Little Love




小さな子どもが、横をすり抜けて駆け抜けていく。

ぱたぱたと、小さい足音を追いかける声は、俺の大好きな彼のもの。


「こら!戻ってきなさい!ケーゴっ!!」


俺の横を駆け抜けて行った子は、の甥っ子のケイゴくん。

お姉さんが無理矢理預けて行ったらしい。


公園へ行きたい!とご所望の彼のために近所の公園まで

来たところで、ケイゴは勢い良く走り出したのだった。


「ごめんな、ジロー」

「ん?何が?」

「ケーゴだよ。急に預かることになっちゃって」


姉貴の横暴だ、と、ぶちぶち呟くは、俺より5歳年上で、

このあいだ成人式を迎えたばかりの大学生。


「いーよ、べつに。可愛いし」

「そう?」


手が掛かりすぎて、可愛げなんて感じていられない、と

小さく溜息を吐くの方が実は可愛いのだと、

知っているのは俺だけで。


「え、だって、俺との子どもみたいじゃん?」

「……俺は産んだ覚えはないけどな」

「え、産めるの?」

「あー……俺骨盤細いからなー……」


どうだろう、なんて、さらりとノリ良く流してくれて、

いっそ清々しいと思う。


「じゃあ、産めそうになったら産んでね。俺の子」

「体形変わっちまうだろーが」


さらに言いつのれば、すげなくあしらってくれるけれど、

その耳は、ほんのり赤く染まっている。


可愛い可愛い可愛い可愛い!叫び出したいのを、口元に手をあてて

堪えているうちに、はパタパタと、ケイゴの後を追ってしまった。



は、氷帝テニス部のOBで、初めて会ったのは、去年の秋口。

何の大会だったかは忘れたけど、正レギュラーになって初めての

大会だった。


試合前に木陰で眠りこけていた俺に、気付いたら彼が、ぴっとりと

くっついて眠っていた。軽く揺さぶって起こして、何してるのと訊いたら、

あまりにも気持ち良さそうに寝ているものだから、と照れたように笑った。


その顔が、めちゃくちゃ可愛くて。

俺は、その場でを押し倒していた。

両手首を顔の脇に縫い止めて見下ろした、あのうろたえた表情も

ものすごく可愛くて。


そのときは、樺地が俺を探しにきて、戻ったところで、跡部に、

もう少しで棄権になるところだったと、こっぴどく叱られながら

コートに押し込まれてしまったので、それきりだったのだけれど。


あの後、苦笑しながら跡部に謝っているを、つい、ぼやーっと

見つめてしまって、また跡部に怒鳴られたんだっけ。



「ジロー!ケーゴ捕まえてっっ!!」


考えごとをしているうちに、あっちはどうやら本格的な追いかけっこに

なってしまっていたらしい。


「やーっ!兄ちゃん、ずるいーっ」

「ずるくない!ちょこまか逃げるお前が悪いんだ!」

「おーぼーだーっ!!やーっこっちくんなジローっっ」


の真似をして、俺を呼び捨てにするケイゴは、俺のよく知る

跡部の景吾とは、当たり前だけど随分違う。

に似てて、素直で可愛いところとか……って、跡部がこんな風に

可愛くても寒いものがあるか。


「うし。捕獲完了!」

「やーだぁ!離せジローっ!」


腕の中で暴れる小さな彼は、よく見れば、顔立ちも少しに似ている。


「よし、よくやった」


軽く息を切らしながら駆け寄ってきたが、俺の頭をぐりぐりと撫でた。


「ちょっ……っ!」

「あ、ごめん。ついケーゴと遊んでるノリで……」


なんて謝りながら、その顔にはちょっと意地の悪い笑みが浮かんでいて。


「……今夜は覚悟してよね」


今日は金曜で、明日は土曜。しっかり外泊許可も取ってきた俺だ。

この子ども扱いの借りはベッドの上で返してあげることにする。

ちょっと勝ち誇った気分で耳元に囁いた。……のだけれど。


「ん。わかった、期待してる」


さらっと返され、うっかり硬直してしまった。


「どした?ジロー」

「あーもう。には敵わない」

「そうか?」

「いつかを言い負かせるようになってやる……」

「おう、がんばれー」


心のこもってない声援を貰って、また撃沈。

俺の恋人は、あまり俺に優しくない。


「さて、と。ケーゴ、喉渇かね?」

「かわいたー!」


の問いに、ケイゴが元気に答える。


「えーと、あの辺に水道が……」

「え、お水ー?」


わざとらしく水道を探すを、ケイゴが不満げに見上げた。


「ジュース、買って欲しいか?」

「うん!」

「じゃあ、この後は遊具で遊べ。いいな?」

「うん!」


わかっているのかいないのか。ジュースに釣られたケイゴは

元気よく頷いている。


大好きなお嫁さんと、可愛い子どもを見る父親っていうのは、

こんな気分なんだろうか。


「ジロー、ケーゴ見ててくれる?」


ジュース買ってくるから、というの顔を見たら、やっぱり何だか

お父さん気分になってきた。


「いーよ、俺行ってくるから」

「でも……」

兄ちゃん、おれ自分で選びたいー」


進言するケイゴは、どうやらお母さんと一緒のとき、勝手にジュースを

決められてしまうのが不満らしかった。


「じゃあ、一緒に行こーか」


言ってケイゴに手を差し出せば、すんなりと手を差し出してくれる。


「しょうがない。姉さんには内緒な」

「うん!」


小さく溜息を吐いたに、ケイゴは嬉しそうに笑った。

そして、俺と繋いでいるのとは逆の手をに差し出した。

どうやら、繋げということらしい。


ケイゴを真ん中に、3人で手を繋いで、少し離れた場所にある自販機へ

向かう。こうしていると、本当にパパママみたいだ。


「ジローは、なんのジュースがすき?」


歩いていると、おもむろにケイゴが訊いてきた。


「え?」

「サイダーすき?」

「うん、好きだけど」

「あのね、おれもね!サイダーすきなの」

「そっかー、ケイゴはサイダー好きなんだ?」

「うん!ジローとおんなじ!」


どうして俺がサイダー好きなのがそんなに嬉しいんだろう、

というような喜び方で、ちょっと驚いてしまっている俺に、

はにやりとした笑みを向けた。


「好かれたな、ジロー」

「へ?」

「な?ケーゴ。ジロー、好きだよな?」

「……うん」


照れたように、こくりと頷くケイゴ。

うっわ……可愛すぎるだろそれ……。


「ジローは、かっこいーから、すき」

「だってさ」


何だかすごく、嬉しいことを言われている気がする。


「でも、兄ちゃんのが好きだよ!」

「そうなのか?」

「うん!だっておれ、兄ちゃんとケッコンするんだ!!」

「は?」

「へ?」


ずばっと、さらっと、大告白をかましてくれたケイゴに、

俺もも目がまん丸くなる。


「だから、ジローみたくなって兄ちゃんと……」

「って、お前、ケーゴ。俺は男だぞ?」

「だって兄ちゃんきれいだもん!」

「いや、あの……そういう問題じゃなくてだな……」


わたわたと答えるは可愛い。可愛い、が。


「やだー!おれは兄ちゃんをお嫁さんにするのーっ!!」


これがライバルに……なるのか?


「あのな、ケーゴ」


騒ぐケイゴに疲れたようには、しゃがんで溜息を吐くと、

ケイゴに目線を合わせるようにして、真剣な声を出した。


「俺とケイゴは、叔父さんと甥っ子なんだ」

「うん。知ってる」

「叔父さんや叔母さんは、甥っ子姪っ子と結婚しちゃダメなんだぞ」

「なんで!?」

「法律で決まってるからだ」

「ほーりつ?」

「そう。みんなのお約束みたいなもんだ」


子どもにそんなこと言ってわかるのだろうかと不安に思いつつ、

俺はただ見守るしかない。


「お約束?」

「そう。お約束」

「でも……」


やっぱり納得いかないらしいケイゴはぐずぐずと言いつのる。


「あんまりぐずると、もう会わないぞ」

「え!?」

「いい子じゃないケーゴは、好きじゃない」

「や、やだ!兄ちゃんと会わないのやだ!!」

「じゃあ、いい子にするか?」

「うん!する!」


子どもは素直だ。

話題が、つるりと逸れたことに気付いていない様子で、良い子の

お返事をするケイゴに、俺は苦笑することしか出来なかった。


「よし。で?何飲むんだ、ケイゴ」

「サイダー!!」


ようやく辿り着いた自販機の前で、ケイゴはきゃっきゃとはしゃいでいた。








  ※   ※   ※








「すっかり眠り込んじゃったね」

「はしゃぎすぎて疲れたんだな」


夕方の帰り道。疲れて眠ってしまったケイゴは今、俺の背中で

すやすやと寝息を立てている。


と一緒で嬉しかったんじゃない?」

「喜んでいいやら微妙なトコだ」

「あっはは。たしかに」


あんな告白をかまされては、複雑にもなるだろう。


「でも、俺はちょっと嬉しかった」

「は?何でジローが嬉しいわけ!?」


告白されたのは俺なんだけど、と、ちょっと怒ったように言うのは、

俺が他の男のものになってもいいのか、というニュアンスが含まれている。


「違うって、そうじゃなくてさ」

「なんだよ」

「なんか、こう……パパ気分?」

「はぁ!?」


母親に憧れて、父親にライバル宣言する子どもって、こんな感じかな、と

思ったのだと告げれば。


「ばっ……か、お前……」

「ん?」

「恥ずかしいこと言ってんなよ」


は赤くなって俯いてしまった。


「可愛い」

「え……」


俯いたの顔を覗き込むようにして、ちゅ、とその唇を奪う。


「ちょっ!ここ往来……!!」


赤かった顔をさらに真っ赤にして、が叫ぶ。

あはは、と笑って、先に立って歩き出せば、は何ともいえないような

表情でついてきた。


もしかして、今日はちょっと、勝てた、かな。











〜End〜





あとがき

ハッピーバースデージロー!!
ってどこにも誕生日の話題出てきてない(沈。
いや、きっとこの後帰ってからね、ベッドで色々
あっちゃったりするんですよ。うん。
想像して楽しんで下さい(人任せ/爆)

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