君に恋する僕の心





『何、どうしたの?』


電話越しの声は、いつも甘く まろみを帯びて耳に心地良く、

忍足は、それを聞くだけで心安くなる自分を自覚していた。


「何、っていうか…な」

『ん?』


小さく促され、声を聞きたかったのだと告げれば、

電話の向こうから柔らかく笑う気配が伝わってくる。


…元気?」

『もう、何言ってるの』


週に2度は電話してくるくせに、と笑うは、今は遠く

海の向こうで暮らしている。

跡部を通じて知り合った彼は、ばかみたいに優秀で、

現在20歳を前にして海外へ留学し、将来的には大きな会社の

社長である父を片腕としてサポートしていくことになるだろうと

期待される存在であった。


『侑士こそ、元気なの?』

「へ?」

『声に はりがないぞ、関西人』

「声の はりに関西人って関係あるん?」


苦笑して返してみたものの、その強ち間違いではない指摘に

機械を通した声だけで そこまでわかるのかと、多少の驚きと

ふうわりとした 嬉しさを感じる。


『んー、あんまりないかな』


言って、くつくつと笑う声は、忍足の耳に心地良く届く。


「やっぱ、ええなぁ」


やはり自分はのことが とてもとても好きなのだと感じて

ぽつ、と呟けば、


『ん?なに?』


聞き取れなかったのか、聞き返してくる。

その声が、あどけないほどに響いて、忍足は どきりと自分の

心臓が甘い鼓動を打つのを感じた。


「いや、何でも…」


焦ったように返す忍足の頭の中は、芽生えてしまった欲求を

打ち消そうとフル稼働中だ。


あの甘い声の喘ぎの掠れたような、それでいて艶のある響きを

知っているから。そして その声が、事を終えた直後には、

年に見合わず ひどく あどけない、安心しきったような音を

紡ぐのを知っているから。


抱きたい、と。抱いて、とろとろになるまで愛してしまいたい、と。

ひどいほどの願望が、熱を持って理性を圧迫していく。


『侑士?』


黙り込んでしまった忍足を、の声が柔らかく呼ぶ。

どうしたのかと問う声もまた柔らかく、欲求を打ち消すどころか、

さらに煽ってくれてしまった。


「や、大丈夫。なんでもないって」

『本当に?』

「うん。あ、それよか、 これから大学やろ?」

『え?あ、ああ、うん。侑士は…寝るとこ?』

「ん。そう」


時差のせいで、こちらは夜だが、向こうは朝。

どちらも夜なら、このまま彼の熱を煽ってしまえるものを、と

忍足は 小さく息を吐く。


「あの…

『ん?』

「あー…と、がんばってな」

『うん、ありがと。じゃあ、おやすみ侑士』

「ん。またな」


またね、と 小さく聞こえたあと、ぷつりと回線が切れる。

通話が切れたことを知らせる音が耳に寂しく、

忍足は そっと受話器を置いた。


「結局、言えんかったな…」


電話を掛けたのは、1つだけ我侭を言いたかったから。

帰ってきてほしい、と。

自分の生まれた日に、側にいてほしい、と。

でも、言えなかった。


愛しい人に、自分の我侭で無理をさせることを躊躇わないほど、

忍足は子どもではなかったから。

けれど、あえなくても平気だと、言えるほど大人でもなくて。


「あー…考えてもしゃあないわ。寝よ寝よ」


自分に言い聞かせるようにして忍足は、

ベッドへと潜り込んだのだった。








  ※   ※   ※








その日は、あまり良いとは言えぬ天気に 忍足の気持ちも

少しばかり沈んでいた。


「こら、忍足!何やってる!」


土曜日の午後。テニス部の練習へ出てきた忍足は、

軽く準備運動をすると、そのままコートを離れていた。


それから数時間、一人壁に向かい、休憩も取らずに

テニスボールを打ち続けていた忍足は、探しに来た跡部に

怒鳴られ、ようやく手を止めた。


「ったく、戻って来ねぇと思ったら…」


壁についたボールの痕の多さに、跡部は呆れたように息を吐く。


「腕壊したら どうすんだ。…聞いてんのか忍足」

「あ…ああ」

「はー…お前、今日はもう帰れ」

「え…」


深く溜息を吐いた跡部に、唐突に言いつけられ、

忍足は目を瞬かせた。


「役に立たねぇ奴はいらん」


上の空でいられちゃ迷惑だ、と切って捨てた跡部は

コートに戻ろうとして振り返った。


「明日は、使えるようになって出て来い」


ひらりと、1枚の紙が忍足の足元に落ちる。


「お前が腑抜けているせいで、予定が狂った」


跡部の言葉を聞きながら、忍足は紙片を拾い上げた。

そこには…


「本当は、ウチの車で送ってやろうと思ってたんだがな」


ホテルの名前と、部屋番号。


「跡部…これは…?」


それの指すものがわからず、けれど あえかな期待を抱いて

忍足が問う。


「ふん、そんなもの、行けば分かるだろう」


これ以上、甘やかしてなるものかと 呟く跡部に、

よく意味も分からないまま、忍足はラケットバッグを持って

学校を出たのだった。








  ※   ※   ※








ジャージでホテルというわけにもいかず、一度帰って着替え忍足は

電車を乗り継いで、目的の地へとやってきた。

時刻は、夕方6時を回っている。30階建てのホテルの25階。

フロアに3つしかないドアの1つの前に立ち、忍足は

ゆっくりと ドアチャイムを押した。


「はい?」


中から応えた声に、忍足の心臓が跳ねる。

誰何されているのはわかれど、うまく声が出ない。


「……?」


やっとのことで搾り出したのは、自分の名前ではなく、

彼の名を問うもの。


「あれ、侑士?」


それでも、驚いたような声とともに かちゃりとドアが開き、

が姿を見せてくれる。


「予定より早かったね」


にこりと笑った彼は、突っ立ったままの忍足を部屋の中へと促す。


「予定?」

「あれ?跡部くんから聞いてない?」


1日の独占は無理だが、部活が終わったら、忍足をここに

連れてくると、跡部が約束してくれたのだと、

が小さく首を傾げる。


「いや…何も…」


聞いていない、と返す忍足は、少しばかり情けなくなり

その場にしゃがみ込んだ。


「そやったら…早く言うてくれたらええのに…」


そしてつい、1人で ぐるぐるして、沈んでいた自分は何だったのかと

恨み言を口にしてしまう。


「ごめんね侑士、こっちも少し ばたばたしてて」


電話で言うの忘れちゃった、と 笑うを見上げて、

忍足も小さく笑う。もう こうなれば、部活は明日、挽回するしか

ないだろうと、半ば開き直って すっくと立ち上がった。


…」

「ん…」


名前を呼んで、口付けて、深く合わせていく。


「ん…ふ、ぁ」

「久しぶりの感触や…」


唇を離して、満足気に呟けば、が苦笑する。


「明日には帰らないとならないんだけど、」


言いながら、するりとは腕を忍足の首に絡ませてくる。


「ん?」

「今夜の時間は、侑士にあげるから」


好きにしていいよ、と 甘やかすように笑った

小さな口付けを与えられ、忍足は 我慢できない、というように

の身体を ぎゅうっと抱き締めた。


「誕生日、おめでと、侑士」


その言葉ごと、吸い取るように唇を重ね 忍足は、愛しい人と、

甘い時間を過ごすべく、部屋の明かりを 落としたのだった。













〜End〜





あとがき

消化不良。
エロ書きたかったな(笑。

はっぴーばーすでぃ忍足!

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