「あれ? 」
「ん?」
「くちびる、荒れてね?」
「え? あ、ああほんとだ」
部活を終えて帰り道、校門でばったりと出くわした山本と
同じ方向だし一緒に帰るかと歩いていると、ふいに山本が
ついと俺のくちびるを撫でた。
「うえ、マジでがさがさじゃん」
自分で確かめればたしかに、乾いて浮いた皮膚が硬くなって
ざらざらになっている。
「はいこれ」
「なに?」
ほい、と山本が差し出したのはリップスティック。
「なんでそんなん持ってんだ」
「なんでって、獄寺が痛いっつっていやがるから」
「なにを」
「ちゅう」
「……あ、そう」
きいた俺がばかでしたよ。ええ。
この彼氏大好きヤロウめ。
「はいやがられねぇの?」
「なにを。だれに」
「雲雀にちゅー」
「……」
むしろ積極的ですけれどもね、うちの彼氏さまは。
って、まてよ?
もしかしてキスの前に延々と俺のくちびるを舐めてから
かじりついてくるのはそういうことか?
「痛いのかな……やっぱ……」
「んん? 思い当たる節あり?」
「うるさいよ」
「まあほら、とりあえず使ってみろって」
いちおうは男性向け商品であることが記されたそれを
でもやっぱりオンナっぽくていやだなと思いながらも
ぬってみたが……
「あ、間接ちゅう」
「……おまえね」
「ん?」
「いや、なんでもない」
その手の茶々は言われると気になるんだよ。
言われなきゃまったくこれっぽっちも気にしないのに。
「あー、ここまでがさがさになったらあんま意味ないかも」
クリームで柔らかくなったとはいえ、一度ささくれた皮膚は
ごそごそともたついて感触がわるい。
「そうか? さっきよりは……」
とつぜんに、ちゅう、と。
くちびるに。
たしかにちゃんとケアしているだけあって山本のそれは
なめらかな感触だった。
「やらかいぜ?」
「おまえね……獄寺にばれたらどーすんの」
「と間接ちゅーなら獄寺喜ぶよ?」
「うそつけ」
「いやほんとに」
リップスティックを返しながらいやそうな顔を見せるが
しかし山本にそんな不機嫌顔が通用するはずもなく。
「獄寺はたぶんならくちびる痛くても喜んでキスするし」
「なんだよそれ」
「ん? ただの事実だぜ? 獄寺はお前のことすきだもん」
「いいのか彼氏、そんなんで」
「だって俺もすきだもん」
「もん、ておまえ……いや、いいけど」
ああでも、俺だけずるいって怒られるかな、などと
あほなことを呟く山本見る俺の目はたぶんじと目だ。
こいつらの恋愛観はいまいちよくわからない。
わからないけど、悪い気がしないのはなんでなのか。
「雲雀と別れたら俺らんとこ来いよなー?」
「別れないし」
「うん……それはまあ、知ってる」
知ってるのか。
とは言ってやらない。
俺はそこまで鈍くはないし、親切でもない。
それを悪いとも、思わない。
「じゃあ、俺はここで」
「えー? どっか行くの」
いつもはもうちょい先まで一緒じゃないかという目で
俺を見るな山本よ。
そんなに俺と帰りたいのか。
「コンビニ寄るんだよ、さっきの買って帰る」
「え、じゃあ付き合う付き合う」
「いいよ、いらねーよ、大した用じゃないだろ」
「なんでだよ、二人で選んだほうが楽しいじゃん」
「女子高生か!!」
つうかコンビニに選ぶほどの種類があるとは思えない。
「あ、そだ。おれもゴム買って帰んないとだし」
「中学生が制服でそんなもん買うなばか」
「ははっ、やっぱだめかー」
からりと笑った山本は、結局コンビニまでついてきて、
いそいそと牛乳インゼリーを数本購入して満足げに店を出た。
それから別れる道までは、くだらない話をして歩いた。
あ? 今までの話もほとんどだいぶくだらなかったって?
うるさいよ。
「じゃあな、山本また明日」
そして分岐の交差点。
挨拶くらいは顔を見て、と小さいころの教えを守るよい子な俺は
くり、と山本を振り向いた。
「おう。また明日な」
……のをいいことに、ちゅう、と再び。
「もうおまえ怒られろ」
「ははっ、じゃーな」
屈託なく笑って帰っていく山本を少しだけ見送って、
俺も家へと歩を進める。
果たして恭弥は喜んでくれるだろうか。
断わり損ねた袋の中、かさりとリップスティックのパッケージが揺れた。
end