「ーっ!! 」
テニスコートから、自分を呼ぶ声が上がる。
ぶんぶんと 千切れそうな勢いで手を振る彼は、向日岳人。
今日、誕生日を迎える、俺の…恋人。
よく晴れた日曜日の午前中。
氷帝学園テニス部の、テニスコート。
女子の黄色い声に混ざって応援席にいることなど、
いつもなら しない。
大抵は、家か図書館で宿題やら予習やらと格闘している この俺が、
何故今日に限って こんな所にいるかと言えば。
それは、一昨日の昼休みのこと。
※ ※ ※
「俺の新技、もうじき完成だぜ!」
屋上で、男子テニス部の正レギュの面々と昼食を取っている時、
コンビニで買ってきたと思しきパンを ぱくつきながら、
岳人が 高らかに報告した。
途端、その場に居た全員が、彼から視線を逸らす。
忍足に至っては、きっと逃げる算段をつけているのだろう。
視線が泳いでいる。
「明後日の部活で、披露してやるからな!」
覚悟しろよ、宍戸!鳳!! と、言うってことは、
ダブルスで試合をする、ということか。
などと、呑気に傍観していたら、矛先がこっちを向いた。
「なぁ、も見に来いよ。」
「え…?」
「明後日の午前中、さ。」
「いや、でも…」
あの女子集団に 近づくのはイヤだ…。
「明後日 俺の誕生日なんだぞ?」
我侭くらい聞けよ、と、拗ねた表情を見せられて、
嫌 とは言えなかった。
「はー…わかったよ。今度だけな。」
「よっし、約束だかんな!」
嬉しそうに笑った岳人に、こちらは苦笑を零していると、
不意に 影が落ちた。
「?」
ちゅ、と。
唇に落ちた柔らかい感触。
それが岳人の唇だと、気づいた時には、
「俺 次 体育だから お先ーっ」
彼は さっさと逃げていた。
「こら 岳人っっ!! 」
怒鳴った声には 笑い声が返ってくる。
逃げる お前は いいかもしれないけど、
この面子の中に この状況で残される 俺のことも考えろよな…。
ここにいる連中は、俺と岳人が付き合っていることを知っている。
岳人が隠さないから当然なんだが…。
「なぁ、」
「ん?」
岳人の行為に 呆けていたメンバーの中で、
忍足が口を開いた。
「前から気になっとったんやけど…」
言いにくそうに、でも興味は深々といった感じで、
「お前ら、どっちが どっちなん?」
そう聞いた。
「は?何が?」
「上下。」
どうやら これを聞きたかったのは忍足だけではないようで、
みんなが耳を そばだてているのがわかる。
「ああ、俺が下。」
自分でもデリカシーなど あったもんじゃねぇな と思いながら、
あっさり答えてみた。
だって もう 付き合ってることは知られてるんだし 別にいいだろ、
とか思ってしまう辺り、俺は岳人と共通しているのかもしれない。
俺の答えが意外だったのか、一瞬の沈黙の後、
全員がへぇ、と 頷いた。
どうやら俺が下っぽくない、ということではなく、
岳人が上っぽくない ということらしかった。
※ ※ ※
そんなこんなで、約束を果すべく、応援席に来たのはいいけれど、
…うるさい。かなり うるさい。
耳が いかれそうな程の甲高い声が延々と響き続ける。
岳人たちのダブルスのゲームが始まって、
声援はさらにボリュームを上げた。
耳を塞ぎたいのを我慢しながら見ていると、
だん、と 岳人が 地面を蹴った。
高く、跳んだ…彼。
「う…わ…」
まるで羽でも生えているかのように、ふわり と。
……キレイだ…。
そう思った瞬間、たぁん と音がして、
ボールが鳳の脇をすり抜け、地面を打った。
宍戸も追いつかない。
すたっと着地した岳人が、俺に向けて キレイなVサインを作った。
※ ※ ※
「ーっっ!見てくれたか?」
ゲームを終えた岳人が、また コートから叫んでくる。
「ああ。カッコよかったよ。」
「サンキュ!」
俺の言葉に、嬉しそうに笑う岳人を、愛しいと思う。
「なぁ、今日一緒に帰ろーぜ?」
言われて、少し考えて、口を開く。
「あー…俺 ちょっと用事があるんだ。」
「そうなんだ…もしかして、無理して来てくれた?」
「ちがうよ。すぐ済む用事。」
不安そうに曇った顔も可愛いと思うけれど、
それが笑顔に変わる瞬間が 一番スキ。
「終わったら戻ってくるから、一緒に帰ろう?」
そう言ったら、思った通り、満面の笑みが返ってくる。
「絶対だぞ!約束だからなっっ!! 」
叫ぶ岳人に笑って手を振って、
応援席を後にした。
用事ってのは ごく簡単。
岳人のプレゼントを買いに行く。
少し前に見つけた、小さな羽根のペンダント。
今日の岳人を見て、絶対あれにしようと決めた。
あれをあげたら、岳人は どんな顔をするだろう。
満面の笑顔を、見せてくれるといい。
そんなことを考えながら歩く 俺の足取りは軽かった。
〜End〜
あとがき
遅ればせながら、ハッピバースデー岳人。
何だか絡みが少ない感じですが、
甘くはなったと思うので勘弁してやって下さい(苦笑。
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