僕が君に捉えられた その記念日に






今日は、久しぶりの休暇。

ベッドの上、目を開けて 時計を見れば 午前8時。

少しだけ、ほんの少しだけ 自分を甘やかして、目覚ましをかけなかった。


ころころと ベッドの上を左右に転がる。 気持ちいい。


昨日 唐突に言い渡された今日の休暇は、

多分 司令部の みんなからのプレゼント。

今日は、俺の誕生日だから。


「…気ィ 遣わせちゃったかな…」


最近少し疲れていたから、それが表に出ていたのかもしれない。


「ありがたく、休ませて頂きます。」


ベッドに寝転んだまま、手を合わせて呟いた。

多分 提案者だろうロイの、勤務中の姿を思い、ふと笑みが零れる。


そういえば…あれから もう 10年経ったんだ…。








  ※   ※   ※









イーストシティから 少し離れた、それなりに大きな町。

俺の生まれ育った その町で、俺たちは出会った。


すっかり晴れた その日、俺は午前中の町を 歩いていた。


パパパン、と 町の真ん中で 響く音。


…あいつら、またやってんのか!


町のチンピラども。

金を持ってそうな旅行者を狙って 爆竹を投げ、

驚いている隙に 金目のものを盗って逃げる。

そんなことをしている バカどもが、この町には山といる。


今日も いい獲物がいたようだ。

大通りに走り出てみれば 案の定。

一目で良質とわかるジャケットを着た若い男が、チンピラどもに囲まれている。

この前見たのとは 違う奴らだ。


間に合うか…?


チンピラの一人が、男の鞄に手をかける 寸前。

そいつの背に 蹴りを入れることに成功した。


「どわっ!」

「てめぇ 何しやが…っ!」


全て言わせず 腹に蹴りを入れる。


「お前らさぁ、いい加減にすれば?」


我ながら よく言えたもんだと 毎回 思うよ。

明らかに自分より 年上とわかる人間に、蹴りを入れた挙句に、だ。


「んだとぉ!?」

「このクソガキ!痛ぇ目見てえってのか?!」


束になって 全員が 俺に敵意を向けてくる。

チンピラって これだから 扱いやすいよな。

一斉に向ってくる内の 2・3人を 蹴飛ばして、


「おい、そこの お兄さん!ぼーっとしてんな!」


呆然としている男の手をつかんで走る。

当然 奴らは追ってくるわけだが、俺の土地勘と脚力を以ってすれば、

撒くのはわけがない。

走り抜ける路地は、連れて逃げる奴の体力に合わせて数種類のルートを作ってある。

この男は 足が速い。運動能力は申し分ないってことか。


「お兄さん、まだ 走れるか?」


軽く振り向いて問えば、こくりと 頷くのが見えた。


「じゃ、こっちな。」


選んだのは 急な上り階段。奴らを撒くには これが一番効果的。

彼の手をつかんだまま、一気に駆け上がった。








  ※   ※   ※









上りきって、また少し走って、公園に出た。


「ここまで来れば、もういいだろ。お疲れさん。」


そう言って 彼の手を離そうとしたら、いつの間にか彼のほうからも

俺の手を握っていたことに気付いた。


「あの…」

「あ、ああ、すまない。」


ぱっと、手が離れる。


「この公園の反対側から出て、階段を下りれば駅だから。」


今来た方とは逆を指差しながら告げると、

彼は 地図を引っ張り出して もう一度 俺に確認してから、ありがとう、と 頷いた。


「じゃ、俺はこれで。」

「あ…」

「え?」

「あー…お礼に…飯でも、どうかな。」

「は?」


今まで何人か 同じように連れて逃げたけど、飯に誘われたのは初めてだ。

つか、他の誰かに誘われたこともないから、これが初体験。

誘われ方も、断り方も わからない。


「いや、いいよ 別に。そんな 気にしなくたって。」

「それじゃぁ 俺の気が済まん。」

「と、言われても…」


どうすりゃいいんだ?


「俺の名は、ロイ・マスタング。君の名前を 訊いてもいいかい?」

「え、あ。俺は、。」

「じゃあ 。食事に誘われてくれないか?」


その「じゃあ」は どこに係るんだ…?


「だから、気にしなくていい、って…」


取り敢えず 断ってみれば、


「…君は いくつだ?」

「は?」

「年は?」

「13…あ、今日で14に なった。」

「そうなのか…。じゃあ尚のこと断ってもらっては困るな。」


どうして そうなるんだ…。

もしかして、俺 余計なこと言ったか?


「なんで?」

「これも 何かの縁だ。祝わせてくれ。」


…何なんだ このお兄さんは…。


「わかった。行くよ。」


そう答えたら、彼は にっこりと 笑った。








  ※   ※   ※









なんだか、高そうな店に連れて行かれて、気後れしていると、

子どもが 遠慮なんてするな と、さっき断ろうとしたことも含めて怒られた。

そんなことを言われても、と思ったが、了承して付いて来たからには、

今ここで遠慮するのは 何だか失礼な気がして、口には出さなかった。


飯を済ませて 店を出ると、


、よかったら もう少し 付き合ってくれないか?」

「え?」


彼は、窺うように そう言った。


「夕方まで 暇なんだ。もう少し、君と 話がしたい。」

「別に、構わないけど…」




結局。

日が暮れるまで一緒にいた。


彼が 俺を と呼ぶから、どう呼ぼうか迷って、

ロイさん と呼んだら、ロイでいい と苦笑された。

さん 付けは くすぐったいらしかった。


特に何をするでもなく、他愛もない会話だけで時間が過ぎたけれど、

つまらないとは 思わなかった。

むしろ楽しかったと 思えるのは、何故なのか。


家まで送ると言ったロイを、旅行者に送らせるわけにはいかないと、

半ば強引に、彼が宿泊を予約しているという ホテルまで 引っ張っていった。


「今日は ありがとう。楽しかった。」


と言って 渡されたのは、小さな紙切れ。


「何?」


開いてみると、住所と電話番号…。

ロイって何か…可愛いな。


「また会えるかな。」


くすり と笑って そう言えば、


「ああ、もちろん。」


嬉しそうな顔をする。


「じゃあ、また。ロイ、元気で。」


そう言って差し出した手を、握り返された と思ったら、ぐん と身体が引っ張られた。


「ん!? 」


唇に 柔らかい感触。抱き締められている。


「一目惚れだ、。このまま 君を離したくない。」


嫌だ、とは 思わなかった。

ただ、ああ そういうことか と、納得した。


「気持ち悪いと 思うかい?」


そう訊かれて、首を横に振る。


「気持ち悪いとかは 思わないよ。でも…」

「でも?」


軽く ロイの胸を押しながら、その腕から抜け出そうと試みる。


「暑いから 離れて。」


だって もう、くっついてるところが 汗ばんできてる。


「いい雰囲気だったのに…」

「14歳に ムード求めんなよ。」


何だか 笑いが込み上げてきて、くすり とやったら、ロイも笑い出した。

一頻り笑って、必ず手紙を書くと 約束して 別れた。








  ※   ※   ※








それから しばらくの間あった 手紙のやりとり、たまに掛けられる電話は、

いつの間にか 回数が減り、そのうちに途絶えてしまった。

ロイは 自分の身元について あまり語らなかったから、

俺は ロイが士官学校に入ったのも、軍人になったことも 知らなかったんだ。


連絡が絶えたのは、丁度イシュヴァールの内乱の頃。

書いた手紙に返事が来ず、電話は呼び出し音が鳴るばかり。

そのうち、出した手紙が宛先不明で戻ってくるようになり、

電話は不通音しか 鳴らなくなった。


俺も忙しくなっていき、そのうち 彼のことは

俺の中でも だんだん薄れていった。


軍人の親父の奨めで 士官学校に入り、上位の成績で卒業。

軍人になるつもりは さらさら無かったが、運動能力を買われて 中尉官を与えられ、

イーストシティの司令部に押し込まれた。…ら、ロイがいた。

開口一番に、


『何で あんた顔変わってないの!?』


と叫んでしまったことは、未だに司令部の笑いの種にされている。




「ま、あれも いい思い出だよな。」


よっ、と 声をかけて ベッドから起き上がる。


あれから ロイとは、色々な 話をした。

空いてしまった時間を 埋めるかのように。


ぼんやりと 思い返していたら、いつの間にか かなりの時間が過ぎてしまっていた。

せっかくの休日なのだけれど、特にすることがない、ってのは困りものだ。


「買い物って言ったって…今 必要なものは揃ってるしなー…」


しばらく 悩んで、読みかけの本を 読破してしまうことに決めた。

軽く朝食を取り、本棚から 読みかけの本を抜き取っていく。


これと、これか。あ、これもだ……これもかよ…。


何だか どうしようもない 読み方をしてしまっている自分に少々呆れつつ、

本をベッドの上に置き、床に座って ベッドを背もたれにして 読み始めた。








  ※   ※   ※









ふわり と、甘い香りがする。




「ん…」


いつの間にか 眠ってしまっていたらしい。


「あ…ロイだー。いらっしゃい。」


目を開けたら、合鍵を使って入ってきたらしいロイが、

しゃがんで 俺を覗き込んでいた。


「まったく、チャイムを鳴らしても返事が無いから、出かけているのかと思えば…」


こんなところで 寝ているなんて、と

ため息を吐くロイの首に腕を回して、抱きついた。


?」

「……おなかすいた。」


本に夢中になりすぎて、昼飯を食っていない。

メシ作るの 面倒かも…。


「ところで、今何時?」

「5時を過ぎたところだ。」


ありゃ。もう 夕飯を作るべき時間じゃないですか。


、食事に 誘われてくれないか?」

「え…」


抱きついた体勢から、顔を上げてロイを見る。


「今夜は 食事に行こう?」

「あ…」


何だか嬉しくなって、思い切り良く頷いた。

朝に あんなこと、思い出してたせいだな、きっと。


「じゃあ、その前に。」


と 言ったロイが 俺との間に 少し間を取ったかと思うと、

ばさり と、手渡された それ。


「う…わぁ…」


真っ赤なバラの花束。10本や20本ではない。

甘い香りの正体は これか。


「10年目…だからな。」


初めて会った あの日から、と。


「キザ…」

「うるさい。」

「恥ずかしいこと すんなよ。」

「いらなかったか?それ。」

「…ありがと。」

「ああ。」


ベッドサイドに飾ろうか。

この甘ったるい香りは、案外嫌いじゃない。


「じゃ、行こうか。」

「待った。これ…水切りしてやんないと…」


少しでも長く保たせたいなら、せめて 花瓶に移すだけでも してやらなきゃだ。

花束を持ったまま、花瓶を探しに行こうとしたら、

後ろから抱き締められた。


「わっ」


一度 ぎゅっと 抱き締められて、腕が緩んだかと思うと、くるりと反転させられる。

向き合う形で降りてきた キス。


「ん…」

「ハッピーバースディ、。」


唇を触れ合わせたまま 囁かれ、また 口付けられる。



昼食を抜いた身体は 空腹を訴えるけれど、

手に持った花は、早く水に浸けてくれと 言っているかもしれないけれど。



もう少し、

もう少しだけ、




このままで…











〜End〜