10.腕





「ほっそいなぁ」


俺の手首を握って、忍足が言った。

どきりとして手を引こうとするけれど、忍足は許してくれない。


「なんで逃げるん?」

「べ、つに……にげてなんか」


ない、という声は掠れた。

放課後の教室。

2人きり。

学級日誌を書く忍足に付き合って、残っていたのだけれど。


「お……した、り」

「なん?」

「はな……離し……」


どもってしまったうえに、最後まで言えてない。

なさけない。かっこ悪い。こんなん俺のキャラじゃない。


告白されて1ヵ月、付き合い始めて3週間。

口説きモードの忍足に、まだ慣れない俺。

誰かこの恥ずかしい人なんとかしてくれ。


「いややなぁ、

「な、にが……」

「わかっとるやろ? 離してほしかったら」


どうすればいいか。

ああ、そうさ、わかってる。

わかってるけど……


「ほら、? どうするん?」

「っ……ゆ、侑士っ」

「ん?」

「離、して」

「んん?」


ああもう、最初が悪かったんだ。最初が。

初めてこうされたとき、逃げようともがく俺に忍足は言った。


──名前、呼んで?

──侑士?

──好きって、言うて?

──……好、き

──ん、続けてドーゾ

──……侑士、好き


直後、ぱっと離された手が、俺が逃げるよりも早く俺を抱きしめていて。


──俺も、好きや、


どきりと跳ねた心臓が痛くて、苦しくなるほど速くなった鼓動は、

ぴったりとくっついた忍足にはきっと全部知られてしまっていた。

て、何を余計なことまで思い出してんだ俺。はずかしい。

とにかく、最初にあんなに素直に答えなければ、忍足だって、

同じように言ったら離してやるなどとは言いださなかっただろうよ。


あ。そうか、だったら……


?」

「いい、もう」

「何がええの?」

「離さないで、いい」


うつむきかげん、目線は左ナナメ45°下方。

恥じらうように(実際恥ずかしいよ別の意味でな)


……」

「離さないで、侑士」


名前を呼ぶ瞬間、ちょっと上目遣いになるように、ちら、と忍足の方を見る。


「っ……」


ごくりと忍足の喉が鳴る。

手首をつかんでいた手が緩む。

そのまま抱きしめてこようとする一瞬の隙。

最初は逃げ損ねたその隙に、今はするりと身をかわして。


「え」

「じゃあまあそういうことで」


勝った。

と、思った、んだけどなぁ。


くるりと踵を返して、逃げだすよりほんの少し早く、忍足の手が、

俺のYシャツの裾を捕らえたらしかった。

うしろから、ぐん、と引っ張られる。


「ぐぇ」


変な声出たよ忍足さん。ちょっとひどくね?

てか、どうしてYシャツ出しっぱなしにしてた俺。

きっちりしまっとけばこんなことには……!


?」


あー。いやぁな感じに声が笑っていらっしゃる。

なんつーかこう……どす黒い、みたいな?

するりと、忍足の腕が、背後から俺にまきつく。

一方は腰。一方は胸。

がっちりと捕まった。


「お、忍足っっ」


ああぁぁぁ、いやだもう、どうすんだこれ。

ぴったりと背中に忍足がくっついている。

どうしよう。どうすんだ。

叫びだしそうだ。はずかしい。

どきどきしすぎて、しんぞー壊れる。

いたい。こわい。熱い。


「逃がさへんよ?」


耳元に、吐息のような声、が。


「俺から逃げようなんて、許さへん」


ああ、くらくらする。

どうしよう。もうだめだ。逃げらんない。

ぴっきんと固まっているうちに、Yシャツの裾から忍足の手が入り込んできた。


「ちょっ、まっ……て、忍足っ」

「きこえへん」

「あ、やだ、ちょっと! も……侑士っ」

「なん?」

「悪かった、からっ! ここでは、やめてください」


何で丁寧語よ俺。

なんかもうほんと情けなくないですか。


「せやなぁ……あんっな可愛らしい顔でダマしてくれたしなぁ?」


ひとの腹を撫でまわしながら、にっこぉ、と笑う忍足が怖い。

おびえてんのバレませんように。


「悪かった、って」

「ほんまにそう思ってんのやったら……」


嫌な予感がする。ひしひしと。


「キスして? から」


的中。つかキスとか! 無理だよ!

くっついているだけで、心臓がこんなに痛いのに。

キスなんかしたら、しかも俺から、キスなんてしようとしたら。


「心臓、止まりそう……」

「なにアホなこと言うてんねん」


そないに簡単に止まってたまるかい、と忍足は笑うけれど。


「だって、ほんとに……」


ドキドキして、ずきずきする。

俺を捕らえる腕が、テニスをしているせいだろうか、まだ成長しきれて

いないような俺のそれとは全然違う。

しっかり男の腕で。

なんかものすごく悔しい。悔しいけれど……

俺のどきどきは止まらないんだ。


「心臓、止まったら、お前のせいだ」


呟いて、背後から抱きついている忍足の方へ首をめぐらせる。

ゆっくりと、唇を合わせた。

ああ、心臓がぎゅうぎゅうする。

止まんなくてよかった。


「ん……んっ、んーっ」


と、俺がしたのはそこまでで、あとは……


「んぐーっ、んぅ、んっ」


思っきりベロチューかまされました。

忍足のすけべぃ……。


「や、も……忍、足!」

「ちゃうやろ? 

「……侑士」

「なんべんも言わせんと、そろそろ覚え」


あんまり間違われると、いじめ倒したくなるわ、と呟く忍足の声は無視して。


「も、部活行け、よ」


タイムリミットではないのかと告げる。

そろそろ部長さまがキレる頃合いではなかろうか。

又は忍足の相方が焦れてすっとんでくるか。

絶対ぐだぐだになってるこんな顔、忍足以外に見せたくないぞ俺は。


「いややなぁ、わかっとるやろ?」


離してほしかったら。

ぎっちりと回した腕で俺を拘束して、忍足が笑う。

ああもう! 結局言わされるのか俺!


「侑士」

「ん?」

「好き」

「ん」


よくできました。

ちゅ、と耳にキスをされて、ようやく腕が離れていく。

と同時に忍足のケータイが鳴った。


『忍足……貴様、今どこで何をしていやがる』


繋がった電話からは、地を這うようなキングのお声。

日誌1ページを書く時間にしてはやはり長すぎたらしい。

悪い悪いと、そんなに悪いと思ってないような謝り方をしている忍足に

苦笑していたら、


ちゃん、連れてくから堪忍してやー」


とか言い出した。

ってなんでやねん。


「俺カンケーな……」

「ええからええから」

抗議の声はスルーされ、さっさと鞄を持った忍足に、がっちりと腕を掴まれ

テニスコートへ連行された。恋人売んなよ!

途中立ち寄った職員室で逃げようとした俺は、その後、そろそろ懲りた方が

いいかもしれないと、思い知らされることになった。

忍足には、キチクメガネの称号を与えたい。

いやマジで。








〜End〜




エロくないセックスが書けるのに、セックスなしの微エロはどうしてこう難しいのか。
忍足に耳元で囁かれたら、叫びだすか笑いだすかどっちかだろうなーとか思いながら
書いたのがいけなかったかなー(いやそこは技量的な問題であって)

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