教室





人を好きになったのは初めてで、人を祝いたいと思ったのも初めてだ。

キレイと称される容姿を持った自分を 好いてくれる人は多くいた。

たとえそれが、外見のみに向けられるものであっても、好意を向けて

くれる人は多かった。


それが 嫌ではなかったけれど、特に好意を返そうと思ったことはなく、

表面上の穏やかさと 笑顔で、礼を欠かない程度に あしらってきたと

いうのに。


「何でかな……」


呟いた声は、一人きりの教室に ぽやっと落ちて、静かな空間に溶けた。

土曜日の昼下がり。部活をする生徒のために開放された校舎内に

帰宅部の自分がいることは、その目的を考えれば 何やら気恥ずかしい。


それまで、誰にも 表面的な付き合い以上を許してこなかったに、

それでもいいと、ただ 許容と甘やかしだけを与えた彼は、するりと

の内側に滑り込んできてしまった。


好きだよ と言われ、俺も、と答えたのは つい先日のこと。

初めて知った、ただ甘いばかりの感情に 突き動かされることを、恐いと

思うことも少なくないけれど、その高揚感は決して不快ではない。

そして、そんな感情に動かされて、今日も ここへ足を運んでしまった。


『明日、教室で待ってるから』


昨夜の電話で そう告げた時、一瞬落ちた沈黙に、迷惑だったかと

不安になりかけたに、優しく笑った滝は、待ってて と嬉しそうに

言ってくれた。

それだけで ほわんとした気分になりながら、電話を切ったは、

自室にこもると、思春期の恋する少女よろしく、まくらを抱いて、

ベッドの上を ころころと転がった。


好きという気持ちを叫び出したくて。

その気持ちを浮かれた気分で持て余して。

今すぐ会って、好きと叫びたい気持ちを堪える為に、きつく枕を

抱いて転がる。


乙女じみた自分を恥じる余裕すらない。

好きすぎて、甘すぎて どうしようもない。


「溺れてる……のかな」


零れる苦笑は、自分の中の少し冷静な部分の、熱に浮かされた心への

窘めかと感じても、溢れて止まらない感情は、押さえ込もうとして けれど

ままならない。

好きだ 好きだと そればかり渦巻いて、重すぎて彼に嫌われてしまわない

かと、不安になることさえ 少なくなかった。


「だめだなぁ……」


慣れないせいで加減がわからない、というか、加減する術がわからず、

は小さく吐息した。


「何がだめ?」

「ひわっ」


唐突に声をかけられて、は 跳ね上がった。

どきどきと 心臓が早鐘を打つ。


「おっきい独り言だね、

「滝……び、びっくりした……」

「違うでしょ」

「へ?」

「滝、じゃないでしょ?」


言われては、はっと緊張して、それから うろうろと視線を泳がせる。


「……ごめん……は…ぎのすけ…」


赤くなりながら小さく呼ぶのは 彼の名前。

下の名前を呼ぶのは まだ少し恥ずかしくて、どうしても 滝、と呼んで

しまうのを、その都度 指摘されてしまう。


「で、何がだめなの?」

「え?あ、ああ、何でもないよ」

「ほんとに?」

「う、うん」


何も だめじゃない、と ふるふると首を横に振るのは、まさか滝との恋愛に

溺れすぎているような自分に対しての自嘲じみた感情を交えたそれだとは

言えないからだ。


「そ、それよりさ、これ……」


少し慌てて話を逸らしながら 自らの鞄の中を探るを、滝は苦笑して

見つめる。

可愛い、と その口が呟くのを見て取って、は ほんのりと頬を染め、

わずかに俯いた。


「はい、これ」


照れのせいで、ちょっとだけ ぶっきらぼうになってしまいながら、

差し出されたのは小さな袋。


「誕生日、おめでと」


手渡されたそれに、滝は 一瞬驚いたように目を開き、それから小さく

笑って 腕を伸ばすと、ふわりとを抱き締めた。


「わざわざ、用意してくれたんだ?」


、こういうの苦手だったのに、と呟く声は嬉しそうで、抱き締められた

は、面映さを誤魔化すために、滝の肩口に顔をうずめてしまう。と、


「あ……」


ぎゅっと 寄り添ったせいで、滝の身体の変化に気付かされ、

小さく声を上げた。


「萩之介…」

「ん?」

「あ……の……それ……」


たってる、と 顔を真っ赤にしながら小さく言ったに、


「あ、うん。ごめん」


だってが あんまり可愛いから、と何の衒いもなく笑う滝は、

すっと腕を解き、を そこから解放してしまう。


「萩之介?」

「帰ろ?それで……家で、させて?」

「さ……させて……って……」

「せっくす」


にっこり笑って あっさり言うな とか、しよう じゃなく させてって何だとか、

いろいろ ぐるぐるして、赤い顔のまま視線を彷徨わせたは、

ややあって、きっ と滝を見つめた。


「どうしたの?」

「する」

「へ?」


唐突に言い切ったは、滝の手を引き、自分の席へと座らせた。


「え、ちょっと……」


何?と、首を傾げる滝を そのままに、ドアへと向かい、内側から鍵を

かけてしまう。


……?」

「だって……無理でしょ?」

「何が?」

「そのまま、帰るの」


熱を持ったままの下腹部を そのままに帰路を辿る気かと言い放ち、

は 滝の脚の間に跪くと、ジッパーを開け、熱い彼自身を

引っ張り出した。


……でも、こんなところで……」


場所を気にするのは いつもの方で、それを知っているから 滝は

困ったようにを見下ろす。


「うるさい」


けれど、そんな滝を一言で黙らせ、は ぱくりと滝の熱を躊躇いなく

口に含んだ。


「んっ……!」


びくりと 滝の腰が跳ね、熱が ぐん、と容積を増す。


「くち……出して、いいから……だから……」


感じて、と 請うように舌を使いながら は滝を見上げた。


……もう……君って子は……」


の 温かい口腔の感触と、聴覚で捉えた甘さと、視覚で捉える

淫靡さに、滝は あっという間に上り詰めてしまう。


「んくっ……」


のどの奥に叩きつけられる苦いものに、は 眉を寄せて噎せた。


「ごめん、……大丈夫?」


が あんまり可愛いことするから堪えられなかった、と 苦い顔で

言って、滝は 詫びるようにに口付ける。

苦さの残る口腔を舌で優しく掻き回し、そっと離れると、

今度はの方が、困ったような顔をしている。


?」

「……帰ろう?」


訝って呼んだ名前に、返ってきたのは 小さく促すような声。

その意味を正確に掬い取って、滝は くつりと微笑んだ。


「うん。帰って……いっぱいしよう」


笑ったまま告げれば、は鞄を手に持ちながら、ばか、と小さく呟いた。

ぷい、と横を向いた その耳は、赤く赤く 染まっていた。










〜End〜





あとがき

タイトルが思い浮かばず微妙になってしまいました。
なんだこれこの率直なんだか何だかわかんない題名。
ごめん滝!でも一応祝ってるから許して!(笑。

はっぴーばーすでぃ滝!

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