プリンと君と





いつもの電車。いつもの車両。


「ほんと、おいしそうに食べるよねぇ……」

「あ?」


つぶやくウラタロスの視線の先には、モモタロス。と、ハタのささったプリン。

モモタロスが嬉しさを隠せない表情で口に運ぶプリンは、

自分の前に置かれた同じそれよりも数倍美味しそうに見える。


「似合わない、と言いたいところだけど……」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、さっきから」


せっかくのプリンが不味くなるのを厭うて、モモタロスは

それを口に運ぼうとした手を止めた。


「いや、だってねぇ……」


ぶちぶちと独りつぶやくウラタロスに業を煮やして、


「ああもう! 言いてぇことがあんならさっさと言え!」


もしくは黙れと言い捨てたモモタロスが、もう待っていられるかと

プリンにかじりついた、その時。


「だって、可愛いんだよね、君」

「ぶふっ」


さらっと吐き出されたずばりの問題発言に、モモタロスは

口からプリンを噴き出した。

そのままごほごほと噎せ込み、ようやっと息を落ち着けると、

モモタロスは、噎せたせいで潤んだ目でキロリとウラタロスを睨んだ。


「てんめぇ……」

「おっと、気に障っ……」


気に障ったかな、とウラタロスが言い切る前に、


「てめぇのせいで、プリン吹いちまっただろうが!」


モモタロスが喚いた。


「え、あの……」

「ああ、もったいねぇ」

「ちょっ……」

「嫌がらせならプリン食い終わってからにしろ」


ケンカならいくらでも買ってやる、と言い捨てて再びプリンを

口に運ぶモモタロスは、呆気に取られて黙ったウラタロスを

すでに思考から除外したらしい。

かつかつと本当に美味そうにプリンを平らげ、満足気な息をつく

モモタロスを、ウラタロスはぽかんと見ていた。


あまりにもあっさり、こう面白い態度を取られると、逆にそれが

可愛く感じるものだと思い。

そう思った途端、笑が込み上げてきた。


「くっ……くくくっ」

「あ?」

「ふはっ、ははっ」


押さえ込もうとしても、湧き出して止まらない笑いに、ついに

噴き出してしまいながら、身を屈めて肩を震わせるウラタロスを

モモタロスは訝しげな顔で、少々引き気味に見ていた。

が、しばらくしてもウラタロスの笑いは引かず、震える肩は

苦しそうなのに、それでも笑い続けている。


「おい、お前……」


見ている方が苦しくなってきたと、モモタロスはウラタロスの肩に手をかけた。

笑が止まらず、震えている肩をつかんだはいいが、これからどうすれば、と

モモタロスが考えているうちに、今度はウラタロスがその手をつかんだ。


「っ……なにっ」


何でオレの手を握るんだと、その手を振り払おうとするが、

思いの外強く握られていて、簡単にはいかず。


「んぐっ」


ぐい、とその手を引かれたかと思えば、次の瞬間には

唇に当たる感触と、目の前には、にくたらしい奴の顔が、

しかし近すぎて、それと認識できないところにある。


触れて、離れた。

たった数秒の、それが何を意味するかなど、モモタロスにはわからない。


どん、とウラタロスを突き飛ばし、ずささ、と思い切りよく身を引いたモモタロスに、

まずいことをしたとウラタロスが青い顔をさらに青くする前に。


「頭突きはっ! くちじゃなくて! でこだろう!!」


彼は、少々ズレた思考を、混乱のまま叫んでいた。


「……え」


その台詞に、呆気に取られた一瞬後。

ウラタロスは、ぶは、と噴き出す。


「ははっ……きみって、ほんと……っくく、はっ」


笑いながら無理に喋ったせいか、呼吸がひきつり、喉からひぃひぃと

音が上がっている。


「てんめぇ……マジでケンカ売ってんのか亀野郎!」


モモタロスからすれば、さっぱりわけのわからないウラタロスの反応に

気が長いとは言い難い彼は、売られたケンカは今すぐ買ってやる、と

身構えた。が。


「っ……今は、やめておくよ……くくっ」


抜け切らない笑いを、けれどこのまま取っ組み合いになれば、

笑い疲れている自分に明らかに分が悪いと無理矢理抑え、

ウラタロスは売ったつもりはないケンカの支払延期を申し出る。


「それ、食べてくれていいから」


言い置いて、まだ手をつけていなかった自分のプリンを残し、

ウラタロスは笑いの余韻を引きずったまま車両を出た。


きっと訝しげな顔をしながらも、プリンは平らげるであろうモモタロスを

想像して、ウラタロスはまた笑う。

なぜ、こんなに彼を見ているのが楽しいのか。ただ可愛いと思うだけなら、

ウラタロスにとっては良太郎だって可愛いのだ。


(反応が面白いんだよね反応が)


くつくつと笑いながら、けれどウラタロスは認めない。

モモタロスに……彼のそれに己の唇を触れさせてしまった理由など、

ただの度の過ぎたからかいだと自分に言い聞かせるように思っていることを。


ウラタロスは認めないのだ。

この楽しさが、何を根底にしたそれなのかなど。

わかっていながら、素知らぬふりを、肉めいた笑みを浮かべることで。


(さて。笑いも引いたことだし、戻るとしようか)


ドアの開いた先、そこに見えるのは、彼のどんな表情だろうかと

浮かれたことを考えてしまい。

ウラタロスは己の思考に苦笑を浮かべてから、何でもないようにドアを開き

モモタロスの元へと、戻っていった。











〜End〜





あとがき

何だかぐだぐだになってしまいました(沈。
じゃれあい以上恋愛未満。
初書きってことで堪忍してやって下さい(平謝。

相互リンク、ありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願い致します。