会いたくて会いたくて




─Happy birth day


たった1行のメールが、携帯電話の液晶画面に表示される。

差出人は、

2年前、長太郎の前から姿を消した、年上の幼馴染。


「っ……」


どきりと跳ねた心臓が、壊れるかと思った。


部活が終わり、部室に戻ってロッカーを開けると、目に付く所に

置いていた携帯電話が、メールの着信があったことを知らせていた。

誰だろう、と 軽い気持ちで開いた携帯の液晶に表示された

その名前を見た途端、心臓が、きゅっと竦むのを感じた。


今まで、何度も彼にメールをした。

一度も返事はなかった。

送ったメールが返ってこないことから、彼がアドレスを変えた

わけではないと知れたが、返事は、一度たりとも、なかった。


それなのに、今になって、何故……。


─急に、メールなんて、どうしたんですか?


混乱するあまり、捉えようによっては冷たい文章を

打ってしまったことに気付けず、長太郎は それを送信する。

返事は望んでいなかった。

だって、これは、ただの彼の気まぐれだから。

そう言い聞かせていないと、暴走した思考回路が

何を しでかすかわからない。


制服に着替えながら、ぼんやりと 携帯電話を見つめる。

と、ブブブっと音を立てて、機体が振動した。

はっとして取り上げ、メールを開く。


─悪かったな


先程と同じ、1行だけのメール。

それは、急にメールなんてして、という意味?それとも……。

よくわからない。彼は、一体何を考えているのだろう。


─今、どうしてるんですか。


聞きたいことは沢山あって、けれど何から聞いていいのか分からない。

どうして俺の前からいなくなったんですか、と、

聞ければ一番早いのだろうが……。


今度は返事を期待してのメールだった。今、どうしているのか。

答えてほしくて送った。

けれど、今度は、着替え終わっても、返事がこない。

やはり、気まぐれだったのか。

それとも、先程のメールで気を悪くしたのか。


「何…考えてるんだろ……」


ぽつりと呟いた言葉は、隣で着替えを済ませ帰り支度をしていた

宍戸に聞こえていたようで。


「ん?何、どうした?」

「あ、いえ。何でもないですよ」


長太郎は、笑って誤魔化した。


「あ、帰り、ラーメン食ってかね?」


軽く誘われて、けれど、メールが気になって、それどころではない。


「すみません。今日は用事があるので……」


むしろ はっきりと、気が乗らないと言えば良かっただろうか、と

思いつつ、宍戸の方を窺えば、宍戸は、じゃ また今度な、と笑った。


その笑顔にほっとして、長太郎は少しだけ笑うと、

荷物を取り上げ、お先に失礼しますと部室に残る部員に声をかけて、

少しだけ重たいドアを開けた。








  ※   ※   ※








何故、どうして、と携帯電話を眺めながら思う。

ぼんやりと歩く帰り道は、とうに薄暗い。

暦の上では、とっくに春とはいえ、日が落ちるのは

まだそんなに遅くはない。


「長太郎……」


小さく呼ばれた気がして、ふと顔を上げる。

そこは、小さな公園だった。

その入り口に、立っている、青年。彼は……


「あ……」

「長太郎、だろう?」

「………さ、ん…?」


確認するように呼べば、小さく頷くのが見て取れる。


さん!…今まで、どこに……っ」


駆け寄る長太郎を、は、ふっと苦笑して、少し話さないかと誘った。

並んで歩けば、の身長は、長太郎の記憶にあるよりも、

随分と低かった。

2人で、公園のベンチの座る。


「ごめんな」


謝られたのは、何に対してか。

わからないまま、長太郎は、隣に座るを見つめた。


それから、彼が話してくれたのは、コトの顛末。

きっかけは、父親に交友関係がバレたことだったという。


彼は、は、男に身体を売っていた。

自らの性癖に気付いたのは、小学生の時だったことも、教えてくれた。


カミングアウトしてすぐ、は、半ば勘当される形で家を出たそうだ。

そうして、彼の両親も引越し、と長太郎の繋がりは切れた。


「でも…このアドレスだけは、消せなくて……」


未練がましく、自分のアドレスも変えられなかった、と

呟くように言った。

いつも送るメールは、読んでいてくれたのだと、は、本当に

呟くように、言った。


「じゃあ、どうして……」


返事をくれなかったのかと、長太郎が問えば、帰ってくる言葉に

つきりと心臓が痛みを覚える。


家を出た後も、ずっと、男相手に身体を売っていたのだと言うは、

長太郎と目を合わせようとしない。


「でも、な。今は、ちゃんと、就職したんだ」


頭は良くないし、要領も良いわけじゃないけれど、と苦笑して

今は、個人経営のレストランでフロアの仕事をしているのだと

教えてくれた。


「それで……だから、少しは、真っ当になったから」


だから、会いに来た、と、彼は、小さく言った。


…さん…?」


がいなくたる少し前、長太郎は、に、好きだと告げていた。

その時は、子どもの言うことだと流されかけて、違うと喚いて縋った。

苦笑して、はいはい、と応じていた彼が、今、

長太郎に向けたものは……


「会いたかった」


小さな、一言。


「それ…って…」

「長太郎」


少し苦めに笑んだ彼が、ようやく長太郎の方を向く。

どちらからともなく、唇が、近付いた。


「ん……」

さん……」


軽く触れて、離れて。そっと、名前を呼ぶ。

そっとの頬に触れながら、問うた。


「好きって、言っていい?」

「……うん」

「じゃあ、好きって、言ってくれる…?」

「……うん」

「うん、じゃなくて」

「…………すき」


今ではもう、すっぽりと腕に納まるサイズの彼を、そっと抱き寄せる。


「ホントは、諦めなきゃって、思ったんだけど」


送られてくるメールを見るたび、愛しく思えて、どうしても我慢が

出来なかったと、は苦い笑みを浮かべたまま言った。


「諦めてくれなくて、よかった」


不安そうなを宥めるように、長太郎は笑った。


「でも、何で今なの?」


就職して、時期的に良かったからだろうかと問えば、


「15って言ったら、元服だろう?」


昔はもう大人になる歳で、意志決定ができる歳だと、

言われていたから、その区切りの意味も含めて、

今日にしたのだと、は照れくさそうに説明した。


「18になるまで、待とうかとも思ったんだけどさ」


あと3年もしたら、俺、おじさんになっちゃうから、と冗談めかして

今度は少し、苦くない笑顔を浮かべる。


「待ってくれなくて、よかったよ」


くつくつと笑って、長太郎は、


「会いたくて、死にそうだった」


安堵と幸福の入り混じった笑みを浮かべて、を見つめた。


「誕生日、おめでとう」


も、嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って、

長太郎の胸に顔を埋めた。

まだ寒い時期の夕刻。抱き合った胸元は、とてもとても暖かかった。










〜End〜





あとがき

難産でした誕生日夢。
本当はもっと心理描写に触れたかったりしたんですが、
脳みそ足りなくて無理でした(凹。
次こそはもっと切なく甘々にしたい……!

ともあれ。
はっぴばーすでぃ長太郎!

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