伸ばした髪を 一つに括って
「行ってきます!」
走り出す 外の空気は 凛と冷たく
「んー。いい空、いい風っ」
空は 青く澄んでいる。
「亮ーっ!おっはよーっ」
7時5分。いつもの十字路。
前方には、ラケットバッグを背負った 亮。
毎朝の 光景。
「おう。、おはよ。」
長い髪を なびかせて、亮が振り返る。俺に向けて笑ってくれる。
俺の大好きな笑顔で、俺を振り返ってくれる。
「相変わらず 早いな、お前。」
「いーじゃん、早く行くの 好きなんだから。」
なんて、テニス部員でもない俺が こんな早くに学校に行くのは、
亮のため以外の何でもない。
朝の この時間、学校までの道のりが、俺が唯一 亮を独り占めできる
時間だからだ。俺の疚しい気持ちを、誰に知られる心配もなく…。
「お前、ほんっと変わってるよ、。」
「そ?」
「うん。」
こんな会話が嬉しい。
亮に憧れて、伸ばした髪。もう結構な長さになって、
亮と お揃いの髪型ができるようになった。
亮に恋して、もう どれくらい経つだろう。
亮を好きになって、もう どれくらい経ったんだろう。
そんなことも 分からなくなる程に、好きで 好きで、男同士だとか、
そんなん もう関係なくて、とにかく好きで。
なんて…言えないけど。
「じゃ、また後、教室でな。」
「え?あ、うん。がんばって。」
いつの間にか 学校に着いてしまっていた。
嬉しい時間て、どうしてこう 早く過ぎてしまうんだろう。
テニスコートに歩いていく 亮を見送って、俺も教室へと足を向けた。
※ ※ ※
それは、突然やってきた。
その日、亮は、いつもの時間に その道を歩いてはいなかった。
(風邪でも…ひいたのかな?)
今日は欠席なんだろう、と思っていたら、違った。
亮は、始業ぎりぎりに教室に入ってきた。ラケットバッグを 持たずに…。
「亮…?」
一時間目が終わると同時に、俺は亮の机に向かった。
「おはよう、亮。今日は どうし…」
「はよ。わり、俺 便所行ってくっから。」
「え?あ、ああ、うん。」
どうしたの、と問う前に 亮は席を立ってしまった。
俺の目を、一度も見ようとしないまま、教室を出て行く。
「…亮…?」
呆然と その背を見送っていると、誰かに 後ろから 肩を掴まれた。
「。」
「え?あ、忍足…おはよ。」
俺の後ろに立っていたのは、同じクラスの忍足。
亮と同じ、テニス部の正レギュラーだ。
「おはよーさん。ちょぉ、こっちおいで。」
「何?」
忍足に誘導されて 廊下に出る。
短い10分休みには 殆ど人気の無い西階段まで来て、
ようやく忍足は 俺に向き直った。
「あんな、。宍戸のこと、なんやけど…」
言い辛そうに 忍足の視線が泳ぐ。
「宍戸…な、レギュラー、外されてん。」
「え…?」
「試合で、負けたんよ。」
「何…それ、俺 知らな…」
氷帝のテニス部では、試合に負ければ、レギュラー復帰は二度と叶わない。
今まで 何人もの、そんな噂を聞いてきた。でも…
「だって、亮のこと、誰も何も言ってない…」
「の耳に 入ってないだけや。噂は とっくに流れとる。」
「なん…で…」
「は 宍戸に べったりやからな。」
「え?」
「クラスの連中が、気ィ使ったんよ。」
で、俺が 緩衝材代わり、と 忍足が 僅かに苦笑する。
「な、。…宍戸のこと、元気づけたってな。」
「…俺が?」
「そ。俺らテニス部員じゃ、立場的に何も言えんし…」
けれど、宍戸のことは心配なのだと、忍足は 溜息混じりに呟いた。
「あの制度には、反対やないんやけどな…」
こーなると、やっぱ辛いわ、と 今度は はっきりと苦笑して、黙りこくっている
俺を教室へと促した。
返事もしない俺を 促す忍足の手は 優しかった。
※ ※ ※
それから。亮は、朝の あの時間に あの道を通ることはなかった。
朝は いつもギリギリに教室に来て、放課後の部活だけは、
意地で出ているみたいだったけれど、それも、つまらないストレスを
溜め込みに行くだけのようで、亮の表情が 晴れることはなかった。
忍足には、亮を元気付けてやれと言われた。
でも、俺は、どうしていいのか 分からなくて、
結局 言葉をかけても、挨拶程度しか 出来ないでいる。
「亮…」
何も出来ない自分が、もどかしくて仕方が無い。
こんな時、もしも 自分が彼の恋人という立場なら、もっと色々な方法があったろう。
そう考えて、気付いた。
…違う。そうじゃない。
俺が 彼に何も言えないのは、俺が 彼と 対等であろうとしていないからだ。
憧れて、同じように髪を伸ばして、一歩引いたところから 憧憬の眼差しを向ける。
そんな俺は、彼の友達ですら 有り得なかったのだ。
仲の良い振りをして、一番近くにいたいと願った俺は、
本当は 彼から 一番遠い所にいたのだと、思い至ってしまえば 心が痛かった。
じゃあ、俺は どうすればいいのか。
短絡的かと思ったが、それが 一番いいような気がして、
今 思い立ったことを、俺は すんなりと 実行した。
※ ※ ※
「?!」
「くん!?」
翌朝 学校に行くと、教室に入ってきたクラスの面々は、
「おはよう」と声をかける前に、皆一様に 素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっ…やだ、どーしたの その髪っ!」
女子の1人が、叫ぶように言って、つかつかと 俺に近付いて来る。
「ん?あー、えと、気分転換?」
みんなの反応の大きさに苦笑しながら、軽くなった襟足を かるく梳く。
そう、俺は 伸ばしてきた髪を、ばっさりと切った。
さらさらと動く髪の毛は 軽く、いっそ さばさばした気分になる。
思い切って、よかったのかもしれない。
始業時間が近づくにつれて、教室には どんどん人が入ってくる。
忍足も、俺を見て目を丸くし、一瞬後には、似合うよ と笑ってくれた。
忍足は 俺の この変化を、どういう意味に受け取っただろうか…。
今日も やはり ギリギリに教室に入ってきた亮は、俺を視界に捉えるなり
その場に立ち尽くしてしまった。
目が合うと、僅かに傷付いたような表情を見せて、目を逸らす。
「亮…?」
つい口から零れた名前は 小さくて、教室内の 誰の耳にも 届くことは無かった。
髪を切って、それだけで 対等になれるなんて、思ってはいない。
むしろ、切らなくても 対等になることは可能だったかもしれない。
要は、気持の問題だ。
昼休み、コンビニの袋を持って 教室を出ようとしている亮を捕まえて屋上に上がった。
屋上には、数組の先客がいたけれど、特に気にせず、端の方へ 腰を下ろす。
「いただきまっす。」
取り敢えず、持参の弁当を開けて箸をつける。
亮も それに倣うように コンビニ弁当のラップを剥がした。
「で、何?」
冷めた ご飯を口に運びながら、亮が ぼそぼそと訊く。
やはり、俺と目を合わせようとはしない。
「ん?たまには、一緒に お昼したいな、って。」
「何だよ それ…」
苦々しげに言って、亮は 箸を置いてしまう。
「はっきり 言やいいだろ?幻滅したって。」
「へ?」
「で、は 優しいから、俺に同情してんだろ?」
「は?何で そうなるの…?」
「髪…切ったじゃねーか。」
視線は 地面に落としたまま、それでも 亮は答える。
「切ったけど…それは、」
「俺…そんなに 惨め…?」
「亮…」
亮は、呟くように言って、それを誤魔化すように 再び弁当に手を伸ばした。
がしがしと 掻き込んでいく。きっと味など わかっていないだろう。
「ばか亮。諦めの良い お前なんか、嫌いだ。」
静かに 吐き捨てて、俺は 弁当箱を閉じた。
「……?」
「不貞腐れてるよりは、足掻いてる方が かっこいい。」
「…」
「わかれよ、亮。わかってよ…。」
テニス部のことなんて、何も わからない俺には、「頑張れ」なんて言えないんだって。
慰めの言葉なんて、掛けられないんだって。
「俺、亮が 好きだよ?」
「…?」
「友達…だろ、俺たち。」
「あ、ああ…」
口をついた本音を誤魔化して、立ち上がる。
ぽかんと 俺を見上げる亮を見下ろして、笑った。
「ご飯は、ちゃんと噛んで食べなよ。」
それだけ言って、亮に背を向ける。それ以上 一緒にいるのは やっぱり苦しかった。
言っちゃいけないことを口にしそうになるのを 堪えられる自身が無かったから。
ここで諦めるような男なら、付け込んで、いっそ べたべたに甘やかしてやる。
甘やかして、甘やかして、俺から離れられなくしてやる。
でも、多分、そうなることは ないだろう。哀願にも似た 確信だった。
それから すぐ、亮は 痣だらけで学校に来るようになった。
痣の量は 日に日に増えていき、一部では とうとう喧嘩に明け暮れるようになったかと、
実しやかに囁かれたけれど、俺は その噂には耳を貸すことはしなかった。
だって、亮は ラケットバッグを手放してはいなかったから。
部活では あまり使わなくなったラケットバッグを持って、亮は 放課後にどこかへ
出かけているらしい。俺が それを知ったのは、偶然 夜道で、亮と連れ立って歩く
彼の後輩を見たからだ。
亮は きっと大丈夫。よしんばレギュラー復帰は叶わなかったとしても、
きっと踏み越えられるはずだから。
※ ※ ※
家を出ると、空気は凛と澄んでいて、空は綺麗な青だった。
「ん。いい朝。 行ってきまーす。」
7時5分。いつもの十字路。俺が ここを通るのは、決まってこの時間。
「…あれ?」
前方に、誰かが立っている。帽子を被った、彼。氷帝の制服。そして…
ラケットバッグ。
「。」
俺の 名前を呼ぶ その声は、
「亮…?」
傷だらけの顔、短い髪、以前とは 随分イメージの変わった 彼のものだった。
「おう。おはよ。」
「お、おはよう。」
何で、どうして。と 浮かぶ疑問符の数は 半端じゃなかったが、
ぐるぐると 渦巻きすぎて、言葉には ならない。
「行こーぜ。朝練、遅刻しちまう。」
「あ、うん…え?」
朝練…と、今 彼は 本当に そう言ったのだろうか。
目を瞬かせて亮を見れば、返ってきたのは 小さな苦笑。
「俺、レギュラー復帰、したんだわ。」
「う…そ…」
「ほんとだって。うそついて どーすんだよ。」
「や、そりゃ…そうだけど…」
まさか、本当に そんなことが 出来るなんて思わなくて、
というか、あの榊先生が、よく 許したもんだと 本気で思う。
「、あの…さ、ありがとな。」
「ん?」
「その…色々、さ。」
照れたように視線を泳がせる亮が可愛かった。
また亮と、この道を 歩けることが嬉しかった。
髪を切ったのは、亮の けじめ らしかった。新しく、やり直すための。
※ ※ ※
亮が レギュラーに戻って、クラスの雰囲気も戻って、朝の時間も 戻ってきた。
安穏と、平和に過ごせる日々が戻ってきた。
でも…俺は、最近 自分までもが 髪を切る前の自分に戻っているのを感じる。
憧れと、一歩引いた友達関係。そんな状態に、煮詰まりつつある自分。
今のままでは 前にも後にも行けない。
心を決めるのは、悩んだ時間に反して易かった。
「何だよ、。どうしたんだ?」
放課後、部活に行く前の亮を捕まえて、屋上に上がった。
俺は今日、亮に気持を打ち明けることにした。
自分が苦しい現状を打開したいがための エゴと言われれば それまでで、
けれど、これが、俺なりの けじめ だった。
短くなった亮の髪が風に なびく。俺の髪も さらさらと 揺れる。
「?」
焦れたように 俺を呼ぶ亮を見上げ、その目を見据える。そして、笑った。
これを告げたら、君は どんな顔をするだろうか。
「あのさ、亮、じつは、俺…」
ざっ と吹き抜ける風が、俺と亮の間をも撫でさすって通った。
もうすぐ 新しい 明日がくる。
〜End〜
あとがき
青い春な内容で どうも…(笑。
片思いなのか、両思いなのか。その後の2人は ご想像にお任せです。
もう、好きに接いじゃって下さい(待て・笑。
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