恋心〜バースディ賛歌





生まれて初めて好きな奴ができた。

テニス浸りで、冷めた目で他人を見て、人と関わることを決して得意と

してはいない自分に、生まれて初めて、本気で好きな奴が出来た。


。ほんの少し前まで、ただのクラスメイトだった男。

中性的な顔立ち。さらさらの黒髪は長すぎず短すぎず、前髪を真ん中で

分けている。フレームの細い眼鏡をかけ、一見とても とっつきにくそうに

見えるは、けれど笑った瞬間、人懐こい印象を他人に与える。

とても、可愛いと思う。


きっかけは、ささいなこと。

は、男の先輩と付き合っていて、それはクラスの何人かが知っていた。

俺も、実は 知っていた。


同性愛に理解は無いが、偏見もなかった俺は、好きにすればいいと

思っていたし、他の連中も多分同じだったんだろう。

目立ってに誹謗中傷を投げかける奴はいなかった。


それが、夏の終わる頃、偶然通りかかった空き教室で、別れを告げられている

を、俺は見つけてしまった。

気付けば、咄嗟にドアの影に隠れて、そっと中の様子を窺っている自分がいた。


すぐにその場を立ち去らなかったのは、単なる好奇心。

先輩が教室を出て行くのを隠れて見送ったのも、一人残されたの様子を

覗いてしまったのも、ただの、好奇心だった。


つう、と 彼の頬を一筋の涙が辿った。

それから、絶えることなく零れ続けた。


は、その涙を拭おうとはせず、ただ流れるままに涙を零した。

うっすらと開いた目で、ぼんやりと窓を見つめながら、は泣いていた。


きれいだ、と 思った。

零れる涙が。涙の伝う頬が。眼鏡の奥、涙に揺れる目が。

とてもとても、きれいだと、思った。


そうして、気付けば彼の姿を目で追うようになっていたのだった。

好きだ、と。強烈な感情を伴った眼差しで、彼を見つめてしまう。

今も…また……


「っ……!」


ばち、と目が合ってしまい、さっと逸らした。

そして気付く。今が授業の最中であったことに。


授業中だというのに、一体何をしているのか。

先生の話が一切耳に入っていなかったことに愕然としつつ、慌てて板書を

ノートに書き写した。








  ※   ※   ※








「はー……」


今日も一日授業に集中出来ず、放課後を迎えてしまった。

近頃の俺はいつもこう。

の姿が目に入れば、そのまま見入ってしまう。

今も、帰りのSHRが終わり、帰り支度をする彼を気付けば視界の片隅に

捉えようとしていた。


いい加減に、恋煩いなどという慣れぬこの事態をどうにかしなければ、

成績にまでも影響してしまうだろう。

いや、そう簡単に順位を落とすような自分ではないと思っているが、

このまま もやもやとしているのは、精神的にも良くない。…と思う。

というのは、実は この もやもやが、そんなに嫌ではないからで……

つまり自分が どうしたいのか、悶々と悩み始めて3ヶ月が経っていた。


もう悩むことはやめようと決意したのは、今日が特別な日であるから。

きっかけにするには十分な、理由になる日であるから、だ。





帰ろうと席を立ったを追い、廊下で呼び止めた。


「ん?」


くりっと振り返ったは、呼び止めたのが俺だと知って、

少し驚いたような顔をする。


「話がある」

「へ?」

「だめか?」


急ぎの用事がないのなら 少し時間をくれ、と言うと、は 戸惑ったように

視線を泳がせながら、別にいいけど…と言った。

その言葉の後に何か続けたそうな雰囲気を感じ、続きを促した。


「けど、何?」

「ん、いや…日吉と改めて話するのって、初めてだから……」

「あ、ああ…」


そう言われればそうだった。

共通の友達がいるわけでなし、するのは専ら事務的な会話のみであった。

行動が唐突過ぎただろうか。そうは思えど、声をかけたことは今更

なかった事にはできない。


取り敢えず場所を移動しようと言って促した先は、あの空き教室。

が泣いていた、その場所だった。

ここであったことを、俺が知っていることをは知らない。

の表情に これといった変化はないが、一体どう感じているのか。


「話って、何?」


先に教室に入ったが、こちらを振り返りながら問うてくる。


「こんなこと、聞くのは、どうかと思うんだけど…」

「ん?なに?」

、男と、付き合ってたんだろう?」


言った瞬間、が ぴきりと凍りついたように その動きを止めた。

彼にとっては触れられたくないことに触れたのだろうと思いながら

けれど ここで この話をやめるわけにはいかず、言葉を探す。


「あー…と、」

「だから、何?気持ち悪いとか、そういうこと?」


震える声では、言いたいことはそれだけかと呟く。


「っ!ちが…っ」

「いいよ…慣れてるから……」

「違う!!そうじゃない!そうじゃ…なくて…」


どうして自分は こうまで口が下手なのか。上手くものが言えない。

好きだと率直に言ってしまえないのは…断られるのが、恐いからだ。

それで好きな人を傷つけていれば世話ない。

世話ないとは…思うのだけれど、躊躇いを捨てることが難しい。


「違うんだ……そうじゃ…ない」

「日吉?」

「………好きだ……」


しかし、この状態で、に誤解を与えてしまったこの情況で、

他に何を どう言っていいかわからなくて…結局は、それだけを 告げてしまった。


「日…吉…?」

「好き、なんだ…のことが……」

「何…言って…」

「俺じゃ、だめか…?泣かせない、自信、とかは、ないけど…」


あるなんて、かっこいいことは言えないけれど、今、好きな気持ちだけは

本当だから、と告げて。


「話は、それだけだ。時間、とらせて悪かったな」


何がしたいんだか結局分からない。

ただ好きだと告げて、けれど答えを聞くのは恐くて。

でも…聞かなければ、葛藤は解消されないんだろう。

どうしたらいいんだ、まったく…。


「今の話は…忘れてくれていい」


どうやら自分は不慣れな上に、こういうことには不器用らしかった。

元々望みのない告白をしているんだ、いっそ忘れてもらった方が

気安いかもしれない。

そう思って踵を返し、ドアへ向かおうとした、が。


「言うだけ言って、満足しないでよ」

「え…」


背後から掛けられた声に、俺は 思わず足を止めた。


「返事、させてくれなかったら、気になって忘れられない」


振り返れば、真剣なの目が、まっすぐ俺を見ていた。


「日吉、俺は…」

「っ…ちょっ!ちょっと 待…っ!」


が「返事」をしようとした瞬間、俺は慌てて駆け寄り、

その口を掌で塞いでしまった。


「ん…っ」


驚いたような目で俺を見つめるの表情に どきりとなりながら、

かなり突飛なことをしてしまったことに気付き、ばっと手を離す。


「あ…わ、悪い」


心の準備が出来ていなかったんだ、と言い訳のように口にしてしまう

自分が情けない。


「っ…ぷ…くくっ」

「…?」

「くく…っあは…はははっっ」

「な、何笑って…」

「ご、ごめ…っくくっ…」


堪えようとして失敗し、涙目になりながら が謝ってくる。


「何なんだよ」


さすがに憮然となった俺に、ようやくの笑いは治まった。


「ごめんて。仕方ないでしょ、日吉が可愛かったのが悪い」

「は!?」

「だって、あの焦りよう…ぷ…っ」


いつも あんなに落ち着いてるくせに、と言うは、また笑いを堪えきれずに

肩を震わせる。


「笑うなよ」

「ごめん、無理」

「悪いと思ってないだろ…」

「うん」


だって面白いんだもん、なんて、無邪気に笑わないでほしい。

そんな笑顔を見せられた後で振られたら、

立ち直れないかもしれないじゃないか…。


…」

「ん、何?」

「今日…俺の誕生日なんだ」


こうなればもう、力ずくで押すしかないと、考えてきた「きっかけ」ってやつを

使うことにした。本当はもっとスムーズに ここに持ってくるはずだったんだが。


「あ、そうなんだ」

「だから…その…、今日だけでいい、を、俺にくれないか」


の目を見てはいられなくて、目を瞑って早口に告げた。


「っ……」


さっきの今で これでは、さすがに言葉を失くしてしまったかと

小さく息を吐き、俺は 顔をあげようとした。


「……ぷっ…」

「え…?」

「っっ…あはははははっっ」

「なっ…また笑…っ」


いきなり爆笑され、何が何だか分からない。


「ひっ…日吉って…サイコー…っくくっ…」


もう まったく遠慮もなく涙まで零して爆笑してくれて は、

すっと俺に近づいてきた。そして……


「え…?」


次の瞬間には、するりと腰に腕をまわされ、ぎゅっと 抱きつかれていた。


「っっ…!?ちょっ、…!?」


まったく突飛なの行動に、俺は腕をホールドアップの形に上げて焦った。


「今日だけでいいの?」

「え?」

「日吉のものになるのは、今日だけで、いいの?」

「え、いや、あの…」

「俺は、ずっとでも…いいよ?」

「っ…!」


抱きつく腕に 力を入れないで欲しい。

そんな上目遣いに見つめないで欲しい。

3ヶ月も片思いしていた好きな相手に、そんなことされたら…


…」

「あ、でも」

「え」

「最初は お友達から、ね」


俺、日吉のこと まだよく知らないし、と悪戯っぽく笑うは。


「で、どうするの?」


きれいなだけじゃない。かわいいだけじゃない。

何か とても形容し難い何かでもって、俺を引きつけてやまないのだ。


「…友達から、付き合って、もらえるか?ずっと…」

「はい」


答えて ふわりと笑ったが、どうしようもなく愛しくてたまらなくて、

俺は 彼を、しっかりと抱き締めた。


「あ、そだ」

「ん?」

「誕生日 おめでとう、若」

「っっ…!! 」


きれいな顔で、かわいい表情で、そんなことを言わないで欲しい。

友達からと約束した手前、下半身を直撃した衝動を、

俺は 無理矢理、押し殺した。












〜End〜





あとがき

変な話……(滝汗。
まっとうな文章になっているんだろうかこれは……。
頭の中で展開している影像を文章として表現できて
いないんじゃないだろうかと思います……(遠い目)。

遅くなりましたが取り敢えず、はっぴーばーすでぃ日吉。

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