風の回旋曲 1





を嫁さんにするなんて、ロイも贅沢だよなー。」

「はぁ?! 何言ってんスか ヒューズ先ぱ…じゃない、ヒューズ中佐!」


晴れた平日の昼下がり、少し遅めの昼食を取り終えて、資料の整理を始めたら、

ヒューズ中佐が、やってくるなり しみじみ 呟いた。


「つい この間まで『マスタング先輩〜』『何だ』って感じだったのになー。」

「いつの話ですか それ。」


ヒューズ中佐は、俺の士官学校時代の先輩で、

俺が中央に配属になった時には、俺の指導についてくれたりもした。

ロイとは、ロイが士官学校を卒業する時に告白されて以来の、

いわゆる遠距離恋愛ってやつで、それは ヒューズ中佐も知ってること なんだけれど…


「どうしたんですか 急に。そんなこと言い出すなんて。」


何か 不安定なんだろうか…


「いや、気にすんな。幸せにやれよー。」

「何言ってんですか ほんとに…」


苦笑しながら、シェスカの所に資料を探しに行くらしいヒューズ中佐を見送った。








  ※   ※   ※








夕方、同僚の1人と 巡回に出ようと支度していたら、

ヒューズ中佐がコーヒーを淹れに来た。


最近では、『傷の男』の件もあって、ここの人間も よく巡回に かり出される。

「今日も残業ですか?」

「ああ。ちょっと調べもんがあってな。お前さんたちは これから巡回か?」

「ええ。いってきます。」

「おう。気ぃつけてな。」


ヒューズ中佐に見送られ 外に出ると、少し冷たい風が ゆるやかに吹いていた。








  ※   ※   ※










「平和だなー。」


一緒に見回りをしている奴が、ぽつりと呟いた。


「そうだね。とても…静かだ。」


さわさわと、風に揺れる木々。

市内を ぐるりと歩いて、一周し終えようとする頃には、

空はもう、だいぶ暗くなっていた。


「今日も何事もなく、終われそうだな。」

、これ終わったら上がりだろ?いーなぁ」

「でも、明日6時出勤だし」

「あー…それは きつい」

「だろ?」


などと話しながら、軍法会議所の方へ向かって歩いていた時だった。


「あれ?あそこにいるの、ロス少尉じゃないか?」

「え?あ、ほんとだ。」


言われて見つけた、以前に何度か会ったことのある彼女は、

電話ボックスに向けて 銃を構えている。


「何か、あったのかな?」

「行った方がいい…よな?」

「ちょっと待って。」


電話ボックスの中に見える人影、あれは…


「ヒューズ中佐…?」

「は?どこだよ。」

「あれ。電話ボックスの中。」

「はあ?」


ガラスが反射して見えにくいが、あれは、ヒューズ中佐だ。

…でも…何で?

何で ロス少尉が、ヒューズ中佐に銃口を…?


「お、おい!あれ!! 」

「え…」


ニヤリと笑った彼女が、その姿を変えた。


「グレイシア…さん…?」

「は…あっ…有り得ねぇよ!ばっ化け物だっっ」

「お、落ち着けっ!」

「に…逃げるぞ!こ…こんなの…こんなのっ」

「落ち着けって!! 」


慌てふためく同僚に怒鳴った。

ほぼ同時に、パアン、と   音。


「え…」


振り返って、認めたものは、

飛び散る血液と、崩れていく ヒューズ中佐の姿。


まるでスローモーションのように、ゆっくり ゆっくり 崩れていく。


「ひっ…!ぅわああああああっ」


同僚の叫び声で我に返った。

その時、既にグレイシアさんの姿をした奴は辺りにおらず、

俺は、ヒューズ中佐に駆け寄る。


「先輩っ!! ヒューズ先輩っっ」


もう少しで 彼に触れる、寸前。

パアン、と 響いた 音。


「ぐ…ぁっ」


俺の後ろを 恐る恐る付いて来ていた同僚が、崩れ落ちるのを、見た。

頬に当たるそれは…生温かい…


「え…」

「見ちゃったんだねぇ。」

「あ…」


その後ろに 立っていたのは、髪の長い…少年。


「ばいばい。」


笑って言われた それに続いて、聞こえたのは3度目の その音。


「か…は…っ」


走った激痛に、倒れ込む。

薄れ行く意識の中、受話器から漏れる ロイの声を聞いた。


「…ロ……イ…」









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