「よ」
「おう」
声をかけられ、振り返る。
短く交わす挨拶は、ずいぶん前から変わらない。
「軍人に、なるんだってな」
「おう」
「士官学校に行くのか」
「おう」
「出発は?」
「明後日」
「……お前も、ここを出て行くんだな」
「……おう」
問う声も、答える自分の声も、ひどく静かで。
お気に入りの高台から見下ろす夕暮れの町並みに手伝って
幾日と待たず旅立つ自分に、言い知れぬ寂寥を感じさせた。
東部の田舎町。小さいがいい町だ。
住んでいる人間も、いい奴が多い。
けど、若い奴はあまり居つかない。
内乱の頻発。
この町でなくても、近隣の町や村、どこかしらで何かしらドンパチあって
勉強どころかまともな生活もできやしないと言って、俺らくらいの歳の
連中はどんどん大きな街へと出て行ってしまう。
「は、ずっとここにいるのか?」
「ああ」
「そっか」
は、俺と同い年で、だけど既に医者として町の病院で働いている。
『一人でも多く助けたい』
2年前、そう言ったは、独学で医療を学び、さらに町医者を手伝って
知識をつけると、中央へ行くと言い、夏の盛りに単身町を出て行った。
町のために献身していたかに見えた彼の突然の旅立ちに、町の皆は
落胆したが、彼の将来を思えば仕方のないことと諦めた。
俺も、諦めていた一人だ。いや、諦めた、ふりをしていた。
その頃にはもう、昔からの仲間は、街へ出たり内乱に巻き込まれたりして
ほとんど街には残っていなかった。
若い奴がどんどん出て行く中、町のためにがんばっているが好きだった。
一人でも多く助けたいと言った、あの瞳が、本当にこの町を好いているのだと
思えていた。それを、自分のためだけに捨てたのかと思えば腹が立ち、
また、置いて行かれたような気にもなった。
の将来のため。
それはわかっていて、だけど……多分俺は寂しかったんだろう。
葛藤はやまず、俺は心の中でずっと、を責めていた。
けれど、は戻ってきた。
年が明けて、一週間も経った頃、町へと戻ってきた彼は、夏からの
半年足らずで、医療の国家資格を数個、持ち帰ったのだった。
『俺は、勉強バカだからな』
淡々と言い放ったを、かっこいいと思った。
そのあと、自分が町のためにできるのは勉強くらいしかないから、と
小さく笑った顔を、ひどく可愛いと思い、ようやく、気付いた。
ああ、俺はが好きなのだと、に恋をしているのだと。
その時ようやく気付いて、そうしたら唐突に、守りたい、と思った。
あれから、ずっと……俺は恋をし続けている。
「なあ、」
「何だ」
「1つ聞いていいか」
「内容による」
隣に並んで立ち、こちらを見ようともせぬまま返され、これもまあ
仕方のない反応かと苦笑する。
寂れていきそうなこの町が、若い手を必要としているのをわかっていて、
自分は出て行こうとしているのだから。
「じゃあ聞くわ。お前さ、どれくらい勉強した?」
「いつの話だ」
「資格取る前」
病院の手伝いをして、学校に行って、また病院の手伝いをして、
俺らと遊ぶことだって、なかったわけじゃない。
それなのに、半年でいくつもの国家資格を取れるほどの勉強を
一体いつの間にしていたというのか。
「さあ……暇な時間はずっとしていたから……」
「そんなヒマそうには見えなかったけどなぁ……」
というか、めちゃくちゃ多忙に見えていたが。
「いや、夜は基本的に暇だったから」
「夜って……」
が病院から帰るのは確か、早くても21時だったはずだ。
遅ければもっと……
「お前、ちゃんと寝てたのか?」
「ん? 大体毎日4時間は寝てたぞ」
「どんだけだお前……」
自分など毎日がっつり7時間は寝ている。
「ったく……それじゃあ、かなりじゃねーか」
「何の話だ」
「……俺が、お前に追いつくために必要な時間」
正確には追い越すために、だが、今はそれはどうでもいい。
勉強バカが、それだけやってその結果を出したなら、
体力バカはどれだけやれば、相当の結果を出せるだろうか。
「」
「なんだ、追いつくって。そもそもお前は……」
「」
名前を呼んで、の言葉を止める。
「……何だ」
「好きだ」
唐突の告白に、憮然としていたの顔が、驚いたそれになり、
今までちらりとも見なかった俺の顔を茫然と見上げてくる。
「好きなんだ、。お前を……守りたい」
友達だと思っていた人間、しかも同性からのそれでは、気持ち悪いと
思われても仕方のないことだとは承知している。
けれど、言わずにおれないのは、背中をちりちりと焼く正体の知れない
焦燥のせい。
それはきっと、もしかしたら二度と会えないかもしれないことへの不安。
かたや内乱の頻発地区、かたや戦争に命を賭す軍人。
離れてしまえば、それきりかもしれない、そのことへの不安や何かだろう。
「、俺は……」
「今更、何を言い出すかと思えば」
ふう、と息をつき、驚いてしまったことを厭うように顔をしかめては、
ぎゅっと拳を握った。
「…………?」
嫌な予感に、じり、と後退さるが、しかし一足遅く、ガン、と頭に衝撃が走る。
「ってぇ!!」
「そうか、よかったな。痛覚は正常だ」
「そういう話じゃねーだろっ」
この細腕のどこにそんな力があるのかというくらいの力で拳骨を食らわされ
目に涙が滲む。
「しかもなんだよ今更って、そんな……」
切り捨てるような言い方しなくてもいいじゃないか……
「今更は今更だ。俺は……」
言いかけて、口ごもるを、涙に潤む目で見遣る。
「?」
「っ……俺は、知ってたよ。お前が、俺を、好きだなんてことは」
「な……に?」
「ずっと……てたから……」
「え?」
小さく呟かれた言葉を、思わず聞き返せば、
「ずっと見てたんだ。知らないわけがないだろう」
ぎちりと睨まれて、しかしたじろぐ前に、気付いた。
その目に、のきれいな目に、涙、が……
「それに俺は!お前に守ってもらわないとならないほど弱くない」
言いさし、つう、とその頬を伝う一筋を、ひどくきれいだと思った。
思って、思ったまま、堪えきれずに抱きしめた。
また殴られるかと思ったけれど、は大人しく、俺の腕の中に
おさまってくれた。
「いつの間にか、でかくなりやがって……」
言われて、がすっぽりと、自分の腕で囲えていることを知る。
「行ってこい、体力バカ。仕方ないから待っててやる」
「体力バカって……ひでぇな」
「他に取り得がない……いや、あったな」
俺に抱きしめられたまま、前言を撤回して見上げてくる。
「え?」
「誰にでも頼られる、面倒見の良いお人好し」
「ってそれほめてないだろ!」
「なんだ。ほめてほしかったのか」
の涙は、もう止まっていた。
一筋伝った跡は既に消え、そこにはいつもの、少し不機嫌そうな顔。
「待っててやるから、出世して帰って来い」
「あー……俺バカだから……」
「そんなことは知ってる」
「……大尉くらいには、何とか……」
「どうせなら大総統になる、くらい言え」
「そんなこと言ったら、帰ってこれなくなるっつの」
有限不実行は嫌だとぼやけば、小さく笑う声が聞こえる。
「だから俺は、お前が好きなんだ」
「はへ?」
さらりと途轍もない言葉をもらった気がして、うっかり変な声が出た。
「ジャン、今夜は家に来い」
不遜な声が命令形で告げてくるが、その声の出所は、俺の胸に
ぴたりとくっついて、腕は腰にまわされている。
「餞別だ。この身体、くれてやる」
言った声の端が震えるのを耳に捉えて、嬉しさと可笑しさが同時に
込み上げてきた。
つい笑ってしまえば、怒ったように突き放される。
「悪い。にそんなこと言ってもらえて、嬉しかったんだって」
言いながら引き寄せて、その唇に小さくキスを落とせば。
「なにす……っ」
赤くなってうろたえるから、可愛さに負けて抱きしめた。
守りたい。
を。
の好きな、この町を。
俺の力で、何とかしたい。だから……
お気に入りの高台の、景色はすっかり日の落ちた闇に包まれ、
町にはぽつりぽつりと明かりが灯る。
ああ、この町は、ひどくあたたかい。
〜End〜
あとがき
ええと……ツンデレではなくクールビューティです(のっけから無駄な主張)
ハボが士官学校に入る前のお話です。町の設定は捏造です(当たり前だ)
15巻169頁のハボの台詞「自分でどうにかしたいと〜」から妄想しました。
このあとハボは大佐と出会い、「大総統になる」と言い切る大佐に
ついていくことを決めるわけですが……
(は自分よりこんな人の方がいいんだろうか……)なんて葛藤が
密かにあったりしたら萌えだな、と(笑。
それで「そんなわけがあるかバカ!」と怒鳴られていればいいな、と(笑。
それから……11巻の「捨ててけよ!置いてけよ!」の中に、
主人公への気持ちがあったりしたら萌えるな、なんて。
突っ走ってみました。
あ、なんか初めてまともにあとがきらしいこと書いてる気がする(笑。
よろしかったら、受け取ってやって下さい(礼。