1.恋愛感情




放課後の家庭科調理室。

通常、調理実習以外には使われないはずのそこから、香ばしい

油の匂いがしている。


「入ってきたら? 今日はまだ、君らの苦手な恭弥はいないよ」


小さく笑ったような声の主は、

並盛中の2年生であり、風紀委員長、雲雀 恭弥の幼馴染。そして、


「あはは。おじゃましまーす」

「よっス。うまそーな匂いだな」

「腹減ったー」


の声に促され、調理室に入ってきた3人、沢田 綱吉、山本 武、

獄寺 隼人のクラスメイトである。


「今日は早いんだね。山本、部活は?」


調理中のフライパンにさらに材料を放り込みながら、は、

いつもより早い時間の来客に微笑んだ。


「病欠が多くて、練習中止になっちまったんだ」


学級閉鎖みたいな感じで部活中止、と、笑う山本の顔には、

でかでかと「動き足りない」と書いてある。


「そう。血の気余らせて、ここで暴れないでね」

「この野球バカが暴れたら、オレが止めてやるよ」


どうやら本当に空腹らしい獄寺が、調理台にもなるでかい机に

べろりと懐きながら言った。


「被害が10倍になるから遠慮するよ」


にっこり笑って返しながら、は、手元のフライパンを手早く動かす。

獄寺がダイナマイトを常備していることについて、はまったく

意に介していない。

さすがは、雲雀 恭弥の幼馴染と言うべきか。


「ね、、あの……」


手際よく料理を作っていくに、ツナが控えめに声をかける。


「ん?」

「オレたち、邪魔じゃない?」

「え、なんで?」

「だって……ヒバリさんのごはんだろ、それ」


が放課後、調理室にいるのが、雲雀のためだというのは有名で、

雲雀の権限でスペアの鍵まで持っているという。

自身は、校長から、くれぐれも危険な扱いだけはしないようにとの

注意をもらっただけで、その使用があっさりと容認されてしまったのは

やはり雲雀のせいだろう。


「恭弥は恭弥だし、沢田も山本も獄寺も、俺のごはんおいしいって言ってくれるから」


邪魔なんかじゃない、と言うが、ふわりと、本当にふわりと笑った

その瞬間、ガラリ、と。


「なに、また群れてるの、草食動物」

「げっ、ヒバリ!」

「ひ、ヒバリさん」


入ってきたのは雲雀 恭弥。


「あれ、恭弥。委員会で遅くなるんじゃ……」

「僕の前で群れないでくれる? 咬み殺すよ?」

「って、聞いてないね」


調理室内にたまっていた3人を見るなり、好戦的な態度を見せる雲雀に

獄寺は既に応戦する気満々で、いつもは取り成すはずの山本も今日は

動きたくてたまらないのだろう。バッドに手をかけようとしている。

おろおろしているのはツナだけで、はといえば。


「沢田、先に2人で食べようか」


一触即発、という状態の3人を見事にスルーして、できたての彩の綺麗な

チャーハンを2人分取り分け、机に並べている。


「ちょっ、……」

「大丈夫、大丈夫。皿の1枚でも割ったら、まとめてあっちに送ってやるから」

(こわ……っ)


あっちってどっちですかなんて訊けやしない。

にっこりと笑ってレンゲを渡してくるに、ツナは頬を引き攣らせながら

はは、と小さく笑い返した。


「ちょっと、それは僕のごはんでしょ」

「あ、こらヒバリ! 逃げんのか!」


さっさと食べ始めようとしているに、雲雀がつかつかと歩み寄る。

臨戦態勢で放置された獄寺が喚いたが、雲雀はもう聞いちゃいない。


「なんだ、暴れてから食べるんじゃないの」

「ここでそんなことしたら、食べさせてくれないくせによく言うよ」


しらっと言ってのけたの言葉に、雲雀は少しむすっとした顔をして

はやくごはん、と急かす。


「はいはい。山本と獄寺も、こっち座って」

「僕は群れるの、嫌いなんだけど」

「じゃあ恭弥は別の机でどうぞ」

「僕以外を隣に座らせようだなんて、いい度胸だね」

「じゃあ俺があっち行くから、恭弥はここ座れば?」


がそう言った瞬間、向かいに座っているツナが、ぴきんと固まった。


(論点ズレてる上に、その提案は大迷惑だよーっ!)


しかしツナの内心の絶叫には、この場の誰も気付かない。

そしてさらに。


がそっちで食うなら、オレもそっち行こうかな」


へらりと笑った山本が、火事場に油をぶち撒けた。

その言葉に反応した雲雀のまとう空気が、すっと温度を下げる。


「オレは十代目と食いますからね!」


にかっと笑ってツナの隣に座る獄寺の、視線はけれどちらちらと

向けられている。


(ちょっともう……モテすぎだよ……)


もう泣いてしまいたい気持ちで、ツナはしかしことの成り行きを、震えながら

見守るしかない。なぜなら、


「はい、獄寺。沢田も、冷めないうちに食べなよ」


オーラ氷点下の雲雀をまったく気にしていないが、全員の視線も

思惑も、すべてきれいにスルーしているからだ。


(余計なこと言ったら、今度はが怖い……)


本当に、どっちだかわからない「あっち」とやらに送られてしまうのではないか

という不安から、ある意味、雲雀の「咬み殺す」発言より怖いかもしれないと

ツナは思っていた。


「ちょっと、どうして僕より先にそっちに勧めるの」

「恭弥がさっさと座る場所決めないからだってば」


きぱっと言われた雲雀は、かなりムっとした顔をしながらも、の隣の

椅子を引いて座った。


「じゃあ、山本はそこね」


笑って、いわゆる、お誕生日席と言われる場所を割り当てられた山本が

おう、と答える声に苦笑を滲ませているのも、はさらっとスルーする。

この部屋においては、誰もに勝つことはできない。


(だって、おいしいんだもんな、ごはん……)


ツナは、ランボに弁当を取られ、ひもじい思いをしていた放課後、初めて

連れてこられた調理室で、作ってもらった野菜炒めの味を忘れられない。

ツナの母親の料理もかなりのものであるが、こちらはまた別。

その後、山本と獄寺も一緒に何度か誘ってもらい、いつのまにか誘われなくても

来るようになって、今ではここに来るのが当たり前になっている。

そして、それが雲雀とブッキングすると、今日のようなことになるのだ。


「んじゃ、いただきます」


皿を受け取った山本が、上機嫌に言って、さっそく食べ始める。

雲雀はとっくに無言で食べ始めていた。


「い、いただきます」


ツナが言うと、獄寺も、いただきます! となぜか気合十分に言って

少しだけ冷めてしまったチャーハンを口に運んだ。


(やっぱり、おいしい……)


雲雀がいるせいで、口に出しては何もいえないツナだが、自然顔が綻ぶ。

それを見たが、うれしそうに、ふわっと笑った。


どきん、と、ツナの心臓が跳ねたのは、の笑顔にときめいたから……

というのもあるが、その笑顔につい見とれた山本と獄寺に気付いた雲雀の

目つきが、ちりっと険しくなったからだった。


(シュールな絵だよなぁ……)


食卓を囲んでいるのは男5人。

そのうちの一人は、誰もが恐れる雲雀様だ。

がいなければ決して成り立たないであろうこの状況を、喜んでいいのか

嘆けばいいのか、ツナにはもうわからない。

特に今、雲雀がブリザードを吹かせている状態では。


「ちょっと恭弥、もっとおいしそうに食べたらどうなの」


せっかく作ったのに、そんな仏頂面で食べるなと、が頬を膨らませる。

ぷっと膨らんだその頬は、思わずつつきたくなるように、ぷるりとしていて。


「はー……君がそういうことをするから……」


山本と獄寺の指が、ぴくりと動いたのを、溜息をつく雲雀はもちろん、ツナでさえ

見逃さなかった。


「は? なに言っ……」


ぷすり、と。言いかけたの頬を、雲雀の人差し指がつついた。


「なにするのさ」

「なんでもいいでしょ。それより、残ったごはん、握ってくれる?」

「へ? いいけど……まさかまた草壁さんたち待たせてるの?」

「そ。仕事の途中だったからね。他の奴は帰したから、一人分でいいよ」

「もう、仕事を終わらせてから来てよ」


いつも待たされる草壁がかわいそうだと、


「俺はべつに、いつまででも待ってるのに」


そうが言った途端。


(もう勘弁して、ーっ!)


今度は山本と獄寺の空気が変わり、ツナが青褪めた。

雲雀がの頬をつついたのを、表情こそ変えないが、羨ましそうな目で

見ていた2人が、今のの一言で、びしりと嫉妬の空気を丸出しにしたのだ。

獄寺は噛み付きそうな顔で、山本は少し引き攣った笑顔で2人を見ている。


「食べ終わったなら、さっさと仕事戻りなよ恭弥」


そんな2人の視線に気付いているのかいないのか、草壁をあまり待たせてやるなと

が雲雀を急かした。


「おにぎりは?」

「あとで持ってく」

「ふぅん、じゃあ、は特別に僕が家まで送ってってあげる」

「なにそれ、いらないし」

(ああぁぁぁ、やめてっ! 雲雀さんも煽らないでぇぇっ)


絶対雲雀は、わかってやっているのだ。

山本と獄寺が、心中穏やかでないことくらい。

そしてまた、も、もしかしたら。


(気付いて、るよねぇ……?)


自分が気付くくらいだから、聡い彼が気付かないはずないとツナは思ってしまうわけで。


「じゃあ、僕は戻るけど」


ちらりと雲雀の視線が自分を横切ったのに、ツナはびくりと身を竦めた。


「応接室まで群れてきたら、咬み殺すから」


誰を、とは言わない。言われなくても分かる。

山本と獄寺と、ついでにツナだ。


「あー、はいはい。わかったから」


のぞんざいな返事に、不平を唱えることもなく、雲雀は調理室を出て行った。


「ったく……ごめんね沢田。恭弥のせいで、ごはんおいしくなかったでしょ」


あのピリピリした空気じゃ、食べるものもおいしくないよねというは、

山本と獄寺が似たような空気を発していたことには気付いているのだろうか。


「お詫びに、明日はクッキー焼いたげる。沢田、なに味がいい?」

「え? あ、えーと……チョコチップ、とか……」

「んー、オッケィ。やっぱかわいーね、沢田は」

「え……わっ!」


突然、ぎゅう、と抱きしめられて、ツナは焦る。


「ちょっ…………っ」


見ている。山本と獄寺が。自分を、じーっと。


(うぁー、もうほんと、勘弁してくださいーっ)


はやっぱり気付いていたらしい。

食事中にぴりぴりした空気を撒き散らしていた3人に、実は一番キレそうだったのは

なのではないだろうかと、ツナは気付いた。


そこでキレたりせず、冷静に対処し、雲雀を追い払い、山本と獄寺には

微妙な嫌がらせをしているを、大人だと思えばいいのか、大人気ないと

思えばいいのか。


(なんでもいいから、オレを巻き込まないでぇぇっ)


なぜかこの場で一番の被害者になってしまったツナの内心の叫びは……

やはり誰にも、気付いてはもらえなかった。















〜End〜





あとがき。

復活連載第一話、お楽しみいただけましたでしょうか。
俺は書いててかなり楽しかったです!(笑。
次回も是非、お付き合いただければ嬉しい限り。

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