくれる その笑顔が、手紙では見られないから。
「こら、アレン。」
浮かない顔をしたアレンに、は苦笑して、
アレンが何を考えていたのか、まるで分かっていたように 言葉を続ける。
「チケットは、自分で取りに来るんでしょう?」
「え…」
「あれ、違うの?」
「ちっ…違くないです!」
少し意地悪く笑うは、やはりアレンを甘やかす天才で、
アレンは、嬉しいと思う気持ちを隠すことが出来ず、わたわたと赤くなった。
「ふふっ 公演の日に 仕事が入らないといいね。」
なんて、が さっくりやってくれるので、
嬉しさは それだけで持続しはしないのだけれど。
「何で そんなこと言うんですか…」
「だって、本当のことでしょ。」
「だからって…」
一気に突き落としてくれなくたって いいでしょう と言うアレンは
恨めしげにを見る。
「いいじゃない」
けれど、そんなアレンに は ふわりと微笑む。
「君の仕事が全部終わって、いつか ここに戻ってきたら」
少し遠い夢を見るように、穏やかな声が告げる。
「そうしたら、毎日でも 弾いてあげるから。」
だから いいじゃない、と は笑うのだ。
ふわふわと 甘く、アレンにだけ向けて 笑うのだ。
「…」
「取り敢えず、無事に帰っておいで。」
「…何ですか、取り敢えずって…。」
甘やかしておいて 急に意地悪になる。
実は からかわれている だけなんじゃないかと思いながら、
それでも 幸せだと思えるのだから いいか と、アレンは小さく苦笑を零す。
食事を終えて、この 温かい時間も 終わりを告げる。
「行ってらっしゃい アレン。気をつけて。」
「行ってきます。も、身体に気をつけて。」
微笑んで見送るに、アレンもまた 笑顔を向けて、
凛とした声で、出立を告げた。
〜End〜
あとがき
五万打御礼 第二弾でございます。
ほのぼの甘々でございます。
楽しんでいただけましたら幸いでございます。
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