それを知らされたのは、冬の日の午後。
学校から帰ると、父親が 深刻な顔をして、リビングに俺を呼んだ。
いい加減に着慣れた都立高校の制服を脱ぎ、私服に着替えて リビングに行くと、
ソファに座る父親の隣には、母親までが、何だか浮かない顔をして座っていた。
『…何?』
イヤな空気に、つい口をついた問いを、俺は 即座に後悔した。
僅かに目を逸らしながら父親が言った事が、俺の理解の範疇を超えたからだ。
『は?』
と、問い返した俺に、父親は 苛立ったように口を開く。
『だから…金を借りたんだと言っているだろう。』
『それは 聞いた。』
問題は そこじゃない。
『だったら、大人しく、跡部さんの家に行ってくれ。』
『何で そうなるんだよ!』
『仕方ないだろう。それが条件なんだ。』
そう言い放った父親は、自ら興した事業の傾きを 何とかしようと必死で、
母親も、そんな父親には逆らわない。逆らう逆らわないの問題じゃなく、
今まで通りの優雅な生活が出来なくなるのがイヤなだけなのだろうが。
元々 子供に関心のない両親だったが、まさか 自分たちの保身の為に
息子を売るとは思わなかった。
ショックと言うよりは、遣る方無い怒りと 呆れが先立って、俺は なけなしの
引き出し貯金を引っ掴んで、最低限の荷物と一緒にスポーツバッグに
詰め込むと、深夜、二人が眠るのを待って、家を出た。
今から春休みくらいまでなら、学校は休んだっていいし、どこかで住み込みの
バイトでも探せば、安アパートくらい 借りられるようになるかもしれない。
むしろ、学校など 辞めてしまっても構わないのだ。この情報が溢れる時代、
何も 学校へ行かなくたって勉強は出来るのだ。
学歴が欲しいなら、大検でも何でも受ければいい。
そんな気持ちで、もう二度と帰ることは無いだろう家を振り返り、
俺がいなくなって 慌てるだろう あの二人の姿を思い浮かべても、
何の罪悪感も湧いてこないことを確認すると、踵を返し歩き始めた。
目的地は公園。取り敢えず、大きなゾウの滑り台の下なら
一晩くらい過ごせるだろうと、思ったわけ、なのだが…。
『迎えに来たぜ。お姫さん。』
それから二時間もしないうちに、黒塗りのベンツが、小さな公園の入り口を塞いだ。
そこから降りてきたのは、跡部の家の一人息子…
『跡部 景吾…』
どうやら、あの両親も バカじゃなかったらしい。
あっさり気付いて跡部に連絡を入れたのだ。
『ったく、手間かけさせんじゃねーよ、。』
腕を引いて立ち上がらされながら、いきなり名前を呼び捨てられたことに面食らう。
『は…なせよ!俺は…!』
『お前に拒否権はねーよ。大人しくしてな。』
ぐいっと腕を引かれ、車に連れて行かれる。
初めて見た 跡部 景吾は、俺よりも少しだけ背が高く、
とにかく強引で いけ好かない奴だった。
※ ※ ※
俺は、何度も 逃げ出そうと試みた。
が、その度に 跡部 景吾が、手を焼かせるなと言いながら連れ戻しに来る。
一体どうやって探し当てるのか、とにかく すぐに見つかった。
通っていた高校は 辞めさせられた。というか、いつの間にか氷帝学園の
高等部に編入手続きが取られていた。
何だか無性に口惜しくて、編入試験で手を抜こうかと考えれば、
『受からなかったら、この部屋に繋いで飼うからな。』
と言われた。
『やってみろよ』
と返したら、本当に 繋がれた。全ての世話を跡部 景吾にされた一日は
ひどく長く、泣いて許しを請う羽目になった俺に、あいつは、
逃がすつもりはない と 宣言した。
嫌々編入した氷帝学園までは、送り迎えという名の監視つきで、
逃げ出せる状態ではなかった。
自棄になった俺は、もう どうにでもしてくれ、とばかりに身を投げ出した。
だから、身体に手を伸ばされても、抗わなかった。
男に抱かれるなんて、今まで考えたこともなかっただけに、
ショックが無かったと言えば嘘になるが、もう どうでも良かったのだ。
体内での快感を、年下の この男によって教え込まれ、
まるで性奴にでもなったかのように、身体だけは 快感に従順に仕込まれた。
跡部 景吾に捕らわれて、もう一年近くが経とうとしている。
作り変えられた身体。縛られた生活。そんなものにも、慣れてしまった自分…。
俺は、いつまで、跡部 景吾の愛玩物であればいのだろう。
仮に解放された時、果して俺は まともに生きていける身体なんだろうか。
結論を出せるほど熟考できないまま、日々は 過ぎ去っていった。
※ ※ ※
「ん…ぁっ んぅ ふ…っ」
ぐちゅりと 嫌な音がする。身体の中に捩じ込まれたゼリーのキューブが、
体温に溶けて溢れる。溶けきらない塊は、目の前の男が、
その長い指で押しつぶした。
「っ…ぁ、ぁ…っっ」
後孔から 零れ落ちていく それに、まるで粗相をさせられているような
感覚を与えられ、恥ずかしさに泣いた。
「や…め…っ」
「やめろ?ここは そうは言ってないが?」
「あっ…ん…」
慣らされた身体は、すべての快感を拾い上げ、痛みなどは感じない。
熱を押し当てられ、後孔が ひくりと 反応してしまう。
「。どうして欲しい?」
「あ…」
くぷくぷと 入り口を焦らされて、言葉を要求される。
身体は それを とうに欲していて、口よりも雄弁に その熱が欲しいと訴えた。
「なぁ、素直になれよ、。欲しいんだろ?」
「いい…かげんに、しろ。あ…とべ、けいごっ」
「お前こそ、いい加減 フルネームで呼ぶのを辞めたらどうだ。」
景吾と呼べと言っているだろう?と、俺の自身を ゆるりと撫でる。
焦れている俺には もどかしく、けれど 堪らない刺激だった。
「や…っん!」
「ほら、呼んでみろよ、。景吾、って。」
くにくにと 軽く揉み込まれて、じれったい刺激に身を捩る。
長引かされるだけの快感は、苦痛にも近い。
「も…や、だ…。景…吾っっ」
「可愛いな、。ほら、強請ってみな。」
言うまでイかせてくれるつもりは無いらしい。
いい加減に苦しくなっていた俺は、もう どうにでもなれ の心境で、口を開いた。
「い…れて、景吾の…それ、欲し…っ」
「言えるじゃねーか。」
ふっと笑って、押し当てていた それを、一気に俺の中に沈めてくる。
その甘い笑みに、最奥が ぞわりと蠢くのを感じた。
それは、快楽をして直結した心臓にまでも 甘い痛みとして伝わる。
「あ、あっ、あんっ、ふ…っ」
「景吾って呼んで 甘えてろよ。そしたら…」
「く…ふ…?」
そのまま言葉を止めてしまった男に、問いの視線を投げかける。
中途半端に止められるのは、気持ちのいいものじゃない。
「そしたら、ずっと、愛しててやる。」
「なっ…っんぅぁっ…」
ぐいっと 突き上げられ、言葉は全て快楽に呑まれた。
「。俺の 女になれ。」
甘い声が聴覚を愛撫する。
注ぎ込まれる言葉は、まるで…そう、まるで、求愛…。
「俺は…っ男だ。」
もう、何が何だか分からなくて、返す言葉は 多分 的を射ていない。
「関係ねぇよ。なぁ 。俺のものに なっちまえよ。」
「や…っ」
「承諾以外は聞かねぇ。頷けよ、。」
この横暴野郎。どこまで自分勝手なら気が済むんだ。
俺を、俺の身体を、こんなに しやがって。
「何が…愛して、やる…だ。」
人をモノみたいに扱いやがったくせに。
「俺を…金で買ったくせに…」
ただの愛玩物に、くだらない言葉遊びを持ちかけるな、と切って捨てれば、
黙り込んだ男は、次の瞬間、容赦なく 俺を責め始めた。
「っああっ?! ひ…っぁ」
「…ばかやろう。」
腰を打ちつけながら、苦々しげに囁いてくる。
「俺は、お前に 本気なんだ。」
「んぁぁっ…ぐ…ぁぅっ」
深く、深く、打ち込まれるのは 灼熱の塊と 甘く低い声。
「俺は、お前を 愛してる。…信じろよ。」
「ひぁっ…んっ…ぅ…んーっっ」
言葉と共に 熱い体液も、身体の奥深く注がれ、
俺は ひどく頼りない感情に身を任せ、絶頂した。
※ ※ ※
気も遠くなるようなセックスの後。
ベッドの上で 二人横たわったまま、告げられたそれに、俺は困惑を隠せなかった。
「え…?」
「だから、お前の親は、金を全部返した。」
利息も含めて、全て清算済みだ、と、跡部 景吾は そう言った。
だから、なのだろうか。さっきの、あのセックスは。
「愛してる」…だなんて…。
「これで、晴れて お前は自由の身だ。」
「家に…帰れ、ってことか?」
「そういうことだ。まぁ、ここに いたいなら、いてもいい。」
あんな親の待つ家に 帰りたいかと聞かれれば、答えはイエスとは言い難い。
「なぁ、俺 また学校変わんのか?」
「いや。このまま氷帝に通っとけ。学費の心配は いらない。」
どうやら、あの両親との間で、前に通っていた都立の学費との差額分を
跡部が出すことに決まったらしい。
息子の好き勝手に振り回される 父親も大変だな、と、
たまにしか 顔を合わせることのなかった、跡部の当主を思った。
「じゃあ、氷帝の寮にでも入る。」
「ふぅん。」
それが一番良い、と提案すれば、跡部 景吾は つまらなそうに生返事を寄こした。
「何…だよっ」
「あんだけ愛してる、って言っても、出て行くのか?」
どうやら こいつは 俺が ここに残る、と言うと思っていたらしい。
「ああ、出てくよ。学費も、社会に出たら、ちゃんと働いて返す。」
きっぱり言い切った俺に、もう 何を言っても無駄だと思ったんだろう。
勝手にしろ、と呟いて 目を瞑ってしまった。
「俺は、お前が 大嫌いだったよ、跡部 景吾。」
「……知ってる。」
「強引で、偉そうで、腹立つよ ホント。」
「………」
俺の言葉に、目を瞑ったまま、黙り込んでしまった男に、
そっと身を起こして 口付けた。
「っ…?」
「また、遊びに来ても、いいか?景吾。」
驚いたように目を見開く景吾に、苦笑を向けてやると、景吾は つられたように
苦笑して、俺を抱き寄せた。
「ああ、いつでも 来い。」
愛してる、なんて 言われたって知らない。
俺が 景吾を好きかどうか なんて わからない。
けれど、でも、もう少しだけ、こいつの側に、いてみたくなった、
なんて言ったら、言い訳がましいだろうか。
ただ、今は この腕の強さが、少し嫌じゃなくなった。
この腕の温もりが、本当に温かいものかもしれない、と 思えたから。
もう少し、もう少しだけ、こいつの側にいよう。
「もう少し」が、続く限り、景吾の 側にいるのも、悪くない と、そう 思った。
〜End〜
あとがき
軟禁系に萌える今日この頃。
捕らわれの姫もいいかと思ったんですが、
今回は裏じゃないので外出可能に(笑。
実は この話には中略した部分があります。
そのうち清書して上げたいと思ってます。
地下倉庫に(笑。
あーもう、どんどん壊れてってるな自分…(苦笑。
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