邂逅は突然で。
その瞬間、何かが始まりを告げたことを知るのは、
正しく 神のみ だったかもしれない。
深夜0時。
血に濡れたアスファルトに 足を投げ出して座り込み、
睨み上げる男と、そこを通りかかり 足を止めた 男。
交差した視線。
始まりの 合図。
「何?」
沈黙を破ったのは 血にまみれた男。
よく見れば アスファルトに溜まる血は
彼の右腕から流れ出ている。
「見せもんじゃ ねぇんだけど?」
微かに笑いを含んだ その声は、不思議な透明感を持っている。
「悪い。ただ、あんまりにも 壮絶な光景やったもんで。」
血に濡れた美人て ええなぁ、などと関西弁で呟く男は、
軽口を叩く割に、表情は 冗談を言っている それではない。
「あ、そ。どうでもいいんだけどさ、もう行ってくんない?」
対して、そんな彼を 追い払おうとする男の声は
皮肉めいた笑いの色を消さない。
「血ぃ、出とるし。」
「ああ。切れてるからな。」
「せやったら 病院に…」
「いらねぇよ。そんな 深くない。」
「けど…」
「放っとけよ。さっさと行け。」
突き放す声にも 硬さや苛立ちを含まない彼の声は、
それでも断固として関わりを 拒む響きを持っている。
しかし、相手は そこで めげなかった。
「じゃあ、うちに来て。」
「は?」
きょとん と、見上げる男の表情は、笑みが抜けたせいか
少しばかり 幼く見えた。
「病院が嫌なら、うちにおいでって言ってるんです。」
「何で?」
先程 驚きに 笑みの抜けた顔には
今度は 面白がっているような表情が張り付いている。
「そのまま放っておいたら あんた死にそうや。」
「死にゃしないよ。」
だから 放っとけ、と言われて関西弁の男は
Tシャツの上に着ていた 薄手のシャツを脱ぐと、
まだ 血を流している男の腕を掴んで 二の腕を ぎちりと 縛った。
「痛…っ」
「このシャツな、俺のお気に入りやねん。」
「あ?」
「だから、うちに 来て。」
勝手に シャツを 巻きつけられた男は、
再度 きょとんとした表情になったかと思うと、
「く…くくっ」
「え。」
「あ、あは…あはははははっ」
発作的に笑い出した。
「おまっ…お前っ…面白…っっ」
笑いを収めることが出来ずに、肩を震わせながら彼は、
「わかったよ。」
よっ と声をかけて 立ち上がった。
「俺は 。あ、下の名前な。上は 秘密。」
「忍足 侑士や。」
「あれ?こんな得体の知れないのに 名乗っちゃっていいの?」
「これから 家来る人間に 隠してもな。」
そりゃそうか、と 呟いたは
やはり 面白いものを見るように 忍足を見ていた。
※ ※ ※
忍足に連れられてがやってきたのは、
中級と言えるだろうマンションの7階だった。
「適当に座っとって。今 救急箱…」
「あー…いや、おかまいなく。」
「お構いする為に連れてきたんやっちゅーねん。」
を リビングに案内して、忍足は救急箱を取りに行く。
「変な奴…。」
ソファに座ったは ぽつりと 呟いた。
通りすがりに見つけた血みどろの人間を
かなり強引に 自宅に連れてきてしまうなんて。
「今は 物騒な世の中なんだぞぅ?」
そこにはいない忍足に向けて 呟くの顔には
薄く自嘲が浮かんでいた。
「おーい、…サーン?」
明らかに‘サン’付けの前に 躊躇いが入っている言い方で、
忍足が を呼んだ。
「何?」
「傷、一応 流そ。こっち来て。」
ひょいと 内開きのドアから顔を覗かせて言うと 忍足は、
すぐに中に引っ込んだ。が覗き込むと そこには
洗面台が あった。片隅には 洗濯機があり、
奥に1枚扉があることから、そこが脱衣所なのだと知れた。
「シャツ脱いで。ああ、俺のは そこに置いててくれてええよ。」
洗面台を指して言って、忍足は 奥の扉を開ける。
「シャワーの方が早いやろ。」
てきぱきと動く忍足に、
は 呆気に取られたような表情を作った後、くすりと笑った。
シャワーの温度調節をしている忍足は
それに気付かなかったけれど。
「ほーんと、変な奴。」
忍足には聞こえない程の音量で呟いて、
は着ていたシャツを脱いだ。
「サン?まだ……」
振り向いて 言いかけて、忍足は、ぴたりとフリーズした。
彼の視線の先には、上半身裸になった。
細身で、しかし 付くべき所に しっかりと筋肉の付いた その身体。
肌は白く、透き通りそうで、そこに伝う血の紅が 異様に艶かしい。
「ん。今 行くよ。…って、忍足?」
自分を見つめたまま すっかり固まってしまっている
忍足に気付きは 小首を傾げた。
「あ、いや、何でも。じゃ こっちに…」
言いながら忍足は、痛いくらいに鳴っている心臓を
落ち着かせようと 理性を総動員していた。
先程 壮絶だと思った光景は、今の それに取って代わられた。
それは、紛れもない 性衝動。
熱の集まる下半身を叱咤し、
忍足は しかし妙に納得している自分に気付いた。
を ここに連れてきたかった理由。
どうしても 放っておけなかった そのわけは。
(一目惚れやんなぁ…)
ざっと流したシャワーを止めて、
はあぁ、と深い溜め息をつく忍足を、
が不思議そうに眺めていることなど、
恋煩いを自覚したばかりの彼には 気付く由もないのだった。
※ ※ ※
「氷帝!?中等部?! 」
素っ頓狂な声が リビングに響いた。
「そう。」
するすると の腕に包帯を巻きながら
忍足が あっさりと答える。
「で、一人暮らし?こんなマンションに?」
何気なく聞いてみた質問に、予想外の答えを返され
は 表情こそ普通に驚いているが、
内心は ものすごく動揺していた。
「年下だろうとは 思ってたけど…。いくつ?」
きゅっと 包帯を引っ張り、手際よく止めていく忍足の手元を見ながら
小さく溜め息を吐いた。
「年は15に…あぁ、なったなぁ。ついさっき。」
「へ?」
「今日、誕生日やねん 俺。」
包帯を止め終えた忍足が そう言って ふっと笑った。
(え…)
瞬間、とくりと 跳ねたの鼓動。
(何だ?今の…)
不意のことに が戸惑っていると、
すい と、忍足が手を伸ばし、の左手を取った。
「何…?」
咄嗟に引こうとした手は がっちりと 握られ 逃がすことが 叶わない。
「キレイな人やて思ったんよ。」
ぽつりと、忍足の口から 言葉が零れた。
「すっごく キレイな人やなぁって。」
「誰…が…?」
「サンが。」
「俺?」
「そう。」
は 自分の鼓動が 早くなっていくのを感じた。
握られたままの手から 忍足に伝わってしまうような気がして
何とか腕を逃がそうとするが、
「神様がくれた 誕生日プレゼントやって 思った。」
想いを告げる忍足の手に ぎゅっと握り込まれてしまう。
「これはもう 運命や、って 思った。」
一目惚れで、だから どうしても、
あそこでお別れするわけにはいかなかった、と。
忍足は、自分の想いをすべてに 告げた。
は ものすごく どぎまぎしていた。
今まで 恋人という存在が いなかったわけではない。
なのに何故、こうも いちいち 心臓に来るのか。
反応を見せないに焦れたのか、忍足が唇を寄せてくる。
「嫌やったら 殴って 逃げて…」
ゆっくりと 近づく 唇。
しかし は それが自分の唇に触れても、
忍足を 殴りつけることはしなかった。
(何で…嫌じゃ ないんだ…?)
キスを受け入れながら、不可解な気分を持て余す
の身体を 忍足の手が滑る。
「ん…」
「逃げへんの?嫌やないん?」
止まんなくなるよ。と 訴える忍足に、は
目を閉じて 小さく頷いた。
どうやら自分は この短時間に あっさり捕まってしまったらしいと
結論付けてしまえるは、唐突な告白大会を演じた
忍足よりも 潔い性格をしていた。
そうして結論付けてしまえば 後は簡単で。
「どうやら その運命とやらは 俺にも有効らしいな。」
「え?」
苦笑しながら言ったに 忍足はちょっと間の抜けた声を発した。
「偶然で 終わるはずだったのにな。」
無理矢理 必然にしやがって、と 投げかけると、
ようやく忍足にも意味が伝わったようで。
「大好きや、サン!」
「不本意ながら 俺も そうらしい。」
「不本意と らしい は、いらんっちゅーねん。」
深夜0時の始まりの合図から 僅か数時間で、
始まりを告げた『それ』は、当人たちの 知る所となったのだった。
※ ※ ※
「!?」
セックスの余韻に浸りながら ぽつぽつと
語っていた時だった。
「そう、。俺の苗字。」
今度は 忍足が声を上げていた。
「ちょいまち。 ったら…」
くすくすと 笑っているを尻目に、忍足は 滅茶苦茶焦っている。
「コーポレーションの跡取り息子か!?」
「はい 正解。」
にっこりと 語尾にハートマークでも付きそうな顔で言い渡される肯定。
コーポレーションは、あの跡部に次ぐ 大手スポーツメーカーで、
忍足の記憶が正しければ、は 19歳の 一人息子だった。
「とんでもない 人に惚れてしもーた…」
「じゃ、やめとく?」
「それは無理。」
忍足の即答に、は くくっと肩を震わせた。
「そういえば、その傷は どうして…」
「え、あ、これ?これは…」
が説明を始めると 忍足の顔が びきっっと凍った。
「ストーカーって あんた…」
「んー、いやね。されてんのは知ってたんだけど」
「警察に届けろよ」
「だって 面倒だったから。いーかなーって。」
良いわけあるかい!と内心絶叫して、
忍足は 深く溜め息を付いた。
幸い 傷は深くなかったものの、下手をすれば
命に関わっていたのだ。
「今度からは、俺が守ったるから。」
忍足が そう言うと、は きょとんと 忍足を見、
それから またしても 爆笑し出した。
「なっ、何で笑うん?!」
「あははははっ!カッコイー!忍足 格好良すぎっ!! 」
「俺は マジなんやけど…」
忍足は ぼつりと訴える。
「俺だって マジだよ。」
「爆笑しといて何言うてんねん。」
「や、嬉しいって。」
まだ くすくすやりながら、は忍足の首に腕を絡めると、
「ありがと 侑士。」
その耳元に囁いた。
瞬間、忍足の理性が飛んでしまい、
翌朝 は 起き上がることが出来なかった。
その上 折角止まった血が、また傷口から溢れてしまい、
結局 は 病院に行くことと相成ったのであった。
(ま、出会っちまったもんは、仕方ないよな。)
10月15日の朝に、そんなことを考えていたのは、
だったか、忍足だったか、
はたまた天の神様だったり、してしまうのかもしれない。
〜End〜
あとがき
忍足〜。誕生日おめでとう!!
庭球の中で一番夢が書きやすいのは
忍足ですね〜。何かいいんですよ(笑。
ものすごく眠い中 打ち込み作業をしたので
多分ミス多発してるかと思います。
見つけちゃったらweb拍手にお知らせ頂けると嬉。
ブラウザ閉じて お戻り下さい。